泣いた後は甘い物! 一
やがて、涙が止まり、気持ちに余裕が出てきた。
「……姫宮さん、ありがとう」
「どういたしまして、もう大丈夫そう?」
僕の言葉に姫宮は小さく頷くと、気遣うように尋ねてきた。
「そうだね、姫宮さんのお陰で大分落ち着いたよ」
すると、姫宮は首を横に振って、「何もしていないよ。私はただ瀬戸君の横に居ただけだよ」と言った。
「姫宮さんはそう思ったかもしれないけど、僕からしたら、それがとてもありがたかったよ」
僕の言葉に姫宮はくすぐったそうに微笑むと、「そう? それなら良かった」と、呟いた。
そして、おもむろに立ち上がると、姫宮は、「そうしたら、お腹空いたし何か食べに行こうか?」と、僕に尋ねた。
姫宮に言われて、僕は自分の空腹を意識した。
僕は頷いてから立ち上がると、「そうだね、何を食べようか。姫宮さんは何か食べたい物とかある?」と、姫宮に尋ねた。
そうすると、姫宮はしたり顔で、「瀬戸君、泣いた後は甘い物を沢山食べると元気になるんだよ。という事で近くにスイーツが食べ放題のお店があるから、今からそこに行こう!」と、勢い良く片手を突き上げながら言った。
それは、人によるのではないか、と僕は心の中で思った。
しかし、楽しそうな表情の姫宮を見ていると、だんだんと自分の気持ちが明るくなっていくのを感じた。
「……そうだね。行こう!」
姫宮に元気を貰ってばかりだな、と思いながら、僕はそう言って姫宮と並んで歩き始めたのだった。
スイーツの食べ放題が出来る店に入ると、色鮮やかなスイーツが僕と姫宮を出迎えてくれた。
「わー、美味しそう! 早く食べたいな」
姫宮が目を輝かせながら見ていると、店員がやって来て、僕達を席まで案内してくれた。
席に腰を下ろすと僕は、そわそわして落ち着かない気持ちになった。
辺りを見回してみれば、食事を楽しんでいるのはほとんどが女性客である。
店内に居る数少ない男性客は全員が漏れなく女性客と一緒で、おそらくカップルだと思われた。
そう考えると、僕と姫宮も周りからカップルだと思われているのだろうか。
そう思って気持ちが落ち着かなくなっていると、テーブルを挟んで向い側に座っていた姫宮が、僕の事を見て、笑みを浮かべながら口を開いた。
「瀬戸君、周りから自分達がどう見られているんだろうって気になった?」
その姫宮の言葉が見事に僕の気持ちを言い表していて僕は、なぜ分かったんだ、と感じると、思わず目を見開いた。
「ここ最近、一緒に居る事が増えてきたから、段々と何も言わなくても瀬戸君が何を考えているのか分かる様な気がしてきたかも」
僕が何も言葉を発さなくても、その表情から疑問を感じ取ったのか、姫宮は少し得意げな顔で僕に言った。
「瀬戸君、スイーツの食べ放題はね、周りの視線が気になるとか気にならないとかではないよ。楽しいからスイーツの食べ放題なんだよ!」
「……姫宮さん、そのフレーズ気に入ったの?」
「……えへへ、実はそうなんだ」
胸を張ってしたり顔で話す姫宮に、僕が言葉を返すと、姫宮は照れた様子でそう呟いた。
そうして、姫宮は僕の指摘を恥ずかしく思ったのか、まるで誤魔化すかの様に慌てて立ち上がると、「さ、さあ、時間が無くなってしまうから、スイーツを取りに行こうか」と言って、歩き出した。
僕はそんな様子を見て、可愛らしく思うと、僕の事を気にせずにどんどん進んで行く姫宮を追い掛ける為に、僕も席を立った。
僕と姫宮はトレーが置かれたテーブルからそれぞれトレーと皿を手に取ると、スイーツ選びに取り掛かった。
僕がまずどのスイーツから取ろうか、と考えていると、視界の隅で片っ端からスイーツを取っていく姫宮が目に入った。
僕はその光景を見て、次に姫宮の皿に視線を移すと、既に多くのスイーツが皿の上に乗っていた。
「姫宮さん、まだ奥の方にもスイーツがあるみたいだけど……」
初めの方でそんなにスイーツを取ってしまって大丈夫なのだろうか。
そう思い心配になった僕は、さりげなく姫宮に尋ねた。
すると、姫宮は僕の言葉にさも当然といった様に頷くと、「うん、だから、また取りに来るよ。食べ放題は時間との勝負だから、瀬戸君もどんどん取っていかないと時間が無くなっちゃうよ」と言って、席に戻って行ってしまった。
僕は大量に並べられたスイーツを見て、まさか姫宮はここにある全種類のスイーツを食べる気でいるのだろうか、と思った。
甘い物は別腹という言葉もあるし、と僕は思ったが、すぐに、とは言え限度があるだろう、と自分の考えを打ち消した。
だが、制限時間があるのは確かだ。
それから僕は急いで自分が食べる分を確保すると、姫宮の元に向かったのだった。
席に戻ると、僕は驚きの光景を目にした。
なんと、姫宮の皿の上にあったはずの大量のスイーツがほとんど姿を消していたのだ。
「あっ、瀬戸君、遅かったね。私は二周目に行って来るよ」
姫宮はそう言って、最後の一口を美味しそうに食べると、僕と入れ違いに席を立った。
軽い足取りで次のスイーツを取りに行く姫宮の後ろ姿を見て僕は思った。
これはどう考えても姫宮は大のスイーツ好きだろう。
そんな姫宮のペースに合わせる必要はないし、そもそも難しいだろう。
その時、姫宮が、『楽しいからスイーツの食べ放題なんだよ!』と、言っていた事を思い出した。
それならば、僕は僕のペースでスイーツの食べ放題を楽しむとしよう。
僕はそう思いながら、ゆっくりとショートケーキを口に運んだのだった。
やがて、再びスイーツを選びに行っていた姫宮が、さっきと違う種類のスイーツを大量に皿の上に乗せて戻って来た。
「さぁ、食べるよ!」
席座ってスイーツを食べようとした時、姫宮はその手を止めて、ジッと僕の顔を見始めた。
一体どうしたのだろう、と僕が不思議に思っていると、姫宮は紙ナプキンを手に取ると、僕に迫って来た。
その突然の出来事に僕が何も反応を出来ないでいると、姫宮は、「口元にクリームが付いているよ」と言って、口元に付いていたというクリームを取ってくれた。
「瀬戸君は意外とお茶目なんだね」
姫宮は揶揄うように言っているが、僕はそれを落ち着いて聞ける状態に無かった。
なんとも言っても姫宮の顔が目の前にあるのだ。
とてもでは無いが、これでは冷静でいられるはずが無かった。
僕から何にも反応が無い事に疑問を感じたのか、「あれ?」と、姫宮が声を上げた。
そして、ようやくこの状況を理解してくれたのか、みるみるうちに姫宮の顔が赤く染まっていった。
「あ、ごめん! いつも凛花の口元を拭いていたから、つい癖で」
姫宮はそう言うと、恥ずかしそうに僕から離れた。
このままでは気不味い雰囲気になってしまう。
そう思った僕は、「じ、時間が無くなってしまうから、どんどん食べていこうか!」と、勢い良く姫宮に言った。
姫宮は僕の発した言葉の意図を理解してくれたのか、勢い良く何度か頷くと、「そ、そうだね!」と言って、フォークを手に取った。
それから僕達は制限時間一杯まで、黙々とスイーツを食べる事に全力を注いだのだった。
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