2.リシャールは誠実に口説く
リシャール・モンタニエは両親をよく知らない。
物心付いたときにはリシャールにはマネージャーが付いていて、マネージャーの言う通りに暮らしていた。両親はリシャールの稼いだ給料でどこか違う国で優雅に暮らしているらしい。
モデルとしての仕事をあてがわれて一人取り残されたリシャールは、いつも孤独を抱えていた。
第二の性をひとが検査するのは大体十六歳くらいなのだが、その時期にならないと第二の性が確定しないという理由があってのことだった。
十六歳で受けた検査の結果はDom。
成人するまでは病院の付き添いもマネージャーにしてもらっているので、マネージャーには隠しておけなくて伝えたら、マネージャーの態度が激変した。
それまでもリシャールを猫可愛がりする様子で、リシャールからしてみれば気持ち悪いくらいだったのだが、さらにそれが加速した。
「私はSubなの。ねぇ、リシャール、私たち、いい関係になれるわよね?」
告白されたときに、真剣にこれはまずいと思ってリシャールはそのことを上の人間に相談した。ハラスメント問題には敏感な会社で、すぐにマネージャーは辞めさせられて新しいマネージャーが付けられたが、元マネージャーはリシャールのストーカーになってしまった。
「リシャール・モンタニエは私が育てたのよ。リシャールに会わせなさい」
逃げようとしても住んでいる場所も知られている。両親に助けを求めることもできない。
付き纏いは何年も続いた。親のように思っていた元マネージャーから性的に見られていたということが、リシャールにはきつかった。
そんなさなかに起きた事件に、リシャールは警察を呼んだ。
新しいマネージャーもついていてくれたし、全裸でリシャールのベッドにいた元マネージャーは警察に連れて行かれたが、その後に部屋を警察が調べるというのに、リシャールは若干苛立ちを覚えていた。それが仕事なのだろうし、仕方がないが、今は休ませてほしい。
Domの苛立ちは、威嚇にもつながることがある。
有名モデルのスケジュールで疲れていたリシャールは威嚇を制御することができていなかったのだ。
結果として、部屋を調べに来た科学捜査班の男性が倒れた。
金髪に緑の瞳の細身で綺麗な男性だとは思っていた。
リシャールはこれまでに何人ものSubとプレイしている。しかし、ほとんどのSubと性嗜好が合わなくて、長続きしない。
Subは大抵抱かれたくてリシャールに近付く。リシャールの方はDomだが抱きたいのではなくて、抱かれたい方だと打ち開ければ、Subは離れていく。
こういう男性が相手ならばいいと頭を過ったのがいけなかったのかもしれない。
リシャールの威嚇のオーラに当てられて倒れた科学捜査班の男性に、リシャールは新しい科学捜査班の人間を呼んでもらって、マネージャーと二人で別室に彼を運んで様子を見ていた。
目を覚ました男性は顔色が悪かった。
「すみません、リシャールの威嚇のオーラが制御できていなくて、まさかSubの方が来られるとは思わなかったので」
DomによるSubのハラスメントは社会的に問題になっている。Subはこの国でも保護対象になっている。
リシャールがうっかりと威嚇のオーラが制御できていなかったとしても、してしまったことは許されない。
「本当に申し訳ありませんでした」
苛立っていたのを隠せなかった未熟な自分を深く反省して頭を下げると、アリスター・ソウルと名乗った男性は声を潜めて答えた。
「俺がSubだということ、他の誰かに言いましたか?」
「いいえ。倒れたので別室に運びましたが、理由は言っていません」
理由を言ってしまえば、リシャールによるアリスターに対するハラスメントと思われても仕方がないのだから、できればリシャール側としても隠しておきたい。
そう答えるとアリスターは安心したようだった。
「第二の性を俺は公表していないので」
「抑制剤で抑えているんですか? かなり抑圧されていそうな感じがしますが、パートナーは?」
思わず口をついて出てしまった言葉に、リシャールは慌てる。彼が好みだったからと言って、彼の方はリシャールに興味なんてないかもしれないのだ。むしろ、こんな面倒な相手とプレイをしたいとは思わないだろう。
「すみません、セクハラでした。忘れてください」
「いや……。パートナーは持たない主義なんだ」
「パートナーを持たない? 抑制剤じゃ限界があるでしょう」
目を伏せていると金色の睫毛が緑色の目にけぶるようにかかって美しい。
こんな美しいSubが、パートナーもいなくて、どうやって欲求を解放しているのだろう。
こくりとリシャールの喉が鳴った。
このSubが欲しい。
彼ならばリシャールの孤独と欲望を満たしてくれるのではないか。
「僕の弱い威嚇のオーラで倒れるくらいなら相当限界に来てると思いますよ。僕とお試しでプレイしてみるのはどうですか?」
「リシャール!? 君はあんなことがあった後で何を言っているんだ!?」
「あんなことがあった後だからだよ。僕だってDomなんだし、Subのパートナーが欲しい。できれば理性的で、僕を理解してくれるような」
マネージャーが悲鳴を上げているが、リシャールは構わずアリスターに声を掛けた。
「横に座っていい?」
「それは
「命令なら、あなたは従わないといけなくなるでしょう? まだセーフワードも決めてないのに、命令でプレイを始めるような失礼な真似はしません」
リシャールが素直に答えると、アリスターが額に手をやっている。
小声で「あのリシャールが? 俺を? 嘘だろう?」と呟いているのが分かって、リシャールは小首を傾げた。
「僕を知っているんですか?」
「いや、リシャール・モンタニエを知らないやつはこの国にいないだろう」
「そこまで有名じゃないですよ」
「有名だよ! その長い脚、均整の取れた体躯……身長何センチあるんだ!」
「百九十センチですけど」
「でかい! 怖い!」
「僕だって好きでこのサイズになったわけじゃないです!」
横に座る許可もくれないし、混乱している様子のアリスターにリシャールはため息をつく。でかくて怖いと思われているのならば、アリスターとプレイすることは難しいだろう。
「あのリシャールが俺に対して、何をするっていうんだ」
「だから、こうやって……」
ひょろ長いと言われる腕を差し伸べるとアリスターの体がびくりと震える。アリスターの頬に手を添えて、リシャールは甘く囁いた。
「そう、『いい子』ですね」
「あ……」
命令を使ったが、それも強制力の低い優しいものだ。
伸ばした手で髪を撫でると、真っすぐな金髪がさらさらと指の間を流れる。
周囲の誰にもSubと明かしていない、美しいSubが目の前にいる。リシャールは心の底から彼を欲しいと思って口説く。
「ずっと我慢してきたんですね。本当に『いい子』です。別に絶対に最後までしなければいけないというわけではないでしょう?」
これでもいいんじゃないですか?
リシャールの問いかけにアリスターは考えているようだった。
「最後まで、しない?」
「はい。僕はちょっと訳ありで……」
しようと思えばできないわけではないが、リシャールはSubを抱くより抱かれたい。それがリシャールは無理やりにできない理由だった。
そのことを口にすればこの美しい男性も離れていってしまうかもしれない。
「最後までしないで、お互い欲求が解消できる程度の軽いプレイをするのならどうですか?」
「最後までしないでプレイを!?
「いけませんか?」
「い、いや……」
心底驚いている様子のアリスターに、リシャールはもう一度問いかける。
「僕とお試し、してみませんか?」
あなた、僕の好みですし。
アリスターの答えは躊躇いながらの
アリスターに何か気付かれたのかもしれない。リシャールが抱かれたい方だとは、黙ったままで、ずっと関係を続けることはできない。いつかは白状しなければいけない。
ただでさえリシャールは抱かれたいという欲望が満たされず、そのことを打ち開ければSubに去られて欲求不満だ。アリスターと近付いていければそのことも口に出せるかもしれないと思ったのだが。
そのままアリスターは仕事に戻って、リシャールはマネージャーに後を任せて別室で休んでいたが、別れる前にアリスターに連絡先を押し付けるのを忘れてはいなかった。
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