第七話 『王宮と魅惑のドレス』
今私は、王宮の一室にいる。
ケーメル公爵と面会しに来たと財務省へ行ってみたら、この部屋へと通された。
公爵閣下はすぐに来るとのことだったが...。
コンコンコンコン
「辺境伯殿、お待たせしてすまないね」
「いえいえ。私こそ公爵閣下の時間を割かせてしまい申し訳ありません」
閣下が入ってきたのと同時に私も立ち上がる。
「こちら、我が父から閣下に手紙と菓子折りでございます」
「これはまたご丁寧に。宰相様は息災ですか」
「ええ。おかげさまで」
このような意味もない貴族同士の会話はあまり好きではない。
だが決してしない訳にはいかない。出世とか関係なく、上の者に嫌われると碌な目に遭わないからである。
「さっそく本題に入りたいのだが、辺境伯領の今年の収穫高について誤りはないのだよな」
閣下はソファーに腰をかけながら話し出す。
「はい。額面通りにございます」
うむうむ。唸り資料とにらめっこをする公爵閣下。
「ズバリだ、前年比97倍の収穫高の秘訣を教えて欲しくて今日は呼んだ。どのような農業器具を使った? 使用農地も増やしたのか?」
閣下は身を乗り出して私に質問を投げかける。アリスのことを切り出されるのかと思っていたが杞憂だったらしいな。
「農務は担当に任せっきりで大した情報はないのですが今年は天気の良い日が多く、農務予算を増やしましたのでその影響かと」
嘘は何もついていない。去年は2度の大嵐に多雨であったが今年は解消されたし、収穫が間に合わないと連絡を受けて騎士に手伝わせるために予算を増やした。
公爵閣下は不思議そうな顔をしていたが、またもや資料を眺めている。いったい何が書かれているのだろうか。
「確かに、ヴェトレール領はそもそも収穫量が多いのは間違いない。今年は一部の領地で収穫量が増加しているようだし、戦乱以前の水準に回復したと考えればおかしい点もないか...」
ぶつぶつと呟く。何やら自己解決した様子だった。
「
“聖女”という言葉が出てきて冷や汗が背中を滴るのがわかった。
「どうしたのだ? 何か心当たりでもあるのか」
私が変な間をあけてしまったせいで公爵閣下の表情が曇り声のトーンが下がる。
「いえいえ、まさかそのような疑いをかけられていたとは思わず驚いただけです」
「ハッハッハ! それはすまない。我々も国王陛下に聖女発見を急かされているのだ」
危なかった。にしても陛下はアリスに...聖女にどれほど執着なさるつもりなのか。
その後は公爵閣下ご自慢のご令嬢のお話を永遠と聞いていた。私と歳が近いのは知っていたが、まさか同い年だったとは。
今日のパーティーにも参加するらしい。
「では辺境伯殿、ヴァーグ宮殿で待っておるぞ」
「はい。失礼いたします」
公爵閣下と別れ、私は泊まっている館へ帰ることにした。宮中の絵画や美術品が飾られた長い廊下はいつ歩いても眩しい。
「おいヴェトレール、来ておったのか!」
私の後方から声が響く。この声はまさか。
「国王陛下、ご無沙汰しております」
渾身の最敬礼。1番会いたくなかったと言っても過言ではない陛下がなぜここに。
「堅苦しいのはよい。それよりケーメルから今年の
「いえ、なにも聞いておりません」
ニヤりと笑う陛下。
「今年の農賀祭はヴェトレール領の領都トリノで行うこととした! 驚いたか?」
農賀祭を...トリノで???????
「準備にはウィズダムら第二近衛騎士どもを派遣しよう。好きに使ってくれ。楽しみにしておるぞ」
私の肩を2度叩いた陛下はそれ以上なにも言わずに行ってしまわれた。侍従の方々が私に申し訳なさそうにお辞儀をして陛下について行く。相変わらず嵐のようなお方だ。
......いや待て、陛下の勢いで忘れかけていたど今年の農賀祭をトリノでするって言ってたよな。
大貴族はもちろんハプロフ王室や他国の王族も参加する我が国最大の祭り、『農賀祭』。7日間の祭で中小国や後進大国の年間予算が動く一大イベントを、私の領地で?!
農賀祭のことを考えていると王宮の廊下がやけに長く感じられた。開催は毎年11月で、今から準備期間は3ヶ月半しかない。
今すぐにでも帰りたい......しかしパーティーには出席の返事をしてしまった。ケーメル公爵を裏切るわけにもいかない。
ロータリーには迎えの馬車が待っている。クリフの顔を見ると少しだけ安心感を覚えた。
「ウィリアム様お疲れ様です。アリス様が館で準備をしておられますので、お急ぎください」
「わかった」
今回のパーティーにはアリスを同席させる。理由は単純でアリスが行ってみたいと言ったからに他ならない。
当然不安な要素は多いのだが、アリスの頼みを叶えないわけにはいかなかった。
それに、普段は着ることのない華やかなアリスのドレス姿を見られるのだ。この機会を逃わけにはいかない。
*
農賀祭のこと、今日のパーティーのこと、あれこれ思考を巡らせている間に館へと馬車は到着していた。
「なあクリフ、私の服装はどうすればよい」
「その格好で十分ではないでしょうか」
確かに今の私の服装は宮中にいても馴染めるような装いである。しかし...。
「率直に聞こう。カッコいいか?」
屋敷の扉の目の前で、クリフは大きなため息をついた。
「聞く相手を間違えていますよ」
クリフが両手で扉を開ける。
メインホールの中心に、アリスがいた。
......美しい。
アリスの体の線に沿いつつも余裕のある白いドレス。目立ちすぎず適度に散りばめられた水色の装飾。開いた首元には私が贈ったネックレスが輝いている。
「ウィリアム様、お待ちしておりました! ドレス...似合っていますか?」
気恥ずかしいのかアリスは私から少し顔を逸らしていた。
「すごく似合っている。とっても綺麗だ......」
このアリスを独占してしまいたい。一時でも目を離すのが勿体無い。
上目遣いでしかも髪の毛を耳にかけながら恥ずかしがっているアリスに、私の視線は釘付けになっていた。
「み、見過ぎですよ...」
「すまない!」
アリスが笑い出し私も、私だけでなくまわりにいた全員が笑い出す。
「ウィリアム様、会場までエスコートよろしくお願いします」
「ああ。喜んで」
馬車に乗る途中アリスが私の耳元で囁く。
「ウィリアム様の正装、格好いいですよ」
その一言で、私の思考はすべて消し飛んだ。
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