第48話 素直になれば⑸

「なぁ……」


「何?」


 話しかける俺に、小島がお茶碗を片手に返事をする。目線は、白米の隣に並べられたうどんに向いていた。


「お前、俺に話があるから呼び出したんだよな?」


「しょうね……んぐんぐ」


「だったらさ、ちょっとくらいご飯食べながらとか話進めてもいいんじゃないか!?てか頼みすぎだろ!」


「ごくん……。ご飯食べながら会話なんて行儀が悪いでしょ。それなら、貴方も頼めばいいじゃない」


「もう食べたよ……」


 そう、何を隠そう、こいつはとんかつ定食とうどん定食を並行して食べているのだ。


 うどんにはえび天と油揚げを1枚追加、さらにご飯は大盛り。


 確かにこれだけ食べて700円前後なのは良心的だが、いくらなんでも食べすぎだ。


「それに、ご飯食べながらだと冷めちゃうし、伸びちゃうでしょ」


「そりゃそんなに頼んだらな……」


 とは言っても、こいつはもう3分の2ほどは食べ進めていた。にしても、食べる速度は速いのに、とても美味しそうに食べるな、こいつ。


「にゃに?」


「いや、いい顔して食べるなって。そういうとこも、あいつらに見せればいいんじゃないか?」


「……出来ないのよ。私、臆病だから。あれは、要はただ緊張してただけ。ああやって虚勢を張ってないと、何話していいかわからなくて」


「要は、空回ってたってことか……」


「そう。貴方にはちゃんと話せるのにね」


 悲しそうに、小島が笑う。


「俺と、西川じゃ何が違うんだ?どちらかと言うと、俺、怖がられる方が多いんだけど」


「だって、見るからにいい人だし。不知火くん、春宮さんと付き合ってるでしょ」


「よく分かったな……」


 ……そうか。バレてたんだ。俺は、小っ恥ずかしくなると同時に、少し安心した。


 あいつと俺は、小島のような初対面の人から見ても、恋人に見えるんだって。


「それに……」


 小島が俺に手招きし、顔を近づけて耳打ちする。


「あの子、着いてきてるよ」


「え?」


「蓮くんも、一緒。だから、気付かないふり、してよ。まだ、あの二人とは上手く話せないんだ……」


 上手く話せない……か。緊張するって言ってたよな……。もしかして……。


「お前、西川好き?」


 突如、小島の顔が真っ赤になる。わかりやすいやつだ……。


 にしても、恋は盲目とはよく言ったもんだな……。


 俺と春宮のことは直ぐに見破ったのに、西川と那月のことは見破れなかったんだ。


 西川が那月の後ろに隠れてたり、西川がバカにされて那月が怒ったり、その片鱗はあった気もするけど。


「あはは、ズバッと行くわね……。もしかして、応援してくれる、とか?」


「いや、だって西川、付き合ってるもん。那月と」


 番台に返そうとした皿が、床に落ちる。プラスチックだから、割れることは無かったが。まぁ、びっくりするよな……。


「何やってんだよ……」


「ご、ごめん……。ちょっと意外だったから……。へぇ、あの二人が……。あはは、ほんと、意外……」


 俺と小島は、皿をお盆に戻し、番台に置いた。そこから、小島が口を開くことはなく、俺たちはそれぞれがクラスに戻った。


 なんと言ったら良かったのだろうか。「次の恋を見つける」とか、「きっとほかにいい人が見つかる」とか。そんな無責任なこと、言えるわけが無い。


 下校時間。日が短くなり、6時にはとっぷりと日も沈んでしまう。


 私は画材を片し、バッグに入れて帰る。この場所からは、本校舎四階の生徒会室がよく見える。


 その電気が消えた。あぁ、真理ちゃんも帰ってるのか。なら、私も。


「んじゃ、お先ー」


「おー、じゃな」


「うん、また明日!」


 葉塚くん達に挨拶をし、私は美術室を出る。


 昼休みの終わり頃、佳奈ちゃんが私に話してきた。少し悲しそうな、複雑そうな顔で。


「ねぇ、紗霧さん。お願いがあるの……、紗霧さんにしか、頼めないこと」


「何があったのさ」


「小島さんがさ、ずっと、西川くんのこと好きだったんだよ。でも、西川くんには那月さんが居るから……。それで……さ。慰めてあげられないかな?」


「そう……、なんだ」


 正直に言うと、私は前半半分くらいで、ほとんど入って来なくなった。


 あぁ、きっと、この子は何も悪気はない。今までだって、そうだった。


 私や他の人達は悪意を持って人を傷つけるように、彼女は無自覚に人を傷つける。


 きっと、不知火くんは佳奈ちゃんに私が告白したことを話していないだろう。だって、佳奈ちゃんは優しいから。


「うん、わかった。そこまで言ってくれるなら、私が元気付けてくるよ」


「ありがとう……。多分私じゃ、ダメなんだよ。紗霧さんじゃなきゃ……」


「わかってるよ!じゃ、下校時間にでも話して来ようかな!」


「うん、お願い」


 そう言うと、佳奈ちゃんはぺこりと頭を下げた。


 そう、多分、佳奈ちゃんは親密度的な観点から私を選抜したんだろう。


 でも、そうだ。真理ちゃんの痛みを、私はよく知ってる。

 佳奈ちゃん……、君は本当に天才だ。無自覚に、人を引っ掻き回して、その結果最もいい結果を生み出してしまう。それに振り回される人の気も、知らないで。

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