五章②
〈到着! フーマさん、なにか感じます?〉
〈……嫌な感じですね。あちらこちらから気配がします〉
霊能者が言葉少なに言うと、二人の青年が息を呑み、マサが大げさに二の腕をさする。
〈ええ!? ガチですか!? えっぐ! 鳥肌立ってきた……!〉
〈ゾクゾクすんね〉
〈じゃ、緊張するけど……さっそく見て回りましょう〉
一夜にして焼け落ちたといういわくどおり、廃村は焼け焦げ、煤けた瓦礫ばかりだった。
木造の家が多かったのか、真っ黒になった木片などが四角い住居の名残に折り重なっている。また、その崩れた住居跡の多くは、雑草に覆われていた。
時折、割れた茶碗などの食器や鏡、壊れた盥や桶といった、生活感のある生々しいものが映る。
〈静かで不気味だな〉
カメラを持つ今井がつぶやき、マサがうなずく。
〈もっとゴミとか落書きだらけだと思ったけど、意外とありませんねー〉
〈人が本能的に寄りつかないんでしょう。ここ、想像以上にまずいかもしれません〉
面でくぐもった声で霊能者が真偽不明のいかにもな発言をし、青年二人はやや本気の交じった様子で慄く。
〈やべぇ〉
〈ガチなところじゃん〉
そうして、動画内の三人はある場所にたどり着いた。大きな煤けた石の鳥居がそびえ立つ、神社跡である。
社自体はすでに燃えて原型を留めていない。しかし、鳥居や石畳があったような形跡、一部燃え残った社の屋根や高欄の残骸などから、そこがそれなりの規模の神社であったことが見てとれる。
三人も気づいたようで、神社だ、神社がある、と興奮気味に騒ぐ。
ところが、異変が起きた。
〈これ、かなりまずいです〉
声を上げたのは、霊能者だった。彼の足元に懐中電灯の光が向くと、そこには何やら、黒い匣がある。かなり古びて、煤や灰、砂埃にまみれているが、螺鈿の装飾が施された文箱のような匣だ。
〈え?〉
〈なんでしょう、箱……昔の小物入れかなにかですかね?〉
青年たちは匣を拾い上げ、カメラを近づける。よくよく匣の外観を撮影したあと、中を映そうとしたのか、匣の蓋を開けようと試みるものの、開かない。
〈おかしいな。蓋がくっついてるのか?〉
〈工具があれば開くかも〉
匣を相手に格闘する青年らをよそに、霊能者はぱっと身を翻した。
〈すみませんが、これ以上は。私は戻ります〉
〈え、ちょ、ちょっと!〉
〈待ってください!〉
慌てる青年たちと、足早に来た道を戻っていく霊能者。カメラは青年たちの動揺を表すように上下左右に大きく揺れた。
〈おい、なんだあれ〉
〈え、あ、火……? 火だ、火が見える〉
〈火の中に、人が……うわあああ!〉
カメラの揺れはおさまらず、状況はさっぱりつかめない。青年たちがどちらからともなく恐慌状態に陥る音声だけが動画から流れてくる。
〈やばい! やばいって!〉
〈今日はもう帰ろう!〉
どうやら青年たちが走ってその場を去ろうとしたところで、画面が急に切り替わった。
車に無事帰りついたらしい青年二人が、まとめの言葉を述べる。後部座席には霊能者の姿もあった。
怖かった、やばかった、などと具体性に欠ける感想をひとしきり述べた青年たちは、
〈チャンネル登録といいね、よろしくお願いします! ではまた次の動画でー!〉
と締めくくり、画面が暗転してようやく動画が終わる。
夜花は座席に寄りかかり、大きく息を吐き出した。なんとか見終わることができたが、熟れない素人の動画を長く見続けるのはつらかった。ショート動画ならまだしも、何度、倍速再生しようと思ったことか。
「見終わったか?」
「はい」
果涯に訊ねられ、うなずくと、「今回の依頼者はその動画のやかましいほうの男だ」と果涯が言う。マサのことだろう。
「その廃村に行ってから、霊障らしきものがあるそうだ。自業自得だし、気に食わねえが」
夜花は『男ふたり廃墟旅』がアップロードしている、ほかの動画のサムネイルをざっと確認する。
(あ、このトンネル)
アップロードされている数少ない動画のうち、夜花は見覚えのある場所が映ったサムネイルを発見する。
ぽっかりと真っ黒な大きな口を開けるその古いトンネルは、千歳とともに訪れた、旧逆矢トンネルだ。
それ以外にも、境ヶ淵市近隣の有名な心霊スポットを探索している動画がいくつか並ぶ。地元のいわくつき廃墟を巡っているという言葉に嘘偽りはないらしい。
「心霊スポットなんて、行ってもろくなことにならないだろうに……」
つい数日前の旧逆矢トンネルでの出来事を思い出せば、間違っても心霊スポットに行こうとは思えない。彼らが無事だったのが不思議なくらいだ。
夜花が呆れ交じりに言うと、果涯は「同感だ」と相槌を打つ。
「本当なら自業自得のバカなんぞ助けたかねえが、これも仕事だから仕方ない」
夜花と果涯を乗せた車は、ほどなくして地元の大学近くの、閑静な住宅街に建つアパートに到着した。
白い外壁は傷みと汚れで、ややくすんで見える。外階段は段差も手すりも塗装が剥がれている箇所があり、全体として汚いとまではいかないものの、年季の入りようがうかがえた。
「二階の角部屋だな」
車を降り、すたすたと長い脚で歩いていく果涯のあとを、夜花はどうにか追いかける。
果涯は目的の部屋前に着くと、少しの躊躇いもなく呼び鈴を押した。
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