四章③
予想どおり、その日、晴は周囲からの視線を集めに集め続けた。
直接、晴に話しかけにいく生徒は多くない。ただ皆、遠巻きに彼女を眺め、ひそひそと言葉を交わしていた。おかげで、晴が社城家序列一位の瑞李の婚約者に選ばれたという噂は瞬く間に学校中の知るところとなった。
いい空気とは言えないけれど、あれだけ派手なことをすればこうなるのは当たり前だ。
晴はいたたまれなさそうに自分の席でひとり、じっとしている。
「いや、衝撃だったね。立久保さんは知っていたの?」
授業と授業の間の休憩時、知佳がなんとも軽い調子で、近くの席の京那に水を向ける。京那は相変わらず、つん、とすました顔をした。
「一昨日の時点で、多少は。けれど、部外者のあなたに教えられることはなにもないわ」
「あ、そ」
口振りからして、京那はある程度の情報を得ていそうである。
ただ、さすがに夜花が関係していることまでは知らないだろう。なにしろあの土曜の夜、選ばれなかった夜花には誰も注目していなかったのだから。
当主の提案からしても、夜花がまれびとであるという事実がしばらく隠されることになるのは間違いない。
「にしても、さすが社城家。徹底した秘密主義な上、女子高生をいきなり婚約者に、なんて」
正気の沙汰じゃないわ、と知佳はたっぷりの皮肉を込めて肩をすくめる。近くで聞こえていたはずの京那も、それに対して特に反論しなかった。
「まだ高二だし、婚約を考えるには早すぎるよね」
夜花は慎重に相槌を打つ。
「そうそ。十六や十七で結婚の話題なんて早いよ。今の時代、生涯独身を貫く人だってたくさんいるのに。そういえば、夜花もなにも知らないの?」
「私、ただの遠縁だよ? 立久保さんほど本家に近くないし序列にも入ってないし……なにも知らされないよ」
知佳に訊ねられ、首を横に振った。じと、とした視線を夜花の頭上の壱号に向ける京那には、あえて触れないでおく。
「それもそうかぁ……って、あ! そうだ!」
急に知佳が大きな声を出し、夜花のほうに身を乗り出してきた。
「な、なに?」
「結婚っていえば恋人、恋人っていえば、って話よ! 夜花、土曜日なにしてたの?」
「え?」
土曜日といえば、夜花がさんざん、大人の姿になった千歳に翻弄され続けた日である。しかし、まさか大真面目にそう答えるわけにはいかず、夜花は無難に返す。
「バイトに行ってたけど……?」
「夕方にショッピングモール、行かなかった? 隣市の」
興味津々な目を知佳に向けられ、ぐっと詰まった。
これは完全に尋問の様相だ。知佳は、なんらかの確信を持って夜花を追及している。
夜花はやや仰け反りつつ、おそるおそる首肯する。
「い、行ったけど……どうしたの?」
その瞬間、知佳の瞳が獲物を捕らえる間際の猛獣のように、きらりと光った気がした。
「人づてに聞いたんだけど、夜花、超絶イケメンな大人の男の人と買い物……してたんだって!?」
バレてる、と夜花は内心で悲鳴を上げ、背筋が冷えていくのを感じる。
どうせ隣市だし、短時間だから大丈夫だろう――なんて、考えが甘すぎた。千歳との買い物の様子は、知佳の知り合いの誰かにバッチリ見られていたらしい。
「あ、あはは……ええと」
まず笑ってごまかし、話をはぐらかそうと試みる。が、当然、知佳はそのまま流してはくれない。親友は大きく目を見開き、瞬きもせずこちらを見つめる。
「や、やだなぁ、知佳。ただの親戚のお兄さんだよ」
「え? 親戚のお兄さん? つまり、社城家の人ってこと!?」
墓穴を掘った。夜花は笑顔のまましばし、固まる。
知佳の激しい追及を逃れるのに、その後、大変苦労した。おかしなことを口にすれば、今度は近くの席で耳をそばだてている京那からも指摘が飛んできかねない。どうにかこうにか、社城家がらみではなく、父方の祖母のほうの親戚だと言い張ったものの、どこまで信じてもらえたか、あまり自信はなかった。
「……で、その親戚のお兄さんとやらは、夜花の彼氏ではないわけ?」
「も、もちろん! 私はまだ高校生なんだし、向こうも恋愛対象として見てないだろうから、そんな雰囲気にはならないって」
きっと、たぶん、そう。
確かに千歳はとても格好いい。容姿だけではなく、振る舞いが。夜花をいつもさりげなく気遣ってくれるし、親切だし、それでいて妙に気取ったところもない。
けれど、互いにまだ微妙な距離を感じているのも事実だった。一緒に暮らし始めたとはいっても、まだまだうわべだけの付き合いの域を出ていない、と夜花は思う。
それこそ、たまに会う親戚のお兄さんくらいの立ち位置だ。
「なぁんだ。でも、機会があったら紹介してよ? 超絶イケメンってのがどれほどのもんか、お姉さんが見極めてあげるから」
「お姉さんって……同い年じゃない」
「私のほうが誕生日がちょっと早いからいいの」
したり顔で腕を組む知佳に、夜花は軽く噴き出した。
当然、イケメンへの興味も多少はあるだろうが、知佳は夜花のことをあれこれ心配してくれている。客観的に見て、夜花が少しのボタンのかけ違いで道を踏み外しかねない境遇なのは間違いない。
見知らぬ年上の男性と一緒にいたと聞き、警戒し、心配してくれる友人の存在はありがたかった。
「ありがとね」
「いいってことよ」
知佳は、ふ、と口元を緩ませた。
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