第二十一話 『襲撃』

 ウィリアム兄様が軍勢を率いて王都を出発し、王都の留守番を任された指揮官たちが王の間へと集められてた。


「団長様より王都防衛を任されたオルオ・バーグだ。今からそれぞれの担当箇所を発表する。アカラ卿は王都南部。タンダロス卿は王都西部。トシマ卿は――」


 当然といえば当然だけど、俺にアリスさんを守る以外の役割はない。


 でも、まわりにいる指揮官たちは近衛騎士を除いてお世辞にも立派と言える装備を着ていない。剣術だって俺の方が高いに決まってる。


 どうせなら俺にもどこかの防衛を任せてくれたっていいのにな。


 兄様たちが強すぎるだけで......俺はどんな状況でも十分戦える。戦場に連れてってくれてもよかったんだ。


 にしても、オルオさんってどこ怪我してるんだろ。包帯は見えないし話し方からして心に問題もなさそう。手負の指揮官しかいない中で、どうしてオルオさんだけ無傷なんだ?


 まあいっか。暇だし剣の手入れでもしてよ。



 王宮は広いけど、することがなくて暇だ。


 剣術の練習をしようにも訓練場は騎士の溜まり場になってて使えないし、追いかけまわせるフェイもいない。


 アリスさんもメイドの人たちに裁縫を習っている最中。


 そんなわけで無駄に広い中庭を散歩してみてるけど、花のほんのり甘い匂いが好きじゃない。


 夕食は何かな。それだけが楽しみ―――


 ドンッッッッ!!!!!!


 お腹に響く爆裂音。


 西の方、少なくとも王都の中じゃない。


 足に力を込める。

 

『アップドラフト!』


 抜刀の勢いのままに、炎を宿した剣を地面に向かって振り下ろす。


 高温にさらされた空気の上昇する流れに乗って跳べば、王宮の屋根までは数秒もかからなかった。


 王都の西に......軍勢がいる。王国の援軍が来るとは聞いてない。立ち昇る黒煙のせいで全貌は見えないけど、結構な数の敵が押し寄せている。


 よりにもよって兄様方がいない時に!


 図られたってことかよ。


 たまたま偶然なのか、それとも......クロムウェルの野郎に情報を流している内通者がいるのか。


 この際どっちでもいい。


 兄様に、ここにいる全員に、俺の強さを見せつけるまたとないチャンスが来たわけだ。


『ファイアブラスト!』


 赤熱した刀身の先端に、炎が集中する。


 ちょっと遠いけど......なんとか届く!


 石を投げるのと同じ要領で炎の球を放つ。


 敵に当たると一気に火が燃え広がった。


 しかし、敵の勢いを抑えることは一切できていない。まるで血も涙もないカラクリが鎧を着ているように、王都の中へとただただ侵入していく。


 西の防衛は何やってるんだ?


 まさかとは思うけど裏切りとか?


 考えてても仕方がないし、王の間にでも戻って増援に行こうかな。



「王都西部より侵入した敵は三方向にわかれて王都内を進軍中。タンダロス卿とは連絡が取れておらず、現在は北門守備隊が戦闘を継続しております」


 足りてない人手にとれていない統制。


 オルオさんは第三近衛騎士団の班長をしていたはず。でも明らかに統率をとれてはいない。


 兄様はどうしてこんな人選を......。


「東部から部隊を引き抜いてくれ。王宮守備は全部隊を西部へ。とにかく西側だけで戦闘を完結させろ!」


 無理な要望にしか聞こえない。というか王の間に集まっている指揮官たちも「何言ってんだ」みたいな顔してるし。


 でも誰も口に出せない。


 なぜならオルオさんが近衛騎士だから。


 よくよく考えてみれば、オルオさんは自分と同じ近衛騎士を次々と王都外周の防衛に当てていっていた。


 それって結局、自分に反論できる人物を減らしたかったからなのでは?


 仕方ないよな。


「バーグ卿。王都の全範囲を防衛するのは不可能です。殿しんがりを出して守備隊を王宮の近くに集め、中央だけを守り抜いた方が―――」


「う、うるさい! どこの馬の骨か知らんが、貴様のような若輩者が口を挟んでいい場所ではないのだ!!!」


 ああ。やっぱりそうだったか。


 点と点が結びついていくような......そんな感覚。

 

 ”本物の“オルオさんがこういう人なら、兄様が王都を守る重要な役者として選ぶはずもない。


 魔術師か。よく紛れ込めたものだよね。

 

 剣を抜く。


 静まり返った王の間の中央を、偽者の指揮官のもとへ歩く。


「き、貴様! 神聖な王の間で剣を出すとは何事だ! 誰か止めろ! 無礼だぞ!」


 きっと本物のオルオさんならわかったはずだけどね。


 俺がウィリアム兄様の弟であることくらいさ。

 

「変装するならもっと調べてからにしなよね」


 顎先に剣を突き立てると、観念したように両手をあげてあっさりと降伏した。


 戦闘要員ではなかったらしい。


 張り合いがないとつまらないんだけど......王宮を破壊されるよりはマシか。



「は、早く本物のバーグ卿を探し出せ!」


 ようやく動きだす他の指揮官たち。


 腑抜け切ってるなぁ。


「部隊配置は、とりあえず偽物の言っていた通りにしろ! 王都中の戦力をかき集め――」


「全員止まれ!!! 俺としたことが魔術師相手に不覚をとってしまった。作戦指揮権は依然このオルオにある。王都外周を切り捨て、王宮周辺の防衛に全軍を当てよ」


 さっきのような小物感はどこにもないのに、各所のすり傷や包帯が目立つ。本物の近衛騎士の威厳を持ったオルオさんの姿に、誰もが注目した。


「王国の興廃この一戦にあり。各員いっそう奮励努力せよ!」


 その一言で、その場にいた全員が拳を突き上げる。やっぱり兄様の選択に間違いはなかったみたいだ。俺も、オルオさんの役に立ちたい。


「バーグ卿、俺も戦います。指揮はできないけど......腕は立つ自信があります! みんなの役に立ちたいんです!」


 俺の言葉に、驚いたような表情をしたオルオさん。


「ブレント君、君にウィリアム団長が任せたのはアリス姫の護衛だよね?」


「はい。で、でも! 戦う人手は多い方が!」


「気持ちは嬉しい。しかしな、騎士に最も重要なのは使命に従順であることだ。団長は君にしか達成できないと信じて姫を君に託した。それに姫様を守ってくれるだけで、我々の役に十分立っているよ」


 反論は、到底できなかった。


 それ以上何も言わずに遠ざかるオルオさんの背中を、俺はただ立ち尽くして見送ることしかできない。


 なら、せめてアリスさんだけでも守り抜いてみせる。絶対に、何があっても。





 夜になって、戦局は必ずしも好転しなかった。


 圧倒的な物量を前に王都内側の城壁も突破され、王宮前広場でも戦闘が行われている。


 王の間に残った少ない指揮官たちは敗色濃厚な戦況に震えるだけで、誰も部下を率いて出撃することはない。


 屋敷に轟く破壊に従者たちは部屋の隅でうずくまり、アリスさんが頑張ってメイドたちを励ましている。


 オルオさんの生死も不明。


 ......俺がアリスさんを守りきれるのかな。


 いっそのこと俺も戦いに出たほうがいいのでは。


 そんなよくない考えばかりが浮かんできて、自分の弱さに辟易へきえきしてしまう。


「お、おい! 団長が......ウィリアム団長が軍を連れて帰ってきたぞ!!! それと同時に敵部隊が敗走してやがる」


 兄様が?! 期待していなかったわけではないが、限りなく薄い望みだと割り切っていた。勝つべき相手は東に逃げた敵軍ではなかったのか?


 まさか今王都を襲撃している部隊が主力だと見抜いた? それとも一か八かで...?


 にしても対応が早いな。さすがは兄様って感じだけど、ここまで早いと襲撃に来ることを知ってたんじゃって疑いたくなるレベルだ。


 王の間の扉が開く。


 ウィリアム兄様と、所属は知らないけど騎士が数人。クリフさんがいないけど、まあどうでもいいかな。


「今帰還した。敵の掃討を開始するから動ける者は王宮前の――」


「団長! ありがとうございます」

「王都の危機すら察知してくださるとは」

「見捨てられるものだとばかり」


 兄様のまわりに誰彼関係なく駆け寄る。


 判断力や行動力だけでなく、人望の厚さも兄様が生まれながらに持っている才能だと思う。


 そして、そんな兄様の弟になれた俺は本当に恵まれているな。


「ひとまず残敵を掃討しよう。騎士は外に移動を頼む。俺も直ぐに向かう」


 さっきまでが嘘のように生き生きとした騎士たちが我先に王の間の外へと出ていく。


「あ、アリス。大丈夫だったか?」


「はい。私にはブレントさんもいましたし、きっとウィリアム様が救いに来てくれると信じてましたので」


「それはよかった。俺も最悪の事態を避けられてよかったよ。本当にね」



 騎士たちを追い出してハグくらいするものだと思って若干視線を逸らしていたのに、少しぎこちない会話をするだけのふたり。


 昨日婚約をした熱々な婚約者同士とは思えないふたりの距離。


 それに、兄様が『俺』って一人称を使うのにも違和感がある。


 そう考えて兄様の姿をよくよく見てみると、違和感はすぐさま決定的な違いへと辿り着いた。


 兄様の手の甲に......古傷はない。


 ないはずのものが、明らかに昔剣で切り付けられたような跡があるのだ。


「貴様......誰だ?」


「兄に向かってその口はないだろう。俺はお前の兄だぞ?」


 しかし、俺の言葉に対してあくまでも優しく答える偽物。周囲にいた従者たちは俺に冷ややかな視線を浴びせてくる。


「俺の知っているウィリアム兄様は......自分のことを俺なんて呼ばない! 手の甲だって、くっきり残る古傷はなかった」


 全員の注目が俺から手の甲へ移る。


 反射的に偽物は隠そうとしたが、従者のひとりが肯定の言葉を発した途端に動きを止めた。


「あーあバレたか。さすがはブレントだな。父親譲りの洞察力、感服しちゃ――」


「お前の言葉なんて聞きたくないッ!」


 兄様に変装していた偽物も、それに気がつけなかった自分も嫌だった。


 抜刀の勢いそのまま切りつけたが、当然のように避けられる。


「おいおい俺が話してんだろ? 人の話は最後まで聞いたほうがいいぜ」


 立ち尽くすアリスさんの前に出る。


 オルオさんの偽物とは違う。目の前にいるのは兄様の姿をした明確な敵の騎士だ。


「下がっていてください」


 兄様の偽物だけはゆるせない。


 使うなとは言われてたけど、確実に敵を倒すにはこれを使うしかない。


「ほーう。焔の剣『ティソーナ』はブレントが持っているのだな。操れるのか?」


「残念ながらまだ手加減はできない。消し炭も残らないから安心して死んでくれ」


 ティソーナの調整は終わってなかった。時間をかけ過ぎれば俺が霊装に飲み込まれてしまう。青いほのおはすべてを燃やし、骨の髄まで魂ごと消し去る。


 しかし、偽物は俺がティソーナを持っているとわかった上で呑気な表情をしていた。


「信じるかは知らんが俺の名前を教えてやろう」



「ウェルム・ヴェトレール。お前やウィリアムの兄だった者だ」


 次の瞬間には、腹部から全身へ走り抜ける激痛と共に壁へめり込んでいた。


「あがっ?!!!」


 血の塊が腹の底から上がってきて、目の前が鮮血に染まる。


 かすれた景色の向こうでアリスさんが何かを叫んでいた。


 俺がもっと強ければ、もっと早くに違和感に気がついていれれば、最後の嘘に......惑わされなければ。


「ブレントさん、守ってくれてありがとう。これを預けます。必ず、必ず生きてください」


 俺に近づいてきたアリスさんは、いつも身につけていたネックレスを俺の胸ポケットへと入れて去っていく。


「ごめん......なさい」


 声が届いたかはわからない。


 そこで、俺の記憶は途絶えた。

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