第一章 白銀

一時でも。

第1話

満月を過ぎて少しだけ欠けた眩い月が、銀色の光を投げかけてくる。





その頬も、灰白に染まって見える。



呉羽の髪の間から見える空を、仰いで見ていた。






「・・・また別のことを考えていらっしゃる」






ぼろりと、その月光の下でも赤い唇から、そんな言葉が落ちる。



呉羽は俺の着物のあわせから手を離して、呟いた。



その瞳から、涙が一滴、月光に反射して銀色に煌いて落ちる。




別の、ことを。




700年後のことを。





「お酷い人」






ごめん、これは俺の悪い癖だってわかっているけれど、


こんな時でも呉羽が言った意味を考えてしまう。





幸せになるのが怖いのか、という問いの答えを、俺は真剣に考えてしまう。






「どうしたら、そのお心、私に向きます。どうしたら・・・私を見てくれます」




「く・・・」






ぼろぼろと、俺の上に散ってくるその涙を見つめる。



慌てて拭おうと手を伸ばすけれど、呉羽は俺の手を叩いて抗う。





「どうしたら、七百年後を忘れてくださいます」







どうしたら。


その言葉に、唇をぐっと結ぶ。







「貴方様の生きる時代は、ここしかないと何故理解しませぬ!!!」







叫んだ呉羽の声が、ビリビリと肌を震わせる。



眠っている細胞をたたき起こすかのように。





その細い腕を掴む。





俺の上に乗っていた呉羽を、今度は逆に押し倒す。





その黒い髪がまばらに散る。



月光を絡め取って、闇の中で緑に揺らぐ。





たゆたうように。





白銀の中を、泳ぐように。







「・・・確かに俺は呉羽の言う通り、幸せになるのが怖いのかもしれない」






その黒髪を見つめながら、呟く。



呉羽は驚いた顔をしながら俺を見ていた。






「わかってるよ、俺は」






理解、している。





「どう足掻いたって、もう帰ることなんてできないって」





そのすべなんて、どこにも存在しないって、知っている。




「けど、諦められない」





忘れることなんて、できない。


あの日々を、俺は。




絶対に。





そっと、俺の頬に冷たさが走る。



呉羽が手を伸ばして、触れていた。

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