おトイレに行きたい
けろよん
第1話
これは学校であった本当に怖い話。誰にでも起こりうる本当に辛い事件だった。
教室でみんなと席に座って勉強している学校の授業中、私は急にトイレに行きたくなったのだ。
でも、授業中に先生に言って席を立つのはちょっと恥ずかしい。
だからといって、このまま我慢して授業が終わるまで耐えるなんて絶対に無理だ。
そう思った私は、授業中に隣の席の子に小声で話しかけた。
「あの……ごめんね」
「ん? どうしたの?」
「えっと、その……お手洗いに行きたいんだけど……」
私の言葉を聞いたその子は一瞬きょとんとした表情を浮かべた後でクスッと笑った。
「もしかして沙耶香ちゃんってば、授業中なのにおしっこ行きたくなったの?」
「ええ、まあ」
私が正直に答えると、その子はまたくすくす笑いながら私に向かって囁いた。
「ふーん、そっかぁ……。それならさぁ、先生に言えばいいじゃん」
「えぇ!? む、無理だよぉ! そんなことできないよ!」
女の先生ならいざ知らず男の先生にこんな事を言うなんて。それにクラスのみんなもいるのに恥ずかしすぎて死んじゃうよ。
慌てて首を振って否定する私を見て、彼女はさらに楽しげな笑みを浮かべた。
「あははっ! 冗談だって。そんな焦らなくても大丈夫だよ。でも、先生に言えないなら我慢するしか無いんじゃない?」
「それはそうだけど……」
「もう仕方ないなあ。せんせ」
「待って待って待って」
声を上げようとする彼女を慌てて止める。何をしようというんだかこの人は。それが恥ずかしいから出来ないと言っているのに。
私は不満そうに見る彼女に、ガッツポーズをしてみせて訴えた。
「私は我慢できます」
「そう、ならいいけど」
それっきり彼女は前を向いてしまう。私も自分の勉強に戻るのだった。
先生がチョークを走らせる音が聞こえる静かな教室。何人かの生徒が当てられたが私の出番は来ない。
授業が続いている。どうしよう、時計の針が進むのがとてつもなく遅く感じてしまう。
私は机の下でスカートの前を押さえたままうつむいて黙り込んでしまった。
この状態であと数分も耐えるのは絶対に耐えられない。
でも、教室の中でおもらしなんて絶対に嫌だ。
(もうダメ……。やっぱり今すぐお手洗いに行くしかない)
意を決した私は、ゆっくりと顔を上げて先生の方を見た。ゆっくり手を上げようとしたところで、
「じゃあ、次。柏木読んでくれるか?」
「はい」
他の生徒が当てられて私は慌ててあげようとした手を引っ込めた。やっぱりダメ。こんなに恥ずかしい事言えないよ。
私は再び隣の席の子に小声で話しかけた。
「ねぇ……お願いがあるんだけど、聞いてくれるかな?」
「ん~? 何々?」
「実はやっぱりすぐにお手洗いに行きたくなって……でも授業中に抜け出すのは恥ずかしいし困っちゃってるの。だから、何か気をまぎらわす物はないかなって思って……」
「ああ、そういう事かぁ。そうだね……。だったらこれとか良いんじゃない?」
彼女が取り出したのはピンク色の太目のペンだった。
「これは……?」
「前にネット通販で買ったやつなんだけどさ。先端から好きな色のインクが出てくるようになってるんだよ。ほら、試しに使ってみて」
言われるままに受け取った私は、恐る恐るそれを使ってみた。
すると、次の瞬間には細い線を描くように七色のインクが飛び出してきた。
「わっ!? 本当に出てきた! 凄い!」
「ふふん♪ もっと色々な使い道はあるけど、とりあえず今はこれで十分じゃない?」
「うん! ありがとう! おかげで助かったよ!」
こうして色とりどりの色を出して気をまぎらわせる私だったが、やはり尿意は治まらないまま。
結局、休み時間になる直前に限界を迎えてしまった。
(あっ……だめっ……出ちゃうぅ……!!)
だが、同時に救いのチャイムが鳴った。
キーンコーンカーンコーン!
(終わった! いや、これからだ!)
私は何とか起立と礼を済ませ、トイレに駆け込んだ。
「ふう、九死に一生を得た」
その時の解放感と言ったらなかったよ。綿毛の園を身軽にスキップしたいような気分だった。
だが、私を襲った事件はそれだけでは済まなかったのだ。
「ん? なんだお前達、何をしているんだ?」
次の授業中、私は隣の席の子と話をしているのを先生に気づかれてしまった。
私達はお互いの顔を見合わせた後で同時に謝った。
「な……なんでもありません! ただの私語です!!」
必死になって言い訳をする私の隣では、その子も同じように誤魔化そうとしてくれていた。
「そ、そうなんです! ちょっと話をしたかっただけですから!」
「そうか? 仲がいいのは結構だが先生の話も聞いてくれよな」
私達の様子を見て納得してくれたのか、先生はそれ以上何も言わずに授業を再開した。
ふう~、安心した。こんな事がバレたらみんなに何て言われるか分からないよ。隣の子もとばっちりを食らうのを恐れているようだった。
そう、あの後、出したら収まるかと思った私だったけど、今度は便意に襲われていた。
お腹の中に溜まったものをお尻から出したい欲求に逆らって何とか我慢を続けた私だったけれど、
「う、うんこ……したい……」
思わず口から漏れ出た呟きを聞いて、隣の席の子が思わずクスリと笑っていた。
「あれれ~? 沙耶香ちゃんってば、小さな方だけじゃなくて大きな方までしたいのかな~?」
「うぐっ……」
何も反論できずに押し黙ってしまった私を見て、彼女は満足げに微笑んでいた。
「うふふっ、冗談だってば。そんな顔しないでよ。でも、女の子がうんこなんて言っちゃだめよ」
「う、うん……そうだよね……それは分かってるんだけど……」
「でもさ、前におしっこに行きたいって言った時よりも辛そうな表情してるよね。そんなに我慢できないなら、今度こそ先生に言っちゃえばいいじゃん」
「だ、だから無理だってば! 先生に言えるわけないよ! うん……ごにょごにょに行かせてなんて」
私が慌てて首を振っていると、彼女はため息を吐いた。
「我慢できそうもないならもうここでやっちゃえば? 我慢は体に良くないわよ」
「えぇ!? 何言ってるの!? そんな事できるはずないじゃん!」
「声を出さないでよ。また先生に注意されるでしょ」
「ごめん……そんなつもりじゃなくて……」
「でも、このままだと授業中ずっと我慢し続ける事になるんだよ? それでもいいなら別に止めないけどさ。どうする?」
「うっ……。それは困るかもだけど……。でも、やっぱり恥ずかしいし……。ねぇ、私トイレに行ってもいいのかな?」
「いいと思うわよ。でも、クラスの男子達はどう思うだろう? 知ってる? 隣のクラスの健太君の話」
それなら知っている。トイレで大をしていたと学校中の話題に。
「む、むりぃ……! 絶対に無理だよぉ……! 誰か助けて……!」
あんな風に噂されるぐらいなら死んだ方がマシだ。学校で大きなことをするとは何てハードルが高いんだろう。
泣きながら助けを求める私の耳元で彼女は囁く。
「大丈夫だよ。教室のみんなは沙耶香ちゃんの友達なんだしさ。女の子は男子みたいに低俗なことで騒いだりしないから安心してしようね。沙耶香ちゃんはうんこするのが大好きなんでしょ? だから、思いっきりうんこすれば良いの。ね? 簡単でしょ?」
「言わないで。もうやめて……」
「どうして? 本番のうんこしたいんでしょう?」
「違う……。私はうんこなんてしたくない……。お願い……もう許して……」
「はいはい。分かったから泣かないの。じゃあ、我慢しよっか。うんこしたいのは分かるけどさ、もう少し頑張ってみてよ。沙耶香ちゃんはみんなにうんこ女子だと思われたくないんでしょ?」
「う……うん……うん……。うんこ……したくない……」
「だったら、あと少し頑張ろうね」
それからしばらくして、私はなんとか耐えきる事ができた。
「やった、私我慢できた、いや、これからだ……」
油断して力を抜いたら間違いなく足元を掬われるだろう。私は慎重に立ち上がる。
そして、くだらないどうでもいい話題で盛り上がる教室を出ようとしたのだが、クラスの男子に声を掛けられてしまった。
「沙耶香ちゃん、ちょっといいかな?」
「な、何ですか……?」
急ぎたいけど進路を塞がれている。余計な回り道をしている余裕なんて一歩もない。私は何とか立ち止まって表情を取り繕う。
早く話してどっか行けって願いながら。男子はなんだか緊張した面持ちだった。
「あのさ、君に告白したいと思ってるんだけど……聞いてくれる?」
「ふぇっ!? こ、こんな時にいきなり言われても困るというか……今はそういう事は考えられないといいますか……その……また今度じゃダメ?」
「今すぐ返事を聞きたいんだ! 僕は君が好きだ! この気持ちをもう抑えられない! 今すぐ答えを聞かせてくれるかい?」
「そ、それは……」
うう、トイレに行きたい。でも、今すぐ返事をしないと……もし断ったら彼は自分を軽蔑してしまうかもしれない。
傷つけないように上手く丸めて言わないと。でも、お尻を押さえて我慢しながらでは上手く答えがまとまらない。
「どうしたの? 顔色が悪いよ? 僕の事は嫌いなのかい?」
「い……いえ、そんなことは……」
きちんと返事をしないといけないのに考えれば考えるほどうんこが我慢できなくなってくる。
もう限界……そう思った瞬間、私は駆けだそうとしたのだが、彼に肩を掴まれてしまった。
「待ってくれ、きちんと返事を聞かせてくれないか」
「ごめんなさい!」
「ごめんとはどう意味だい? ちゃんと言ってくれ!」
「うぅ……ううう……」
うんこ……うんこ……うんこ……!! 頭の中がそればかりになって、何も考えられなくなる。
だが、私のプライドはまだ踏ん張っている。
「どうしたんだ。ちゃんと返事をしてくれよ」
「うううううう!!」
次の瞬間、私は彼を突き飛ばそうとしたのだが、力の強い男子の体は私の腕なんかではビクともしなかった。
「返事を聞かせてくれるまで離さないよ」
「ああ……えと……あうう……」
うんこしたい。早くトイレに行きたい。健太の噂など知ったことか。
そんな事しか考えられなくなった私は、彼の事を睨みつけていた。
「離せ」
「あ……はい……」
良かった。話が通じてくれた。
私は何とか振動を与えないように静かにスタスタと廊下を歩いていき、目的地へと間に合った。
その後クラスでは冷たいのが良いとか話題になっていたが、私はただ恥ずかしくて教科書で顔を隠すのだった。
おトイレに行きたい けろよん @keroyon
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