第21話 笑って登校した記憶

「ふわぁぁぁぁ…………ねみぃ」


 栗花落さんに明日見さんの記憶を消すため協力してほしいと依頼されてから2ヶ月ほどが経過した今日、僕は大口を開けあくびをかましながら登校していた。


 あくびをするなんて夜更かしでもしていたのではないか、学生の本文は勉強なのだから授業中に居眠りをしないためにも早寝をするべきだろう--なんてご指摘を受けるかもしれないが、このあくびは僕にとって高校に入学してからの2ヶ月での成長を表すものだった。


 2ヶ月前、入学式の日は平常心を装いながらも心の中には焦りや緊張という感情があったし、誰かに話しかけてみようと考えていたこともあって気を張っており、あくびなんてする余裕は無かった。


 それが今、僕は何を考えるでもなくあくびをかましたのだ。


 あくびができるということは、余裕があるということ。


 そりゃ前世のことは勿論考えているし何も考えていないというわけではないが、今の僕にはクラスの中に居場所があって安心して学校に通うことができているということである。


 まあ居場所があるとは言っても教室内で栗花落さんとの会話ができるわけではないし、僕に話しかけてくるのは篠塚ばかりなんだけど。


 正直栗花落さんとは明日見さんの記憶を消すためだけの協力関係--所謂ビジネスパートナーのような関係性だと少し前までの僕は思っていた。


 しかし、僕たちはただのビジネスパートナーではなかった。


 ただのビジネスパートナーなら栗花落さんの方から当然のように僕に対してテスト対策として勉強を教えるなんて言い出すはずがないし、僕がテストで赤点を回避したことを自分のように喜んでくれるはずがない。


 僕は自分に自信が無いので、どこかで栗花落さんとはビジネスパートナー以上の関係になれることはないと思っていた。


 でも栗花落さんはそうは思っておらず、当然のように僕という存在を自分の友人枠の中に入れてくれていた。


 それはこれまであまり人と関わってこず、ちゃんとした友達という存在ができたことのない僕からしてみれば夢のような話で、そんな自分の状況に歓喜し安堵するのは当然の話だった。


「「----あ」」


 そんなことを考えながらまだ完全には開き切っていない目を擦りながら歩いていると、僕が鉢合わせたのは栗花落さんだった。


 これまで栗花落さんとファミレスに行ったりショッピングモールに行ったりしたことはあるが、栗花落さんの家の場所なんて知らない。

 だから、まさか自分の通学ルートで栗花落さんと鉢合わせることになるなんて思っていなかった僕は、先程までの余裕なんて一瞬で消え去り無数の考えが頭の中をグルグルと巡った。


 いくら栗花落さんと協力関係にあり、友達という関係になれたからといって、それはあくまで当事者間での話。


 僕と栗花落さんが友人なのは未だクラスメイトには知れ渡っていない事実だ。


 そんな状況で僕が栗花落さんと一緒に学校に登校してしまってはクラスメイトから注目を浴びるだろうし、栗花落さんだっていい気はしないのではないだろうか。


 かといって、明日見さんの記憶を消すために高頻度で栗花落さんに会っているというのに、こうして鉢合わせたタイミングで完全に無視して登校するのもなんか違うよな……。


 こんな場面、どう行動するのが正解なんだ!


 誰か教えてくれ!




 ……てか栗花落さん、やっぱり美少女すぎるな?


 栗花落さんが美少女なのは入学式の日から知っているが、最近一緒に過ごす時間が多かったので感覚が麻痺しており、その美少女具合を意識せずに済んでいた。


 しかし、朝イチでまだ目が覚めていない僕の目の前に現れた栗花落さんの美少女具合は、僕の目を冷まさせるのには十分すぎるものだった。


「--おはよっ。朝方もだいぶ暑くなったわね。昔は6月でこんなに暑いなんてこれまでなかったような気がするんだけど」

「あっ、えっ、そっ、そうだな」


 何事もないかのように話しかけてきた栗花落さんに驚かされながら、僕は栗花落さんが学校に向かって歩を始めたのに合わせて足を動かし始めた。


「暑くなると女の子は色々大変なのよね。女の子でも汗っかきの子はいるし、かといって大汗かいてる女の子なんて男子が見たら幻滅するって思っちゃうし」

「おっ、おお……」

「匂いが苦手な子は制汗剤の匂いとかも大変よね。まぁ制汗剤使ってる人も周りに迷惑かけないように使ってるわけだから勿論攻められないけど」

「そっ、そうだな」

「まあ一番大変なのはシンプルに夏が暑過ぎることね。できるだけ薄着にしたいけど、薄着すぎると下着の色が透けちゃったりするし」

「そっ、そうなのか」

「そういえば昨日ね、春瑠と遊んでたんだけど春瑠が下着履いてくるの忘れたとか言い初めたの。流石に笑わされたわ。スカートだったらどうしようもなかったんでしょうけど、パンツスタイルだったのもあって「大丈夫! このまま遊ぶ!」って言うんだけど、私の方が気になっちゃって。遊びに集中できなかったわよ」

「え゛っ、何それ驚き情報すぎるんだけど。女子でもそんなことあんのか。その辺男子よりガード固そうのに」

「普通ならあり得ないわよ。あ、でもタイツ履いてる女の子がタイツだけ履いてスカート履かずに登校しちゃったって話はXか何かで見たことあるから、まあ人間誰しもミスはあるってことね」

「いくらミスはあるとは言っても重大なミスすぎるだろそれ……----っ」


 途中までは栗花落さんが僕に普通に話しかけてきたことに驚き戸惑いを隠せなかったが、栗花落さんが話した加賀崎さんの話があまりにも驚きの内容だったので僕も普通に会話をしてしまっていた。


 栗花落さんと会話をするのは楽しいし、もっと一緒に会話をしたいと思うが、悠長に会話をしている場合ではない。


 こうして学校に向かって歩いている最中に僕の横に栗花落さんがいて、僕と2人で会話をしていてはあまりにも目立つし変な噂が立ちかねない。


「……ん? どうかした?」

「…………僕と並んで登校してたら栗花落さんに迷惑がかかるだろ? だから別々で登校した方がいいんじゃないかと思って」


 僕は栗花落さんと視線を合わせずそう伝えた。


 栗花落さんと別々で登校するべきだと思っているはずなのに、なぜか栗花落さんにそれを伝えるのは憚られた。




「--只木君が嫌ならそうするわよ?」




 栗花落さんの発言した内容から、きっと栗花落さんは自分のためではなく、僕のためを思って最大限考えてそう提案してくれたのだろうと思った。


 仮に栗花落さんが僕と登校することを嫌がっていたとしても、それを直接伝えるのは僕のことを傷つけると考えてくれたのだろう。


「いや、僕は嫌じゃないけど、栗花落さんが僕みたいな陰キャぼっちと仲が良いって知れ渡ったら変な噂も立ちそうだし、それで栗花落さんが嫌な思いをするのは嫌だなと思って……」

「ならいいじゃない。別にこうして一緒に登校すれば」


 ……まさか栗花落さんは本当に僕と一緒に登校することを嫌だと思っていないのか?


「……栗花落さんは嫌じゃないのか?」

「嫌なわけないでしょ。普通に友達と一緒に登校してるだけなのに、誰かに何か言われる筋合いなんてないじゃない」


 当然のように栗花落さんが僕のことを『友達』認定していることが嬉しかった。

 友達だと思ってくれているだろうとは思っていたが、実際言葉にされないと確証はないし不安な部分はあったから。


「まあそれはそうだけど」

「私はむしろ只木君が嫌がるかなと思って教室とかでも話しかけてなかったのよ? 私の周りってほら、自分で言うのもアレだけど人がいっぱい集まってくるし、そんな私が只木君に声をかけたら多少なりとも話題にはなるだろうし。只木君はひっそり静かに生活したい人だと思ったから声をかけなかったけど、只木君が気にしないなら教室でも話しかけるわ。まあ人に囲まれてることが多いし中々難しいとは思うけどね」


 ……やはり難しく考えていたのは僕の方だけだったのか。


 そもそも栗花落さんは自分の評価が落ちるからと言って友達である僕と話さないような人間ではない。


 僕はまだ、栗花落さんの本質を理解できていなかったんだな。


「……話しかけてくれるのは嬉しいよ。基本1人か篠塚に絡まれてるくらいだから。僕からも機会があれば話しかけさせてもらってもいいか?」

「勿論よ。友達なのに気を遣って教室で会話をしないなんて変だしね。それでさっきの下着の話なんだけど春瑠ったらね--」


 そして僕はその後も栗花落さんの話を聞きながら、たまに自分の話もして----。


 登校していて楽しいと思ったのはいつ以来だろうか。


 それこそ昔妹の結有と一緒に登校していたとき以来か……。


 そんなふうに昔を懐かしみながら、学校に向かって歩みを進めた。

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陰キャの僕の前世の彼女はどうやら学校1の超絶美少女だったらしい 穂村大樹(ほむら だいじゅ) @homhom_d

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