第2話 覚醒

 私が〈神の信託〉とか、訳の分からない儀式で聖騎士に選ばれ、これから魔王軍と戦うことになったと言われても正直ピンと来ない。


 でも、両親は狂ったように泣き叫んでいた。


 神父様や村長さんに慰められている両親を見た時、私もやっと事の重大さに気付いて大粒の涙が溢れ出てきた。


 後日、私は大陸最東端にある教会総本山に行くことが決まった。


 すべての話が終わり、教皇様とお別れする時、「これをあなたに」と二本の剣を渡された。


 ――聖剣と神剣。


 聖騎士スキル所持者のみが扱えるという剣らしい。


 二本の剣を持った瞬間、私の中で眠っていた聖騎士スキルが覚醒するのを自分でもはっきりと認識することができた。


 それと同時に私の中で別の何かが覚醒する。


 私の頭の中に私の知らない記憶が流れ込んできて強烈な吐き気に襲われ、教会を飛び出して建物の影で嘔吐した。


「何よこれ……何なのよ! いやぁぁぁぁぁ」


 それからどうやって教会から家に帰ってきたのか、まったく覚えていない。


 それくらいショックだった。


 ――ショック。


 そんなを知ってる自分がいて、何の抵抗もなく、その言葉を使っている。


 自分が何者であるのか、今はすべて理解しているから、余計に自分自身が気持ち悪い存在で

吐き気が止まらないのだ。


 ――玉木奏。


 こんなクソ女がこの世界に転生して、それが私だなんて最悪だよ。玉木奏の記憶がどんどん私の頭の中に流れ込んでくるたびに死にたくなる。


 「亮次、ごめんなさい。本当にごめんなさい」


 真っ暗な部屋の中で涙を流しながら、土下座して謝罪する。


 今さら謝罪してもまったく意味がないのかもしれないけど、謝罪せずにはいられなかった。


 この時、私の将来の夢が潰えた。


 ――森沢亮次もりさわりょうじ


 幸か不幸か、亮次もこの世界に転生していた。私、エミリー・ファインズの想い人である

レイン・アッシュその人に。


 もし、レインが亮次の記憶を何かの原因で思い出したら、私は彼に殺されるかもしれない。


 事実、亮次は奏に対して、そんなようなことを言っていた記憶が玉木奏にはあるのだ。


 それだけのことをクソ女である玉木奏は亮次にした。こんな女は殺されて当たり前だよ。


 ……それが私なのが死ぬほど辛い。


 私じゃないけど、私なんだよね?


 私だけど、私じゃないよね?


 この日から一週間ほど、私はベッドから起き上がれず、寝込むことになってしまった。


 この一週間で玉木奏の記憶をエミリー・ファインズである私が完全に共有することになった。


 快楽に溺れ、大切な人を裏切り続け、そして殺人の共犯者にもなったクソ女。


 最期は無様な死に方をしていて、私は涙を流しながら、声を出して笑ってしまった。


 ざまぁ、玉木奏。


 私はお前を反面教師にする。絶対にお前みたいにならないと神に誓う。


 これから聖騎士エミリー・ファインズとして

魔王軍を駆逐してやるんだ。


 ――レインが平和な世界で暮らせるように。


 両親に旅立ちの挨拶をしてから、教会総本山まで案内をしてくれるという教会関係者が待つ

村の教会まで一歩一歩力強く歩いていく。


 「エミリー」


 私の名前を呼ぶその声に私の時が止まる。


 振り向きたいけど、振り向けない。


 そのまま棒立ちしている私に茶目っ気たっぷりな感じで彼は言う。


 「もう遅いよ、いつまで待たせる気なんだよ」


 「……えっ?」


 その声の主の言っていることの意味が分からず、とてもマヌケな顔をして振り向いてしまった。


 目線の先には、会えるとは思っていなかった私の想い人、レイン・アッシュが満面の笑みを浮かべながら立っていた。


 「えっ? えっ? あ、あの、レインの言ってる意味はどういうことなの?」


 「俺も聖騎士様のお供で教会総本山に行くからだよ」


 「はっ?」


 私が聖騎士に選ばれたことを知っているのは村では両親と神父様と村長さんだけのはず。口外も禁止されているのに何で?


 「色々と聞きたいことがあるだろうけど、それは後で話そうぜ。最東端に着くまでたくさん時間もあるしな」


 そう言ってめちゃくちゃ下手くそなウインクをするレインを見て爆笑してしまった。


 あー、やっぱり好き、大好き。レイン。


 私は、まだ将来の夢を諦めないでいいかな?


 



 


 

 


 

 


 

 


 




 




 


 


 


 


 



 


 

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