第22話 殺気

 教皇の間の前室に案内された俺とエミリー。


 執事が会釈しながら、前室の扉を開けた。


 どうぞ、お入りくださいと口に出さなくても

執事の品位ある振る舞いで、そう言っているのが分かる。


「「ありがとうございます」」


 俺達二人は、その執事にお礼を言ってから、

前室に足を踏み入れる。


 初めての場所、初めての会合、何から何まで初めてのことだらけ。


 不安そうな顔をしているエミリー。


 「行こう、エミリー」「うん」


 何も臆することはない。俺達は招かれざる客じゃないんだから。


 部屋の中央には円卓。


 そこには、もう何人かが席に座っている。


 顔馴染みの人達もいた。その人達を見つけたエミリーの顔が綻ぶ。


 「エミリー様、レイン殿」


 その人達は、すぐに席を立つと俺とエミリーに駆け寄ってきた。


 「ゲイルさん、ガスさん」


 嬉しそうに二人の名前を呼ぶエミリーの声を聞いて安心する自分がいた。


 今の彼女にとって、これ以上心強い人達は、いないだろうから。


 黒の祭服を身に纏っているエミリーは、もう

教会騎士団の人間であることを意味する。


 一緒に旅した仲間であり、そしてこれからは教会騎士団で仲間になるのだ。


 (もう、いいかな)


 俺の付き添いの役目は、今ここで終わる。


♢♢♢


 「びっくりしました。ゲイルさんとガスさんが隊長と副隊長だったなんて。言ってくだされば良かったのに」


「そうだよ、私なんて本当にこの人達は騎士団なのって半信半疑だったんだから」


「言いたかったのは、山々だったんすけどね、団長からのお達しがあってすね」


「うるせぇ、黙れガス。このバカ野郎が。特に言う必要もないと団長から言われていたので」


 相変わらずの二人だな。これから毎日これを聞かされるエミリーには同情を禁じ得ないよ。


「エミリー様、他の隊長、副隊長を紹介させてください。みんなエミリー様と懇意になりたいと言っておりますので」


 行っていいかとお伺いの顔をするエミリーに

俺は黙って頷いた。


 こちらをずっと見ている4人の男性が、他の隊長と副隊長なんだろう。

 

 ゲイルさんとガスさんは、エミリーを連れて

その人達と輪になり、みんなで楽しそうに歓談し始める。


 さて、俺はぼっちかなと周囲を見渡した。


 いたよ。もう一人ぼっちの奴。

 

 わたしに絶対話しかけるなよのオーラを全開にしてる聖女様。


 この部屋に入ってからチラチラ見られてるが視線を合わすと、すぐに視線を逸らされる。


「カリン。あのさ、のことだけど――」


 俺がその言葉を投げかけた刹那、転移魔法を発動したのか、と思うくらいにパッと前室から

いなくなってしまったのだ。


 「もう何だよ、昨日の魔物達の謎を相談しようと思ったのに」


♢♢♢


「あっ……寝ちゃったんだ……わたし……」


 朝の陽の光が眩しくて目が覚めた。


 ベッドでのわたしはあられもない姿。


 何回したのか、自分では記憶にない。


 「最後は、全裸になってしたんだっけ……」


 昨日のことをすべて思い出すと、恥ずかしい気持ちになるけど、後悔とか罪悪感などは一切なく、その経験ができた満足感で一杯だった。


「レイン」


 愛しき人の名をふいに呟いてしまう。


 「あっ!」


 そのレインで思い出す。今日は全体会合だ。


 全体会合は午後からだけど、事前会合は午前からあるんだった。


「遅刻しちゃうよ」


 わたしは、できる限り急いで、そして丁寧に身支度を整える。


「レインに会うんだもん。手なんか抜けない」


 今日の髪型は、レインにはお初のにしよう。


 髪を後ろに高めで結ぶ。わたしのお気に入り

の一つの髪型だ。人によってはだねと言う人がいる。


「うん、いいね。完璧じゃなーい」  


 鏡で最終確認を済ませ、その出来栄えに満足したわたしは部屋を出たのだった。  


♢♢♢


 何度か出ている、全体会合と事前会合。


 これまで傍観者を決め込んでいたけど、今日はそうはいかない。わたしの予想通りの展開になっていたことが昨日分かったのだから。


 正直、全体会合より事前会合のが重要だ。


 教皇様と枢機卿を除く事前会合で素案を決め全体会合で教皇様の許可を得るのが通例だ。


 だから、何としても事前会合でわたしの素案を通さなきゃね。


 問題はあいつだよな。


 はぁ、会いたくないなー。


♢♢♢


「あっ! レインだ!」


 彼から目が離せないよ。


 何度かレインと視線が合ってしまい、わたしはすぐに視線を逸らす。それを繰り返してる。


(…………あぁ)


 昨日の想像の彼は、とても凄かったな。現実のレインはどうなの? もっと凄いの? ねぇ

どうなの? 教えてよ、レイン?


 実際のレインを目の前に、そんな想像ばかりしてるからなのか、わたしの大事なところが、熱く疼き出してしまう。


 (あっ……ダメ……こんなところで……ダメ)


 必死にそんな気持ちを鎮めようとしてた時、殺気にも似た、いや違うよね、殺気をわたしは感じた。


 その殺気を放つ奴と視線が合う。


(ふーん、時と場所はお構いなしって感じ?)


 レインと一緒にこの前室に入ってきた女。


 聖騎士様のエミリー・ファインズが、わたしに殺気を放っていた。


 ゲイルとガスが二人に声をかけて、エミリーは殺気を消したけど、あの女がわたしに殺気を放つ理由。


 <聖女にレインは渡さないからね>


♢♢♢

 

 つい先程までわたしに殺気を放っていた女は今は隊長達と楽しくご歓談中。


 そんな時、一人になったレインが、わたしに話しかけてきたのだ。


 「カリン。あのさ、のことだけど――」


 昨日? 昨日のこと? 接吻? 自慰?


 わたしは、転移魔法よりも早く前室から姿を消したのだった。


♢♢♢


「ひゃー、心臓止まるかと思ったよ」


 わたしは前室の入口前の椅子に腰を下ろす。


 「心臓ドキドキしてヤバいな、ははは」


 

 ――何がヤバいんだい?


 

 その声にハッとする。わたしの目の前に立つ男がいた。


 教会騎士団団長で聖堂騎士スキルを持つ男。      


 ヴィクト・タウだ。


 




  


 


 


 


 


 









 


 


 


 





 


 




 


 



 


 





 


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