夏祭り 二
かき氷を食べ終えると、次に姫宮が袋から取り出したのはたこ焼きだった。
姫宮は蓋を開けてたこ焼きに爪楊枝を刺すと、「瀬戸君、あーん」と言って、僕の口元に持ってきた。
もう彼氏彼女の関係になったのだから、食べさせ合うのは当たり前だと思う自分もいるにはいるのだが、それでも恥ずかしい気持ちが完全には無くならなかった僕は、「あ、あーん」と少し緊張しながらも口を開いた。
そして、差し出されたたこ焼きを口にすると、期待する様な眼差しで、「どう? 美味しい?」と聞いていた姫宮に、「お、美味しいよ」と、言葉を返した。
「良かった」と言って、安心した様な表情で微笑む姫宮を見て、こちらもお返しをしないといけない、と思った僕は容器に入っていたもう一本の爪楊枝を手に取ってたこ焼きに刺すと、「姫宮さん、あ、あーん」と言って、姫宮の口元にたこ焼きを持っていった。
姫宮は嬉しそうな表情を浮かべると、「あーん」と言って、口を開いてたこ焼きを食べた。
「熱々で美味しい! 瀬戸君、ありがとう!」
しばらく、そうして姫宮と屋台で購入した物を食べさせ合っていると、もう間も無くで花火が打ち上がるというアナウンスが聞こえてきた。
「瀬戸君、もう花火が打ち上がるって」
興奮した様子の姫宮の事を可愛らしく感じながら僕が、「楽しみだね」と微笑むと、丁度そのタイミングで空が光り、大きな音がなった。
「わ〜 綺麗」
打ち上がった花火を見て、姫宮が静かに呟いた。
姫宮の言う通り、花火も綺麗だと感じたが、それよりも花火の光に照らされた時の姫宮の横顔に見惚れてしまい、僕は目が離せなくなった。
次々に花火が打ち上がっていく中、僕の視線に気が付いた姫宮がこちらを向いた。
「瀬戸君、どうしたの?」
そう言って、不思議そうな表情を浮かべる姿を見て、僕は改めて姫宮の事が好きだと思うと、自分の気持ちを抑えられなくなった。
「……姫宮さん、好きだよ」
僕はそう言って近付くと、姫宮の事を抱きしめた。
姫宮は最初は、「わっ、瀬戸君?」と言って、驚いた様子だったが、すぐに僕の背中に腕を回すと、「私もだよ」と、呟いた。
その姫宮の言葉に僕が幸せを感じていると、フィナーレである花火の連射が始まった。
僕と姫宮は二人身を寄せ合いながら空を見上げたのだった。
フィナーレである花火の連射が終わり、花火を見に来ていた人達が帰り始めると、僕はとんでもなく恥ずかしい気持ちになった。
「姫宮さん、人前で大胆な事してしまってごめん!」
花火の雰囲気に流されて、人前でとんでもない事をしてしまった。
そう思った僕は我に帰るとすぐに姫宮に謝った。
「……いや、まあ、嫌では無かったけど……」
姫宮はそう言い淀むと、僕の事をジッと見てきた。
そんな様子を見て、何を言われるのだろうかと僕が身構えていると、姫宮は顔を赤く染めて恥ずかしそうに下を向いた。
「……写真を撮る時もそうだったけど、なんか今日の瀬戸君、いつもと比べ物にならないくらい積極的過ぎて少し戸惑う……」
「……確かにいつもより大胆だとは自分でも思ったけど、そんなに言う程、普段と違った?」
「普段の瀬戸君と全然違うよ! 本当にびっくりしたんだから」
僕が姫宮に言葉を返すと、姫宮は顔を上げてそう言うと、口を尖らせた。
「そ、そっか。それは驚かせてごめん」
普段やらない事はいきなりするものでは無いな。
そう思いながら謝ると姫宮は、「……別に謝る必要は無いし、その、どちらかと言うと積極的な瀬戸君も良かったというか……」と、口をもごつかせながら呟いた。
「えっ、本当?」
姫宮のその突然の褒め言葉に僕が驚いて聞き返すと、姫宮は慌てた様子で手を横に振った。
「いや、嬉しかったけど、もう突然そういう事をしちゃ駄目だよ!」
姫宮はそう言うと顔を俯かせて、「……その、しょっちゅう今日みたいに積極的になられたらドキドキし過ぎて私の心臓が持たないと思うし……」と、恥ずかしそうに呟いた。
どうやら、姫宮は口で言う程に嫌がってはいなかったみたいだ。
そう思って僕は安心した気持ちになると、恥ずかしがっている姫宮の事を見て、愛おしいと思った。
そして、この気持ちを抑える事が難しそうだ、と思った僕は姫宮の事を抱き締めたいと思い、手を伸ばそうとした。
すると、手を伸ばそうとした事に気が付いた姫宮が慌てて僕の目の前に手を出すと、僕の事を制した。
制された手を見て驚き、伸ばしかけていた手を引っ込めると、僕は姫宮の事を見た。
姫宮は手で僕の事を制止しながら顔を赤く染めると、「瀬戸君、ストップ。今日はもうドキドキし過ぎて私はもう限界です!」と、早口で言った。
その言葉で我に帰った僕は、「……その、ごめん」と謝ると、ばつが悪そうな表情を浮かべた。
「……その、嫌では無いから、また今度ね」
そう言って微笑む姫宮を見て、再び愛おしいという気持ちが溢れ出てきた。
その気持ちをどうしようか、と僕は悩んだが、ふと抱き締めたりをしなければ良いのではないか、と思った。
僕は思った事を実行に移そうとして、姫宮の事を見た。
すると、ジッと見てきた僕が再び抱き締めたりしてくるのではないか、と思ったのか、姫宮は、「……どうしたの、瀬戸君?」と警戒した様子で呟いた。
その姫宮の言葉に僕は、「香織、もう何もしないから大丈夫だよ」と、微笑みながら呟いた。
姫宮は僕の言葉に驚いた様な表情を浮かべると、「せ、瀬戸君、い、今なんて言ったの?」と、動揺しながら僕に尋ねてきた。
「なんてって、もう何もしないから大丈夫だよって言っただけだよ?」
慌てている姫宮が可愛らしく感じて、ついちょっかいを掛けたくなった僕が揶揄う様に言うと、姫宮は口を尖らせて不満そうな表情を浮かべた。
「もう! 瀬戸君、分かっていてわざとそういう風に言っているでしょ!?」
僕はまだ揶揄いたい気持ちが残っていたが、ここで切り上げないと姫宮の事を本当に怒らせてしまうだろうと思った。
「ごめん、つい」
僕はそう言って姫宮の手を握ると真っ直ぐ瞳を見た。
「香織、揶揄ってごめんね」
僕の言葉に姫宮は一瞬息を呑むと、「う、うん」と、顔赤く染めながら静かに頷いた。
そして、僕の目を見ると姫宮は、「名前で呼んでくれて嬉しい。 ……ありがとう、渚」と、呟いた。
僕の名前を呼んでくれた。
その事に心が温かくなっていくのを感じた。
僕がそうして幸せな気持ちになっていると、辺りに人の気配がしない事に気が付いた。
そう思って辺りを見回すと、僕と姫宮の周りにはほとんど人が残っておらず、花火を見に来た多くの来場者が帰宅した後の様だった。
そんな状況を見て、今は何時だ、と不安な気持ちになると、僕は慌ててスマートフォンを取り出した。
時刻を確認すると、もう既に遅い時間であり、僕は動揺した。
そんな僕の様子を見て、姫宮は何かあったのを感じ取ったのか、不安そうな表情を浮かべると、「渚、どうかしたの?」と、尋ねてきた。
僕は姫宮が引き続き名前で呼んでくれている事に嬉しく思ったが、スマートフォンの画面を見せると、「ごめん、香織。もう結構遅い時間なんだ」と、呟いた。
姫宮は僕のスマートフォンに表情された時刻を見て、「あっ、本当だ」と呟くと、「渚、心配してくれてありがとう。でも、お母さんが少し遅くなるくらいなら良いよって、言ってくれていたから大丈夫だよ」と言って、笑みを浮かべた。
僕は姫宮のその言葉を聞いて少し安心をした。
しかし、だからと言ってこれ以上遅くなると良くないだろう。
そう思った僕は姫宮と一緒に立ち上がると、食べ物の空き容器やレジャーシートを手早く片付けた。
そうして片付け終わると、僕は姫宮に、「香織、帰ろうか」と言って、手を差し伸べた。
姫宮は、「うん」と言って、僕の手を握ると、僕等は足を踏み出したのだった。
夜道を二人で歩きながら姫宮の家まで送ると玄関に入ろうとしている姫宮に僕は、「また連絡するね」と、声を掛けた。
すると、姫宮はこちらを振り返ると返事の代わりに、「渚」と言って、僕の事を手招きした。
名前を呼ばれた僕はどうしたのだろう、と不思議に思いながらも姫宮に近付くと、「渚、しゃがんで」と言われて、僕が何の疑いも無しに視線を姫宮の高さに合わせた時だった。
姫宮が僕の肩に手を回したかと思うと自分の口に一瞬、柔らかい感触を感じた。
僕から離れた姫宮の事を慌てて見ると、姫宮は顔を俯かせていた。
しかし、暗い中でも分かる程姫宮の顔が赤く染まっているのを見て、僕は姫宮とキスをしたのだという事を実感した。
「香織、その……」
僕が顔を俯かせて何も言わない姫宮に声を掛けようとした瞬間だった。
「今日は渚がすごく積極的だったから……」
姫宮は僕の言葉を遮ると、上目遣いにこちらを見ながら呟き始めた。
「その、私も少しは積極的になっても良いかなって思って……」
そう言って照れながら言う姫宮の事を見ている内に、愛おしい気持ちで胸が一杯になった僕は、思わず姫宮の事を抱き締めた。
「……すごく嬉しい。ありがとう、香織」
僕の言葉に姫宮は、「うん、良かった」と言って、安心した様に微笑んだ。
そして、僕と姫宮は互いに見つめ合うと、静かに口づけを交わしたのだった。
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