第二十二話 『再会』

 ブレントの話が本当ならばアリスは生きている可能性が高い。


 そしてアリスをさらったのは......私の兄を自称していて、私と容姿がほぼ同じ男。


 クロムウェルには幻術に長けた魔術師がいるというのは聞いたことがある。しかしなぜわざわざ私と同じ見た目で、兄弟を名乗る必要があったのか。


 わからない。


 しかし、アリスを狙ったということはアリスが聖女と知っていたということだろうか。もしそうならクロムウェルはどこまで『聖女の力』を知っている?


 軍事利用されれば誰も報われない。


 アリスをさらわれてからは丸一日。少人数であってもまだ国境には到着できないはず。


「ブレント、本当にありがとう。後のことは兄に任せて今はゆっくり休んでくれ」


「でも――」


 私が立ち上がると、ブレントは口をつぐんだ。



 部屋を出てすぐ。


 トールが壁に背を預けて私を待っていた。


「トール。何か発見はあったか?」


「ああウィリアム。......クロムウェルの残党どもがヴァーグ宮殿を占拠しているらしい」


 拍子抜けした。


 わざわざ扉の横にいたのだから何か――いや、少々期待し過ぎていただけか。


「残党狩りなら私の許可なしに軍を動かしてくれて構わないのだが」


「まあそう焦るな。言われずとも討伐隊は送ったんだ」


 トールが一息おく。


「その討伐隊が返り討ちになったって言ったらどうする」


 すでにレガドル卿をはじめとする第二近衛騎士団も帰還しているのに、残党狩りが上手くいかないとはどういうことだ。


 いや待て。


 ブレントを一撃で倒してしまうほどの強者ならば、相手が複数の近衛騎士でも互角かそれ以上に戦えるのではないか。


 アリスもそこにいると決めうちするしかない。トールの顔を見れば、その真意はすぐにわかった。


「私が出よう。着いてきてくれるか?」


「仕方ないな」


 そう言いながら私の前を歩き出すトール。本当に、よい友を持ったものだ。





 ヴァーグ宮殿。アリスと初めて社交の場へ出た、そして初めて思いを伝えた場所...の近くでもある。


 もしここにアリスがいるのなら、たとえ敵と刺し違えてでも救ってみせる。にしても、窓から明かりが漏れているのに屋敷からは誰もいないように物音ひとつしない。


 宮殿を囲っている騎士たちも明らかに気を抜いている。


「敵の数はどのくらいだ?」


「さあな。ただ、俺たちに囲われても矢の一本も撃たない敵だ。多くはないと思う」


 確かに。


「私ひとりで宮殿内に入る。日が昇っても出てこなければその時は―――」


「馬鹿なことをぬかすな。救国の英雄おまえを失う可能性を負うことはできない。せめて俺と数人でいいから連れて行け」


 トールの言うことはきっと正しい。


 だが。


「敵の強さは計り知れない。それに......私はこの戦争でこれ以上の犠牲を払いたくはないのだ」


 宮殿へ顔を向ける。


 大切な人たちをこれ以上傷つけさせるわけにはいかない。


「必ず生きて帰って来いよ」


「ああ。もちろんそのつもりだ」



 私がひとり屋敷へ向かう姿は騎士たちにどう見えているのだろうか。


 婚約者の奪還に燃える滑稽な男か、それとも自らを犠牲に死地へ赴く英雄か。


 どちらでも構わない。


 すべては結果でわかる。


 扉を開ける。


 相変わらず煌々と輝くシャンデリアと、地面に広がる赤黒い血痕。


 戦闘があったことは一目瞭然で、倒れている者の所属は明らかに近衛騎士団であった。


 放射状というか、敵を囲んだ上で全員薙ぎ払われたような惨状。”剣狂“とでも表すべき手練れが確かにこの屋敷にいる。


 屋敷の中は部屋は多いが、個々は決して広くない。


 そして一気に近衛騎士を倒すほどの大技を使えるのなら、あえて小さな部屋にいるはずもない。


 であれば真っ先に調べるべき部屋はただ一つ。


 玄関ホールからすぐ。パーティーでは貴族たちが夜通し歌って踊り過ごす大広間の扉に手をかけた。


 扉が壊れない程度に力を込めて一気に開く。


 ただ照らされた大広間に響く音とは反対に、空虚な空間が広がっていた。


 見渡しても誰もいない。


 まさか敵は呑気に個室で寝ているとでも言うのか?


 当てが外れてしまっては......どう探すべきだ。一部屋ずつ見て回ろうものなら時間がどれだけあっても足りない。


 いや待て。この宮殿で大広間といえばもう一つ。


 オペラ劇場。


 こっちにかけてみるしかない...か。



 屋敷の中はどこも明かりが灯されているというのに、誰もいないこの状況ではとても不気味だ。


 奥へと進むにつれて豪華に、よりストーリー性のある装飾が壁になされているのもこの感情をかき立てる一因だろう。


 ようやく着いた劇場の入り口は、大広間よりもはるかに重厚感のある扉で一筋の光も漏れないように固く閉じられていた。


 金色の金具があしらわれた取手を握り、ゆっくりと開く。


 見えてくるのは絢爛豪華な劇場。


 今からオペラが始まるような、目線だけでなく体ごと吸い込まれそうなほどに中央を照らす明かり。


 そして、照らされた舞台の中心に力なく椅子にもたれかかるアリスと、奴はいた。


 私と同じ近衛騎士の制服。


 私と同じ赤い髪。


 私と同じ顔。


 そして


「ようやく来たか」


 私と同じ声。


「私と同じ。貴様は......いったい誰だ?」


 質問に対し、男は大袈裟に両手を広げる。


「俺の名前はウェルム・ヴェトレール。信じるかは知らんが、お前の双子の兄だった者だ」

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