四章①「みんな、世話焼くの好きね」

 週明け。すっかり定位置になった頭上に壱号を載せ、夜花は五日ぶりに登校した。

 車は使わず、夏の朝の少しひんやりとした空気をたっぷり吸いながら、千歳とともに徒歩での登校である。

 学校が久しぶりすぎて、絶対にからかわれるだろうなと緊張半分、億劫さ半分。足どり軽く、とはなかなかいかない。


「じゃ、帰りは俺が高等部の昇降口まで迎えに行くから」

 すっかり中学生に戻った千歳は、相変わらずのバンカラ風で中等部の校舎のほうへ去っていった。

 あのバンカラ風の格好、どうやら私服ではなかったらしい。よくよく見たら、学ランは中等部の制服だった。耳飾りや高下駄など、校則に引っかからないのが謎だ。

 千歳に手を振り、夜花は己の教室へ。


(できれば、小澄さんと話したいな)

 晴もまれびとゆえ、社城家の屋敷に住んでいる。が、同じ敷地内に住んでいるにもかかわらず、金曜日に見かけて以来まったく行き会う機会はない。

 日曜は、壱号から伍号までいるゆきうさたちに囲まれ、愛らしい姿に癒されつつ部屋で勉強をしているうちに過ぎてしまった。

 無理に晴と会おうとしてしまうと、序列者に妙な勘繰りをされるかもしれず、おいそれと会いに行けないのも事実だ。

学校なら誰に対して警戒することなく、普通に会って話せる。

 ――夜花は晴のことに気をとられ、大きな見落としをしていた。


「坂木さん、ちょっといいかしら」

「ひえっ」

 教室に入り、自分の席につくなり斜め後ろから、とんでもなく鋭く硬質な声で呼ばれる。

(そうだった……! なんで忘れてたの、私!)

 そう、普段から自分は序列十四位であると誇示し続けている、彼女の存在を。

 彼女も社城の人間なのだから、ある程度の事情を把握しているに決まっているし、夜花が術師見習いとして屋敷に出入りすることになったのも知っているだろう。なにがどうしてそうなったのか当然、夜花から聞き出したいはずだ。

 振り返るのが怖い。聞こえなかったふりをしたい。が、あいにくこの至近距離。聞こえなかったと言い訳するには無理がある。


「い・い・か・し・ら? 一緒に来てもらっても」

 有無を言わせぬ圧を受け、夜花はクラスメイトであり、序列者でもある京那にあえなく連行された。

 無言のまま二人で教室を出て、階段を一番上まで昇る。階段を昇りきった先には屋上へと続く扉があるが、平時は施錠されていて生徒は立ち入り禁止だ。

 京那は扉の前で立ち止まり、くるりと夜花のほうを向いた。


「それで?」

「……な、なに?」

 腕を組み、まなじりを吊り上げてこちらを睨む京那に、夜花は腰が引けてしまう。

「どうしてあなたが、見鬼もないあなたが、術師見習いになるのかしら? あと、なんなの? その頭の上のちんけな怪異は」

「え、えー……っと」

 無意識に目が泳ぐ。しかし、夜花がなにか言うより早く、壱号が頭上で憤慨する。

《失礼な。ちんけではないのです!》

 昨日、社城家の屋敷前で出会った青年に『埃みたいな怪異』呼ばわりされたときはスルーしていたので今回もそうするかと思いきや、たいそうご立腹だ。


「なによ。ちんけはちんけでしょう。毛玉じゃない」

《毛玉!? 黙って聞いていればこの小娘……許さないのです! 夜花、戦うのです。ぶちのめすのです!》

「いや、無理だって」

 危うく言い争いに巻き込まれそうになった夜花は、即座に拒否する。戦うだの、ぶちのめすだの、見た目は雪うさぎなのに血の気が多い。

「でしょうね。怪異っていうのはこういうのを言うのよ。ほら!」

 京那の掛け声とともに、ぐわん、と空間が一回転したような錯覚があった。


 ほんの一瞬のことで、平衡感覚がなくなるほどではなかったが、元に戻ったときには彼女のかたわらに先ほどまではいなかった怪異が寄り添っている。

 背丈は京那の腰くらいまでしかない。毛で覆われた二本足で立ち、床につくほど長い尻尾がある。身体には襤褸の着物をまとい、頭には破れた笠。顔には立派な動物の髭が生えていて、そよそよと揺れていた。

 なんだかとても、妖怪画などで見覚えがある類いの怪異である。


《お嬢、なにか御用で?》

 その怪異はなぜか江戸っ子のごとき口調で京那に訊ねる。

「用はないわよ。ただ、お前をそこのちんけな毛玉に見せたかっただけ」

 腕を組んでふんぞり返る京那。怪異は己が憑いている少女の態度に、《へえ……さいで》と困惑したふうに眉尻を下げ、頭を掻く。

 すると、壱号が大きくため息をついた。

《どんな強力な怪異を見せられるかと思えば……ただの獺なのです。小妖怪もいいところなのです》

《ややっ! それは聞き捨てならねえ。おいらは獺なんてえ名前におさまるような怪異じゃあねえですよ。見てくだせえ、この鋭い爪! なんでも切り裂きやすぜ。そんでもって、この細なげえ胴体。どう見ても数百年以上の研鑽の末に狐狸を上回る変化能力を手に入れた――》

《ただの獺なのです》

 壱号は容赦なく一刀両断する。

《獺は嘘をつくだけの妖怪なのです。それ以上でもそれ以下でもないのです》


 はあ、やれやれとでも言いたげな壱号に、獺と断じられた怪異は《お嬢、どうしやしょう》と京那を見上げる。

「カワ太。お前、なにを言い負かされているの!? お前から舌戦をとったらあとは化かしあいくらいしか残ってないわよ!?」

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