第23話 嫉妬

「何がヤバいんだい?」


「乙女の独り言を盗み聞きするなんて最低」


 あの時あの場所で、教皇様の〈神の信託〉により、わたしと一緒に導かれた男。あれから、

もう5年になる。


 ヴィクト・タウ。


 わたしより、2才年上の19才。2年前に、前団長の病死で副団長から団長に昇格した。


 入団当初から聖堂騎士スキル所持者であったヴィクトは、教会騎士団で最強の男。


「カリン、盗み聞きなんて人聞き悪いよ」


 そう言って爽やかに笑うヴィクト。世の女達なら今の笑顔でイチコロかもしれない。


 男性にしては小柄な体型であり、栗色の髪は

癖っ毛、そして青色の大きいな目が特徴的で、爽やかな笑顔を振りまき、この街での女性人気はかなりあるほうだ。


 でも、わたしはこの男のを知ってる。  


 ――灰色。限りなく黒に近い灰色。


 何かきっかけがあれば、あっという間に灰色から黒に染まる危険な男。


 教皇様のことを考えて、今までヴィクトだけ注視してればよかったのに、これからはそうもいっていられない。


 エミリー・ファインズとヴィクト・タウ。


 この二人の動向を注視しなければならない。


(はぁー、〈神の信託〉さん、お願いだからさ、もっとちゃんとしようか)


「もうみんな集まってるわよ。なに余裕こいて最後に来てんの」


「…………そう。あいつもいるんだな」


 ヴィクトは扉に視線を向けてるけど、まるでその先の誰かを見据えているように感じた。


(えっ!? ち、ちょっと、スキル発動?)


「ヴィクト! 何してんのよ!」


 わたしは、ヴィクトを止めるため、扉の前に立ち塞がった。


「笑えない冗談やめてよね」


 スキルに対抗するにはスキル。


 ――そっちがその気なら、わたしもやるよ。


 言葉の裏の意味を理解したのか、ヴィクトは

スキル発動をやめた。


「冗談だよ冗談。カリン、そんなに睨まないでくれ。あっははは」


「冗談でこんなことする男じゃないでしょ? 理由は何なの、ヴィクト」


 わたしは、どこかでヴィクト・タウのことをナメていたんだ。それを思い知ることになる。


「うーん、確かに本気だったかも。殺すつもりだったからね」


「な、何を言ってるの? 誰を殺すのよ?」


「決まってるだろ? レイン・アッシュだよ」


 ……今、何て言ったの? えっ? わたしの聞き間違い? ヴィクトがレインを殺すって?


 ヴィクトの言葉を理解できず、わたしが呆然としていたところ、この男は追い打ちするかのように言葉を続けた。


「カリンの接吻を受けられる男なんて、殺してやりたいと思うのは当たり前だろ」


 わたしは頭を金槌で殴られた感覚に陥った。


 ヴィクトの言葉の意味を理解する。この男がそういうことを言った理由も心当たりがある。


 ――嫉妬。殺してやりたいくらいの嫉妬。


 わたしは、さきほど似たような想いからくる殺気をエミリー・ファインズから感じたばかりだった。


 そして今、わたしに恋い焦がれている男が、

嫉妬でレインを殺そうとしていた事実に愕然としてしまう。


 「ヴ、ヴィクトはあの場所の近くにいたの?」 


 「いたよ。死ぬほど辛かったけどね」


 「……」


「聖女カリンが、託宣した男と聞いただけでも腸が煮えくり返る思いなのに、頬とはいえ接吻を受けられる男。僕がそいつを殺してやりたいと思うのは至極当然じゃないか。そう思わないかい? 僕の愛しき人、カリン・リーズ」


「や、やめてよ。これからこの大陸の行く末を賭けた戦いがあるんだよ。そのためにレインはなくてはならない戦力になる人。今のこの状況に私情なんか持ち込まないで」


「だから殺すのやめただろ。何か文句でもあるのかい? うん? 言ってごらんよ」


 この男のこういうところが、わたしは好きになれない。いや、大嫌いだ。出会った頃から、鼻につく男だったけど、聖堂騎士スキル所持者になってから、輪をかけて酷くなった。


「何も文句なんてないわよ。分かってくれて、嬉しいよ。じゃ、早く部屋に入りましょうか。話し合うことがいっぱいあるでしょ。わたしも報告したいことあるし」


 とりあえずは、レインに火の粉が降りかかるのを阻止できて良かったと思い、わたしは前室に入るため、扉に手をかけた。


 その時だった。


 ヴィクトがわたしの横に立ち、体を少しだけくの字に曲げると、満面の笑みを浮かべながら言ってきた。


「僕の頬にも接吻してくれるかい? カリン」


 あまりに無神経なヴィクトの言葉にわたしは

憤慨してしまう。


「はっ? ふざけないで! どうしてわたしがヴィクトに接吻しなきゃいけないのよ!」


「じゃ、カリンは何であの男に接吻したの?」


「そ、それは……」


 ヴィクトに何て言おうか、言葉に詰まる。


 わたしは、どうしてレインに接吻したのか?


 そんなの決まってる。 わたしがレインを好きだからだ。お礼と言った素直な本音とわたしのこの気持ちからくる衝動的な行動だった。


 ――レインが好き――


 それを正直にヴィクトに言うべきなのか?


 レイン本人にさえ、この気持ちを伝えてないのに、第三者のヴィクトにわたしのこの気持ちを先に言うなんて絶対イヤだった。


「深い意味なんてないわよ。レインが想像以上の働きをしてくれたから、お礼の意味で、したって感じ」


「じゃ、僕もカリンの想像以上の働きをしたら接吻してもらえるんだね」


「何でそういう流れになるのよ」


「だって、そういうことだろ? 違うかい?」


 このバカバカしくて無意味な押し問答を一刻も早く終わらせたかったわたしは、ヴィクトに言ってしまったのだった。


 後日、わたしが死ぬほど後悔する言葉を。

  

 「分かった。いいわ、接吻してあげる」


 わたしの無思慮な言葉のせいで、ヴィクトが企てた陰謀により、レインを死の淵に立たせることになってしまったからだ。


「それは楽しみだな。約束だよ、カリン」








 



 



 


 



 


 


 


 


 


 




 


 


 


 

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