元勇者パーティーメンバーの暗殺者は好きに生きたい

夜見真音

第1話 魔王討伐後、酒場にて

 夜もふける頃、勇者パーティーの四人は酒場の席を囲んでいた。

 俺たちは旅路の果てに魔王を倒した。今夜は酒場を貸し切り、ささやかな祝勝会をあげていた。


「今日で私たちの旅も終わりかぁ」


 桃色の髪の少女、リーシェがジュースの入ったジョッキに口をつけ、これまでの旅路に思いを馳せるよう目を伏せる。


「旅を始めて二年……長いようで短かったなぁ」


 リーシェはパーティーのリーダーで、王国から聖剣を授けられた勇者だ。

 そして、行き場のなかった俺を拾い上げてくれた恩人でもある。


「そうね。私の人生からすれば、ほんの一瞬の旅だった」

「エルフのソフィアは、これから長い時を過ごすもんね」


 リーシェの隣に座る白髪の少女、ソフィア。魔法師の彼女は後方支援を担当し、余りある魔法の才覚で戦闘を有利に運んでくれた。


 あまり感情を表に出さないソフィアは、いつもと変わらない無表情でリーシェの言葉に耳を傾けていた。


「ユリウスさんはどうだった? 私たちの旅」

「新鮮で貴重な経験だった。騎士団の中だけにいたら、この感慨も味わえなかっただろう」


 金髪の青年が真剣な面持ちでリーシェを見る。

 彼は王国騎士団の若き団長、護国の聖騎士ユリウス。

 王の命令により勇者パーティーに加入し、剣と盾で俺たちを危険から護ってくれた。


 リーシェが滔々と旅の思い出を語る。

 俺たちはその語りを黙って聴いていた。

 やがて旅の終わり――魔王討伐後まで語ったリーシェは、メンバーを見回す。


「色々あったけど、無事に魔王を倒して大団円だよね」

「そうね。私たちは一つの物語の終点に辿り着いた。とはいえ、これからも人生は続いていくけれど」

「ソフィアは今後どうするの?」

「あなたたちと会う前と同じ。放浪の旅を続けるわ」


 ソフィアはあてもなく世界を放浪するという。

 魔法の才能を持ち、神童ゆえに退屈だった彼女は故郷の村を飛び出した。

 リーシェと出逢いパーティーに加入しても、放浪癖は直らないようだ。

 だがそれも、誰にも染まらずただ自分の思うがままに生きる彼女らしかった。


「ユリウスさんは騎士団に戻るんだよね」

「ああ。魔王を倒したとはいえ、王国には対処すべき問題がいくつもある。僕は聖騎士として、これからも民衆の盾となろう」


 生真面目な聖騎士もまた、旅が始まる前の人生に戻るだけだ

 彼を慕う者は多く、将来を約束された婚約者もいる。

 騎士団に戻れば、魔王討伐の名誉と帰還を称えられるだろう。そして今後も変わらず護国の聖騎士であり続ける。


「ルインくんは、どうするのかな」


 リーシェはジョッキを置くと、頬杖をついて俺を見つめる。

 その目は優しく、まるで俺をいつまでも見守ってくれるような慈愛に溢れていて、だからこそ心が苦しかった。


「俺は……分からない。どこへ行くかなんて、考えたこともなかった」

「そっか」


 俺には皆と違い、戻る場所がない。帰りを待つ人もいなければ故郷もない、天涯孤独の身だ。


 だから、リーシェの問いに答えられなかった。

 俺はどこに行けばいいのだろう。


「ルイン、もし君が望むのなら、騎士団に入るのもいいだろう。魔王討伐の栄誉を持った君ならば、きっと歓迎されるはずだ」

「やめておこう。民衆の盾になるのは柄じゃない」

「そうか。まあ、君ならばそう言うと思っていた。心変わりがあれば、いつでも会いに来てくれ。僕は君の願いを必ず聞き届ける」

「ありがとう、ユリウス」


 ユリウスはこう言うが、汚れた俺が騎士団に入るなんて許されるのだろうか。

 俺の手は血にまみれている。

 聖騎士のように、光の道を歩む者になれるとは到底思えない。


「まるで捨てられた子犬ね」


 ソフィアはひとりごちるように言った。

 彼女の俺を見る目は、まさしく捨てられた犬を憐れむようだ。

 だけど、不思議と冷たさは感じない。

 彼女なりに、別れを惜しんでくれているのかもしれない。


「じゃあ、自由だね」

「自由……?」


 リーシェはジョッキを手に取ると、俺のほうに差し向ける。


「どこに行くのも、何をするのも、ルインくんの思うがままだよ」

「……そうか」

「そう。だから乾杯しよう。旅の終わりと、この先の未来を祝って」


 微笑むリーシェ。

 俺はジョッキを手に取る。

 ゆっくり差し出せばジョッキ同士がぶつかり、乾いた音を立てた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

元勇者パーティーメンバーの暗殺者は好きに生きたい 夜見真音 @yomi_mane

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画