幕間 『エリノアは恋をする』

 初めてウィリアム兄様がアリスちゃんを連れてきた日、ひどく嫉妬したのを覚えている。


━━━


「今日は1ヶ月ぶりにウィリアム兄様が帰ってくるのよ!」


「はいはい。エリノア姫、せっかくの可愛い髪型が崩れますので跳ねないでくださいな」


 主任従者のホリーは私の腕を優しく握って私を諭してくれた。


「ホリー、私可愛い?」


「はい。エリノア姫は世界で一番可愛いです」





 私が私の気持ちに気がついたのは、確か今から3年前...14歳の時。ハンス兄様と散歩中にいきなり現れた熊を、ウィリアム兄様が間一髪のタイミングで助けてくれた時だ。


 それまでも「かっこいい」とか「好き」とか言いながらウィリアム兄様に抱きついていたけど、あの時に私の兄様に対する想いが歴とした「愛」であることに気がついた。


 兄妹なのに、こんな感情を抱くのはおかしい。


 そう思ってカムイ侯爵令嬢のサリー様に色々と聞いてみたのだけど、サリー様は私の気持ちを恋だと教えてくれて、私を応援するとまで言ってくれた。


 昔のことを思い出して、今から自分が何をするのかを思い出す。


 告白するんだ。


 きっとウィリアム兄様は私の思いを聞けば困惑してしまうだろう。でも、もう自分の気持ちに嘘をつきたくない。



 兄様は昼過ぎに着くと手紙に書いていたくせに、玄関ホールで待っていても一向に帰ってこない。


 こんなの初めてだ。


 もしかして事件に巻き込まれてたり......いや、兄様に限ってそんなことはないはず。


「エリノア姫、一度お部屋に戻っては」


「ダメ! ウィリアム兄様がきっと疲れて帰ってくるから、私が一番に出迎えるの!」


 ホリーにあたっても仕方ないのに、どうしてか口調が強くなってしまう。




 馬の蹄が地面を蹴り、車輪の回転を石畳が受ける音が聞こえてきた。


 兄様が帰ってきた!


 まずは労いの言葉をかけて、後から私の部屋に来てもらうように言おう。


 今までにないほど心臓がドキドキしてる。


 玄関の扉が開き、ウィリアム兄様が入ってきた。


 しかし......その横には女性が。


 いや、別におかしなことではない。ウィリアム兄様が女性に人気なのは間違いないし、王都に行けばそれはそれは良家のご令嬢がいるのだ。


 言葉がつまらないように、笑顔が崩れてしまわないように......涙が溢れてこないように意識をしっかりとして話した。



 女性の名前はアリス、どこの良家出身かと思えば村から連れてこられたなんて言い出す。


 長くて美しい淡い青緑色の髪の毛、端正な顔立ち、立ち姿、どこをとっても気品に溢れているし何より兄様の視線が彼女を捉えている。


 そっか......私にチャンスはないんだよね。


 兄様がアリスさんにドレスを貸すように言われて、なんだかもう何もかも嫌になりそうだった。私が見れない兄様の表情を、きっとアリスさんはこれからたくさん見るのだろう。



 ......だったら、アリスさんを私の言いなりにしてしまえばウィリアム兄様のことをもっと知れるかもしれない。


 信頼関係をつくって、揶揄からかって、ふたりの関係が深くなりそうなイベントは片っ端から全部試してみるしかない。



「エ...エリノア様、お顔が近いですよ」


「様なんてつけなくていいよ? アリスちゃん」


 私の部屋で、ホリーを外してアリスさんとふたりきり。


 急接近した私に顔を真っ赤にしてしまうアリスさんはすっっっごく可愛い。


 これは兄様が惚れてしまうわけだ。


「女の子同士なのにアリスちゃんすっごくドキドキしてるね」


 私の部屋に着くまでにアリスさんが18歳であることとなんとなくの性格を把握した。


 押しには弱い。一見すると天真爛漫なのに不安を感じると声が段々と弱くなり、年相応の恥じらいも見せてくれる。


そして―――


「エリノアちゃんだって! さっきから心臓の音が聞こえてきてるよ」


 反則級のカウンターが打てる。


 胸の高鳴りが抑えられない。ウィリアム兄様が連れてきたすごく可愛い女性を、今私が支配しているのだ。


 後ろめたさとアリスさんの顔に匂い、すべてが合わさって私を興奮させる最上級のフレイバーとなっている。


 このまま押し倒してしまいたいのだけど、計画が破綻しかねないし今はやめておこう。



 アリスちゃんが家に来てから色々あったけど、あっという間にアリスちゃんは家に馴染んでしまった。


 ブレントは完全にアリスちゃんに懐いてるし、お母様はお茶会には必ずアリスちゃんを誘うようになっている。


 かく言う私もアリスちゃんと一日中くっついてることも多いし、あまり言えたことではない。


 でも、ウィリアム兄様とアリスちゃんの関係が一向に進まないのは気がかりだ。よくふたりでお出かけしてるし、楽しそうに話しているのにアリスちゃんに聞いても何もないらしい。


 兄様......奥手が過ぎます。



 今日もアリスちゃんと私の部屋でお茶を飲んでいる。今日の紅茶、少し熱いのだけどアリスちゃんが気にしてないから言い出せない。


 ふと窓の外を見てみると、中庭でハンス兄様に話しかけてるウィリアム兄様がいた。何やらハンス兄様に怒られてるみたいだし......もしかして王都に行くのかしら?


「ねえホリー。そろそろ新しい紅茶が飲みたいのだけど、まだあるかしら?」


「すみませんエリノア様。王都で買ったものはそれで最後かと」


 当然知っている。


「ドレスも買いたいしまた王都に行きたいわね」


「そうですね。クリフの方に日程調整を打診しておきます」


 ここまで種を蒔けば―――


「エリノアちゃん、王都ってどんなところなの?」


 アリスちゃんなら食いついてくれると思ってた!


「そうね、領都トリノとは比較にならないくらい大きいし、なんでも最高級の商品が揃っててとっても楽しいところよ」


「トリノより大きな町......」


 ホリーに目配せすると、何か察したようにホリーが話し出す。


「行きたくてもなかなか行けませんのでね」


「そうなんですか? 遠いから?」


「遠いのは当然往復のための馬車、宿泊地の予約、関所、買い物するためのお金を含めれば年に一度行ければいいくらいです」


 ホリーの話に聞き入ってるアリスちゃん......可愛い。


「そうだ! アリスちゃんに似合いそうなドレスがあるのだけど、それを着て中庭でお茶を淹れ直して飲まない? 王都についてお話ししましょう」


「ぜひ! でも、ドレスに着替える必要は...それに中庭にでなくとも――」


「ウィリアム兄様と会ったら一緒にお茶をしてくれるかもしれませんよ?」


「......ではお願いします」


 アリスちゃん......ウィリアム兄様の話を出したらすぐにチョロくなっちゃう...可愛い。


 さて、問題は兄様がどこにいるかだ。中庭にはすでにいない。となると......お父様のお部屋に行ったのかな?



 アリスちゃんのドレスアップが終わったらすぐに部屋を出た。普段より丈が長いから歩くのに慣れが必要なのだけど、相変わらず難なく着こなしてしまうアリスちゃんはすごい。


 聖女って言ってたけど、いったいどこでどんな生活を今まで送ってきたら食事作法もドレスの着こなしも完璧になるんだろう。



 そんなことを考えながら歩いていると、ウィリアム兄様があからさまに肩を落としてお父様のお部屋から出てきた。


 きっと王都に行きたくないからお父様に代わりに行ってほしいと交渉して、撃沈したというところかな。


 アリスちゃんも心配そうに見てる。


 さて、話しかけよ――っ?!


「あの! ウィリアム様、元気がないようですがどうされたのですか?」


 先を越された......。


 案の定、ウィリアム兄様は王都に用事ができたから回避しようと画策したらしい。ウィリアム兄様、貴族のことほんとに嫌いなんですよね......まあ、私もですが。


 じゃあ、作戦を実行しましょうか。


「そうです! おふたりで王都に行ってみてはいかがですか?」


 兄様は呆気に取られてるけど、アリスちゃんの目が輝いてる。


 作戦成功かな?



 ふたりが王都に向けて出発する前に、アリスちゃんには色々なことを教えてきた。王都の事というよりは芸術品や宝石なんかを中心に。


 奥手な兄様のこと、どうせアリスちゃんに喜んでもらうために色んなプレゼントを贈ろうとするはず。


「いい? ダイヤモンドやルビーも素敵だけど、アクアマリンは格別なの」


「エリノアちゃん、どうしてそんなことを?」


「えっとね、王都で社交パーティーに出たらプレゼントされるかもしれないでしょ? その時に、宝石から相手の本気度がわかるのよ」


 まあウィリアム兄様以外からプレゼントされたらその場で捨ててもいいと思うのだけど、どうせ兄様以外がプレゼントすることもないだろうし......過度にウィリアム兄様を意識されても困るから逸らしておく。




 ふたりが王都から帰ってくるのは楽しみだけど、ふたりが結ばれれば私には何が残るんだろう。


 アリスちゃん経由でウィリアム兄様のことを聞いても、結局兄様はアリスちゃんのもの。


 応援しても、意味ないのかな?


 いいや、それは違う。


 ふたりが幸せならそれでいいじゃない。


 ふたりが幸せなら...それで......。

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