序章 

桜井兄弟

第1話

「姉ちゃん!!!ご飯!!」




「ちづ姉!あたしのTシャツ知らない?!」



「ちづちゃん!ゆうがおもらししたあ!」




「ちづちゃああん!!!」





桜井千鶴子。



17歳。



花の高校2年生。



ううん、所帯染みた高校二年生。




花の陰りは真っ盛り。






それもそのはず、6人兄弟の2番目。






一番上の兄も父も、家事なんて何もできないぺーぺーで、お母さんは私が12歳のときに他界。





その時から、私が一家の主になったのだ。





「はいはい。ご飯はもう少し待ちなさい。Tシャツは戸棚の一番右。夕、おもらししちゃったの?したくなったらちづ姉に言うって約束でしょ?何?どうしたの?」




一度に何人もの人の話を聞くなんて、もう慣れっこ。






「ちづ姉!電話!」



「誰から?」





「父さんから」




「え~?お父さんから?」





ブツクサいいながら、電話を手に取る。



お父さんからかかって来る電話って、本当にいいことがない。




「もしもし?」




『ああ、千鶴子?ちょっと頼まれてくれないかな?』



「何よ?」





『私の机の上に書類があると思うんだけれど・・・持ってきてくれないかな?』






それを聞いて、本気で怒りそうになる。


いつもいつもこの役は私だ。


これで何回目なのか、本当にお父さんに詰め寄りたい。





「ちづ姉ちゃん~、お腹すいたって!!」



「ちづ姉。算数わかんないよお」




「ちょっと待ってなさい」





電話中だと言うのにお構いなしにすがり付いてくる声を聞いて、にっこり笑って妹と弟をけん制する。





「・・・わかったから。どこに持って行けばいいのよ?」





『鎌倉駅で待ってるよ』







「かっ、鎌倉あ?!」







思わず口を大きく開けて放心状態になる。



鎌倉なんて、ここから鈍行で2時間近くかかる。


いや、一時間半くらいかな?




しかも私、生まれてこの方鎌倉に行ったことなんてない。





『悪かったね。今日の学会が鎌倉で行われるんだ。その資料がないと父さん学会で発表できなくなってしまうんだよ』




そう言ったお父さんの声は憐れなくらい涙声だった。


本気で困っていることに気づくのは容易い。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る