四章⑥

   ◇◆◇


 千歳は夜花が視界に入る位置に立ち、瑞李と相対していた。


(さすが、っていうべきか)

 これまで、千歳は序列者たちと距離を置いてきた。

 そもそも、彼らからしてみれば、千歳は継承戦に際して急に現れ、離れに隔離されている落ちこぼれ、という認識だ。出来が悪すぎて、母屋に住むことすら許されていないのだと。だから、互いに交流する機会はほぼなかった。

 しかし、こうして間近で当代の序列一位を見ると、やはり気配からして普通の術師とは一線を画す。放つ力、存在感。なにもかもが違いすぎた。


(今までの当主たち……いや、金鵄憑きの術師たちと比べても遜色ない。おまけにまれびとも手に入れたとなれば、継承戦を続けるまでもなく、次期当主は決まったようなものか)

 ただし、致命的になにかが欠けている。そう思わせる危うい雰囲気もあった。

 こちらを見る瑞李の視線は空虚だ。目の前の千歳を瞳に映してはいるけれど、さほど興味はなさそうな。

 そんな彼が口を開く。


「あの子は、まれびとなのか?」

 ちらりと夜花のほうを見遣りながらの問い。ある程度の確信を持ってのものだろう。初めから、序列一位を相手に隠せるとも思っていなかった。

「だったら?」

「……護り手に、君では力不足だと思う」

 瑞李の口ぶりはばっさりとして、容赦ない。千歳は思わず苦笑いした。けれど、瑞李はかまわず続ける。


「知らないかもしれないけれど、まれびとは特別な力を持つ。序列にさえ影響する可能性があり、常に誰かに狙われる危険を伴う……護り手は、ただ護衛していればいいわけじゃない」

「そうだな」

「君がまれびとを得て、あわよくば序列入りしたいと考えるのは勝手だけれど、それでは危険にさらされる彼女が哀れだと、僕は思う」


 ひどく平坦で、感情のこもっていない声だった。哀れだと彼自身が感じているわけではなく、状況から見てそうだろうと機械的に判断しているようだ。プログラミングされた動きをするように。

 悪意は感じられない。たぶん、彼なりの善意……があるのかは不明だが、そういった方針に基づいて千歳に忠告している。

 千歳を面と向かって力不足と侮り、序列入りしたいに違いない、と決めつけているのも無自覚だろう。


(やれやれ)

 瑞李は当主の実の息子。金鵄憑きという栄えある立場に生まれついた息子を、当主も持て余していたであろうことが、目に浮かぶようだ。

 感情を押し込めることでしか自我を保てないなら、それは未熟と呼ぶ。

 技量と才能は十分でも、瑞李の内面はまだ当主になるには足りなそうだ。


「その忠告、一応、受け取っておくよ」

「忠告じゃない。君がまれびとを守りきれなければ、連鎖的に晴にも被害が及ぶかもしれない。そうならないために、改善を要求してる」

「ああ、そう。じゃ、その要求には応じられないかな」

 千歳の返答に、まったくの無表情だった瑞李の眉がわずかに寄る。


「……序列一位から、序列外の者への命令だと言っても?」

「なにを勘違いしているか知らないけど、俺は確かに序列外。ただ、序列に入れないんじゃなく、序列に入る立場にないってだけ」

 肩をすくめて見せると、瑞李は意味がわからないと言いたげな、不可解そうな顔になった。

「だから、あんたの命令に従う義理はない」

「……」

「ってわけで、こっちはこっちでやらせてもらう」

 黙した瑞李は今、千歳の言葉の意味を必死に考えているのだろうか。じっと見つめてくるばかりで、反論もしてこない。


 日が傾き、校舎の大きな影があたりを暗く呑みこんでいく。近くの電柱に止まったカラスが、かあ、とひと啼きした。

 瑞李はそれを合図に、ようやく沈黙を破る。

「もし、君たちのせいで晴になにかあったら、許さない。決して」

「肝に銘じておくよ」

 余裕を保ったまま、千歳は瑞李に不敵な笑みを向ける。

 とはいえ、千歳にとって彼の指摘が図星なのも確かだった。この身に課せられた加護という名の、代償という名の呪い。それらは千歳の死を否定し、身体を幼くしたばかりか、術師としての能力さえも未熟に逆戻りさせた。つまり、この身体であるかぎり、千歳は半端者のままだ。


(そっか、まあ……そうだよな。このままの俺じゃ、夜花を守りきれないかもしれないんだ)

 わかっていたことでも、あらためて他人から指摘されると重く感じる。

 永い間、目的もなく生きてきた。誰かを守らねばならない事態もなく、ただ気ままに。社城家を見守るだけの、さながら土地神のごとく。

 けれど、夜花のことはなにがあっても守らなくてはならない。

 ――千歳自身の、願いのために。

 じっとりとした不穏な空気がまとわりつく感覚に、千歳は嘆息した。


   ◇◆◇


 男は、黄昏どきのトンネルの前で、盛大に「くそが!」と毒づいた。

 現在はすでに使われていない、古いトンネル――旧逆矢トンネルは、彼の予想に反して綺麗に片付いていた。霊の一体もおらず、清められている。

「誰だよ、勝手に掃除したの。全部、台無しなんだけど!」

 苛立って、トンネルの内壁を蹴りつける。けれど、己の爪先に鈍い痛みが走るだけで、トンネルはびくともしない。


 彼がこの地を離れていたのは、ふた月ほど。

 帰ってくるなと言わんばかりに立て続けに地方の仕事を回され、序列者であるにもかかわらず、継承戦の開始にも立ち会えなかった。

 しかしそれならと、このトンネルに仕掛けをしておいたのだ。

 二か月もあれば上手く仕掛けが働いて機が熟し、男は強い手駒を得られるはずだった。

 トンネルに澱んだ霊の掃除など、二か月くらい誰も手をつけないだろうと高をくくっていたし、実際、このトンネルは普段なら半年ほどは放置されている。

 ところが、このざまである。

 男にとっては、あとでひとりで楽しもうとこっそり隠しておいた宝箱を、留守中に勝手に捨てられたようなものだ。


「絶対に許さねー。けど、まあいい。この新しい玩具とまれびとで試しに遊んでみるほうが、楽しそうだしな」

 くく、と喉を鳴らす。

 暇つぶしにとっておいた宝箱は捨てられてしまったが、今は新しく手に入れた玩具で遊んでみたくて仕方がない。新品の玩具をパッケージから取り出すときほど、わくわくする瞬間はない。

 男は預かったばかりの古びた黒い匣を、手の内で弄んだ。

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