25.アリスターの検査

 アリスターも医者だが、病院に行くのは好きではない。

 Subだと分かった瞬間から、Domに命じられて抱かれるのは嫌だったので、抑制剤も必要だったし、体調管理もしなければいけなかったが、病院という場所に行くとどうしても自分の第二の性ダイナミクスと向き合わなくてはいけない。

 一般的にSubは抱かれる性だと認識されているせいで、アリスターは自分がSubであることがずっと疎ましかった。Subである自分を憎んでいたといってもいい。


 リシャールという穏やかで優しいDomと知り合って、抱かれる方ではなく抱く方であるアリスターの欲望も受け止めてもらえて、クレイムもしてやっと自分がSubでよかったと思えるようになったのだ。

 職場ではまだアリスターのことをDomだと周囲が誤解するような振る舞いしかしていないが、結婚したことは上司のロドルフォには報告しているし、ペントハウスに一時的に住んで、リシャールの家が完成したらそちらに移り住むことも伝えている。


 アリスターが結婚したということは職場で広まっていた。

 同僚のエリオットは分かっているとばかりにうんうんと頷いている。


「第二の性の欲求の管理は大変かもしれないが、相手がどんな第二の性でも、お互いが合意して結婚したんだったら応援する」

「成人していたら、結婚にはお互いの同意しか必要ないからな」


 DomとSubの正式なパートナー契約クレイムと違って、結婚はどちらから申し込んでもいいものだし、二人の合意があれば成人であれば結婚を阻むものは何もないのだということを教えてくれたのはエリオットだった。

 それまでアリスターはリシャールと結婚するだなんて考えてもいなかった。クレイムはリシャールが申し出てくれないとSubであるアリスターは何もできなかったし、リシャールの気持ちを確かめてもいなかった。


 リシャールはずっと「好き」「大好き」「愛してる」と言葉を惜しまずにいてくれたのだが、立場の違いがあってアリスターはそれを信じられていなかったのだ。

 プロポーズしたら受け入れてくれたし、クレイムも申し込んでくれた。アリスターのシャツの下、胸の辺りには革のネックレスに通されたリシャールと色違いの石がはまった指輪があるし、左の足首には靴下の下にクレイムの証として革のアンクレットも付けている。


 首輪を好まないアリスターが、仕事柄手首にも付けていられないが、常に身に着けられるようにとリシャールは考えてくれたのだ。


 これだけ優しく献身的なリシャールの望みなら何でも叶えてやりたい。


 それが病院に行くことであっても。


 病院は嫌いだがリシャールが行ってほしいと言うのならば従うしかない。高校のときの簡易検査でSubだと分かっただけで、それ以降アリスターは第二の性の検査は受けていない。

 リシャールの方は自分の第二の性がおかしいのではないかと思って検査を受けて、結果を知ったようだ。


「僕は相当強いDomなんだって検査で分かった。初対面のときに僕が漏らしてしまったグレアでアリスターが倒れただろう? あれはアリスターが抑制剤を使い続けすぎていて限界に来ていたのと同時に、僕のDom性が強すぎたからなんだ」


 病院に向かう車の中で、アリスターとリシャールは話していた。

 そのせいでリシャールはプレイする相手に怖がられたり、嫌がられたりすることがあったのだと告白されて、アリスターは驚いてしまう。


「リシャールのコマンドは優しくて心地いいものしかないのに、怖がるなんて」

「アリスターは多分強いSub性を持っているんだよ。だから、僕のことが怖くない。僕とアリスターは相性がいいんだと思う」


 それを証明するために大きな病院で検査を受けるのだが、リシャールはアリスターを心配して仕事を休んで付いてきてくれた。


 病院での検査はすぐに終わった。

 検査結果が出るまでの間、アリスターはリシャールの手を握って待っていた。大きく肉厚で暖かいリシャールの手は、握っていると気持ちが落ち着く。


 名前を呼ばれて診察室に行くと、医者がアリスターに言う。


「パートナーの方にも聞いていてもらいますか?」

「そうした方がいいですか?」

「ソウルさんの望むようになさって結構です」


 どんな結果が出ようともリシャールは変わることがないし、結婚している事実もクレイムしている事実も揺らぐことはない。診察室からリシャールを呼ぶと、リシャールが小走りに駆けてきてくれた。


「アリスター・ソウルのパートナーで夫のリシャール・モンタニエです」

「ソウルさんの検査結果が出ました。モンタニエさんの検査もこちらで請け負ったのですが、ソウルさんもモンタニエさんと同じく、第二の性が非常に強いことが判明しています」

「具体的にはどのように?」

「弱いDomのコマンド程度ならば抵抗ができるし、Subとしての欲求も強く、抑制剤が効きにくいという特徴があります」


 Domと間違われることがあるくらいだから、アリスターはSubとしておかしいのではないかとは思っていたが、単純にSub性が強いだけだった。弱いDomのコマンドくらいならば抵抗ができると知って、アリスターは安堵する。


「リシャール以外のコマンドには反応しないってことですよね?」

「モンタニエさんは非常に強いDomです。そのコマンドを受けても平気だというのなら、ソウルさんとモンタニエさんは相性がいいのでしょうね。モンタニエさんには強いコマンドはできるだけ使わない方が相手のSubに負担をかけないというのはお伝えしているのですが、ソウルさんなら十分耐えられると思いますよ」


 むしろ快感に変わるかもしれない。


 医者の言葉にアリスターはリシャールを凝視してしまう。

 これまでリシャールが優しく甘いコマンドしか使ってこなかったのにはこういう理由があったのか。


「リシャール、これからは我慢せずに俺に強いコマンドを使ってもいいからな」

「僕は元々強いコマンドは好きじゃないだけだよ。我慢してるわけじゃない。今のアリスターとのプレイで十分に満たされてる」


 微笑むリシャールにそれならばよいのだがと思ってから、アリスターは検査結果の用紙を受け取って車に戻った。

 車に乗るときは自分が運転していないと落ち着かないので、リシャールを助手席に乗せてアリスターが運転させてもらう。マネージャーの運転する車に乗るのに慣れているリシャールは特に文句もなく助手席に乗っていてくれた。


「フランスであの無礼者のグレアが効いたのは何だったんだろう」


 自分は強いSubであるはずなのに、舞台の上でリシャールの腰や肩に触れながら、無礼な男性モデルが放ったグレアにアリスターは当てられてしまった。そのことを思い出すと腹が立つのだが、それに関してリシャールも顔を顰めている。


「あの男もそこそこ強いDomだったんじゃないかな」


 思い出したくもないけど。


 そういえばあの男性モデルがどうなったのかとリシャールに聞けば、Subの女性モデルからパワハラだと訴えられて、莫大な慰謝料を請求された挙句、モデル界からは追放されて今は水商売で働いているようだ。


「Domを抱きたくないっていうのと同時に、体格のいい男性のDomを支配下に置いて楽しみたいって層は一定いるみたいだから、売れっ子になれるんじゃないかな。本人は嫌がりそうだけど」


 苦笑しながら言っているリシャールに、アリスターはあの男性モデルに心の中で舌を出していい気味だと思った。


 支配して、従わせることに快感を得るDomが、従わせられて、支配されて気持ちいいはずがない。屈辱の中で堕ちていくしかなくなるのは、あの男性モデルの自業自得だとアリスターは思っていた。


「リシャール、誕生日の準備をしよう。リシャールが好きなのはシャンパンだったっけ?」

「普段はお酒は飲まないけど、スパークリングワインも、シャンパンも好きだよ」

「スパークリングワインとシャンパンを冷やして、俺の作ったディナーでリシャールのお祝いだ」


 本当ならばケーキも買いたいところだが、リシャールは体重管理をしているのでケーキや甘いものを食べることはない。

 モデルという仕事が大変なのだと分かっているが、長く続けるためには節制は不可欠なのだろうと、アリスターもリシャールに合わせることにした。

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