第24話
「あら、その花はどうされましたか?」
座卓に置かれた山吹色に黒い斑点が付いた百合を、常磐が見つけて尋ねた。
「朝、縁側にあったの」
「縁側に…?」
こくりと頷いて、杷佳は今朝早くこの花を見つけた状況を話した。
カタリとすぐ外で物音が聞こえ、杷佳は目が覚めた。
この前はお酒のせいもあって、眠り込んでしまったが、慣れない上等な布団は、逆に寝心地が悪かった。
夜中に何度か目が覚めては、自分の居場所を確認して、また目を閉じるというのを繰り返していた。
障子の向こうは、うっすらと明るくなっている。もう陽が昇り始めているのだろう。
昨夜見間違いかと思ったが、やはり小動物か何かが庭に紛れ込んでいたのかと、起き上がって障子を開けた。
「これは」
縁側に一輪、百合の花が置かれていた。
膝を着いてそっと拾い上げると、ふわりと濃厚な百合の香りが漂った。花弁の奥にはまだ露が付いている。
「一体誰が?」
庭を見廻しても、もちろん誰もいない。
「百合のようですね」
「誰がくれたのか、心当たりはありますか?」
「いいえ。でも、百合は初夏から夏の花ですよね。夏も終わっておりますのに、今も咲いているところがあるなんて、珍しいですね」
杷佳の話を聞いている常磐の様子から、そんな気はしていたが、やはり予想通りの答えだった。
「狂い咲きと言うのは聞きますが、一体誰が持ってきたものでしょう。ここの庭は高い塀に囲まれていて、中からしか出入りできません。庭を手入れする時も、梯子を外から掛けて庭師を入れます」
「では梯子があれば、出入り出来るということですよね」
「ですが、わざわざそんなことをして、花一輪を置いて行きますか? 盗みに入るのではなく?」
「それは…そうですが…」
一体誰が誰に贈ったものだろうか。
「奇妙ですねぇ。お嬢様にでしょうか?」
「わかりません」
誰が自分にくれるというのか。しかも夜中にこっそりと。ここに自分がいることを知る人間は、それほど多くない。
「どうしましょうか?」
花に罪はないが、誰がくれたものかわからないので、このまま持っているというのも気が進まない。
「取り敢えず、玄関にでも飾りましょう。ちょうど一輪挿しがありますから」
「ありがとうございます」
花は一旦常磐に預け、朝餉を食べた。
それから用意してくれた着物に着替えた。
濃い赤の
「これは本家の使用人も着ているものと同じです。これ以上の妥協は出来ません。お嬢様は柊椰様の花嫁です。これより品質の劣る物を着せたとあっては北辰家の権威に関わります」
「わかりました。ありがとうございます」
ここら辺が折れ時だろう。これ以上誇示しても申し訳ないと、その着物に袖を通した。
「何でもやりますので、遠慮なく言いつけてください」
「では、玄関でも掃いていただきましょうか」
「はい」
その日の杷佳の仕事は、玄関の掃き掃除と三和土の掃除、それから廊下の拭き掃除だった。
後は自分の寝た布団を干して、畳に箒をかけた。
それだけだったので、昼前にはすべて終わってしまった。
「他にはありますか?」
「それだけで結構ですよ。本当に手際がよろしいですね」
褒められて悪い気はしない。麻衣たちには「愚図だ」「のろまだ」と罵られていたのに。
「お嬢様に手を出されますと、私達のすることが無くなってしまいます」
「でも何かやっていないと落ち着かなくて」
「そうですねぇ」
常磐も困ったふうに小首を傾げる。
「ご実家では色々なさっていたようですが、ここではご自由になさっていただいていいのですよ。お嬢様のやりたいことなどはありませんか?」
「私の…やりたいこと?」
「ええ。これまではご親戚の方に遠慮されて、出来なかったこともありましたでしょうが、何でも仰ってください」
そう尋ねられ、杷佳は考え込んでしまった。
室生家ではやりたいことではなく、やらなければいけないことばかりで、そんなことを考えたことも、考えることも許されなかった。
「お茶やお花、お琴や踊りのようなお習い事でも、お勉強でも、必要ならお師匠様を探して来ますよ」
「習い事…」
麻希も茶道や日舞、華道などといった習い事をしていた。本人はあまり好きではなかったようで、理由をつけては良く休んでいた。
「世間一般的なお嬢様なら、ひと通りそういった手習いをなさるものです。お嬢様は残念ながらこれまで出来ませんでしたが、今からでも遅くはありません」
そう改めて言われると、何が出来るだろかと、杷佳は考え込んでしまった。
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