四章⑦
◇◆◇
学校に、アルバイトに、術師見習いとしての活動に。それから数日の夜花の日常は、多忙を極めた。
カフェのアルバイトは月末で辞める予定で、店長にも了承してもらったし、術師見習いとしてもたいした活動をしているわけではなく、術師についての基本的な知識の学びなおしが主だ。とはいえ、学業も含めて三足の草鞋を履くとなると、普段の何倍も忙しく感じる。
そうして迎えた週末。
夜花は自室でノートと教科書に向かっていた。
「あーもう、知恵熱でそう」
持っていたシャープペンを投げ出し、机に突っ伏す。すると、途端に視界の隅で白い小さな塊たちがもぞもぞと動き出した。
《休んでいる暇はないのです。さっさと予習だの復習だのを終わらせるのです》
《そうなのです、急ぐのです》
《ちんたらするな、なのです》
ゆきうさたちだ。壱号から伍号まで、全員がなぜか夜花の机の上に集まっている。
手のひら大の大福のような白いゆきうさたちは、こうしてたまに夜花を励まし(?)ながら、身を寄せ合って昼寝をしたり、ふわふわ、ころころと転がって遊んだり、自由気ままに過ごしている。なぜか、わざわざ夜花の部屋に集まって。
千歳についていなくていいのかと思うが、呼ばれれば瞬時に移動できるのでかまわないらしい。
《お前の勉強が終わらないと、ゆきうさたちもおやつにありつけないのです》
《そうだそうだ、なのです》
次々と喚きたてるゆきうさたちを、夜花はじっとりと睨んだ。黙って周りにいる分には癒しになるゆきうさだが、どの個体も揃って口うるさいところが玉に瑕である。
「おやつなら一階にいって、自分たちで勝手に食べればよくない?」
《断るのです》
夜花の提案を真っ向から拒否したのは、壱号だった。
ちなみに、ゆきうさは皆ほとんど外見が同じなので、前脚に結ばれた小さなリボンの色で見分けるしかない。壱号は青である。
「なんでよ?」
《この部屋の居心地がよく、皆、あまり離れたくないのです。真冬の朝の布団の中と同じなのです》
「どんなたとえなの、それ……」
なるほど、真冬の朝の布団の中はそりゃあ離れがたいけれど。
しかし、なぜこの部屋がそんなに居心地がいいのかがわからない。もともとは空き部屋で、ほぼ物置のように使われていたそうだし、特別な部屋ではないはずなのだが。
壱号は面倒くさそうに半眼になり、それきり、理由は話さない。
前に見鬼のことを教えてくれたのは、ただの気まぐれだったのだろう。一週間以上ともに過ごしてみてわかったが、基本的にゆきうさたちは親切ではない。
すぐにへそを曲げるし、口も悪い。なにかあれば『主に言いつける』だ。
その主とやらも、どうやら憑依対象である千歳を指しているわけではないらしく、またそれも謎だった。
ともかく、集中が切れてしまった夜花は勉強を中断する。そしてそのまま、目付け役の壱号だけを連れて部屋を出た。
一階のリビングへ行くと、松吉がせっせと掃除機をかけているところだった。
「松さん」
「坂木さん。どうかしましたか?」
夜花が声をかけたところ、松吉は掃除機をいったん止めて顔を上げる。
はじめ、夜花は彼のことを『松吉さん』と呼ぼうとしたのだが、本人に松でいいといわれたため、『松さん』と呼ぶことで落ち着いた。
「あ、いえ。たいした用ではないんですが……千歳くんがどこにいるかわかりますか?」
「ああ、千歳なら今ちょっと出ているよ。来月の『夏越しの大祓』のことで当主さまに呼ばれているらしく」
「夏越しの大祓?」
「社城家では毎年旧暦の七月一日に行っている行事でね。恒例行事なんだけれど、どうやらまれびとが絡むと進行に変更があるとか。詳しくはわからないけれど」
「へえ……」
やはり長い歴史を持つ由緒正しい社城家には、まだまだ遠縁の夜花の知らない面があるようだ。
「あの、松さん」
「なにかな」
「松さんって、千歳くんとは長い付き合いなんですか?」
なんとなく気になったことを訊ねてみる。松吉が目を瞬かせた。
「そうだね……かなり長くなるね。この家がまだリフォームする前、土蔵だったときからの付き合いだよ。懐かしいな。同じクラスで席が隣になったのがきっかけで」
「え?」
にわかには呑みこめない夜花に、松吉は笑う。
「そんな昔話より、坂木さんは千歳になにか用事が?」
「あ! そうだった。私、気分転換に少し散歩でも、と思ったんですけど、千歳くんがいないなら無理ですよね……?」
夜花は本来の目的を思い出し、手を打つ。ダメもとで訊いてみたのだが、松吉は「ああ、それなら」と目元を和らげた。
「社城の敷地内なら、坂木さんだけで出歩いても問題ないはずだよ」
「本当ですか!?」
「ええ」
松吉がうなずくのを見て、夜花はさっそく「じゃあ、いってきます!」とスニーカーを履いて玄関から外へ飛び出した。
夜花としても、本当は社城家の敷地内をずっと探検してみたかったのだ。散歩と探検を兼ねられるのなら、これほど都合のいいことはない。
外へ出ると、雲間からの日差しで目が眩む。
夏物の薄手のワンピースに、こちらも薄手のカーディガンを羽織っただけの軽装だったが、外は蒸していて、それでも暑いくらいだった。
《暑いのです! ゆきうさぎの丸焼きになりそうなのです。早くあの部屋に戻るのです》
頭の上では壱号が不満たらたらだ。
「そりゃ、頭の上は直射日光で暑いよ。ポケットの中に入る?」
夜花がカーディガンの小さなポケットを広げてみせると、壱号は頭上から一気にその中へ飛びこんだ。
《気が利くのです。お前は有能なのです》
「あはは。ありがとう」
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