第43話 修学旅行後編⑹
「みんなー、忘れ物ない?もう20分ほどで飛行機が出るから、それまでにトイレと、お土産を買うならそれも済ませてねー」
『はーい』
ふむ……、ならお土産でも買おうか。ガラス細工は昨日の午後頼んでおいたため、数日後に家に届くだろう。
そして、あとは唐辛子せんべいとちんすこうだ。
あ、あった。唐辛子せんべい。
「うぇ、そんなの食べるの?」
横から、佳奈が顔を出し、怪訝そうな表情をする。
「しろはがな。佳奈は辛いの苦手だから、想像つかないだろ」
「しろはちゃん、辛いの好きなんだ……。ちょっと意外だね」
「まぁな。あ、でもわさびは苦手だぞ。鼻がツーンっとするのが嫌なんだってさ。スイーツは全般好きだけどな」
「そ、そうなんだね」
佳奈は、手に持っていたわさび味のお菓子を元あった場所に戻した。
恐らく、しろはへのお土産を選んでいたのだろう。
そこから春宮は少し移動し、紅芋タルトを買っていた。うん、あれならしろはも食べられるだろう。
でもきっと、しろははどんなお土産でも喜ぶのだろうな。そういう奴だ、あいつは。
その後俺はちんすこうを手に取り、レジを通した。その隣で、佳奈も紅芋タルトを2個買っている。もうひとつは姉ちゃんのものだろうか。
「あ、そろそろ時間だ。行くぞ」
「ん。行こ」
佳奈が俺の手を握り、早く早くと手を引く。そんな彼女の後ろを、俺は小走りでついて行く。
人目もはばからず、こんなことをしている彼女は、凄く楽しそうで、とても愛おしかった。
「おっす!おかえり、二人ともー」
「おう。そろそろ出発だからな。ちょっとお土産買ってきただけだし」
俺はゆっくりと腰を落とした。
「そういや、あんた何買ったの?」
「ジンベイザメのスノードームだ。可愛いだろ?」
「確かにねー。あー、私もそんなの欲しい……」
「そう言うと思って、買っておいたぞ。ウミガメだけどな」
少し後ろで、そんな会話が聞こえてくる。西川もなかなかやるじゃないか。
那月は、酷く上擦った声で、「そ、そう!気が利くのね!」と言った。あからさまに喜んでいる。
本人はバレてないと思っているのだろうが、顔、いや声に出てる。
男子ほぼ全員から、嫉妬の視線を一身に受け、西川は「ひぅ…」と短く悲鳴をあげて座り込んだ。
まぁ、本来恨み嫉みの対象になる西川が、まだ嫉妬に留まっているのは、那月が付き合うにいたると判断したに足る人物だと判断したからだろう。
「はーい、そろそろ移動するわよー」
そろそろ、誰かが西川に飛びかかりそうな雰囲気だったからな。那月の目があるとはいえど、逆恨みをしてしまうやつも一定数いるだろう。ナスタイミングだ、渡辺先生。
でも……、そうだ……、今から飛行機!こ、怖い!あと美波の視線が熱い!
「熱視線送らない!」
「すべっ!」
「あ、気にしないでねー、不知火くん」
「あはは……」
美波の頭では、俺と榎原と西川で、恋愛相関図が形成されているのだろう。
俺はその対象外である佳奈と付き合ったのだが。それをこいつに話したら、こいつは暴れるのだろう。
さて……、話は変わるが、この修学旅行は楽しかった、色々あったけれど。
楽しかった……、のだが。これだけはマジで慣れない!
「え、榎原!離すなよ!」
「離さないよー。あ、ちょっとトイレ。西川……」
「パス」
「パスかぁ……。なら、檜山……、寝てるし!」
「俺もパス」
「おれもー。あ、ダウト」
「はいー、ノーダウトですー、チロル貰い!」
「まじかー、もっかい!」
「橘も正樹もパスかー。あー、そろそろやばいわ。決壊する。じゃ、そゆことで!」
「ちょ!榎原!?」
小走りで、トイレに向かう榎原。お、俺をほうって行くとは……!こ、心細い……!
「んしょっ」
ふわりと、うっすらと開けた視界の端に茶髪が揺れる。シャンプーと、潮風の匂いが少しする。
「……佳奈?」
「ん。頼れる彼女、佳奈ちゃん。参上」
「え、なんでお前が……」
「彼女だから。ほら、お手」
そう言って、佳奈は俺に手を差し出した。犬扱いは少し癪に障るが、この際どうでもいい。
俺は、佳奈の手をぎゅっと握り、目を閉じた。体全体の神経を、手に集中する。
浮遊感が、次第になくなる。
佳奈の熱を、感じる。佳奈の呼吸が、聞こえる。佳奈の匂いが、香る。佳奈の……。
あぁ、なんだか眠くなってきた……。薄れゆく意識の中、少し、佳奈の匂いを近くに感じた。
ふぅ、スッキリした。さっさと帰って、不知火を慰めないとな……。
「不知火、おまた…」
『しー!』
何やら相浦と那月、西川に注意され、俺は思わず口を塞ぐ。なんだろうか。
ゆっくりと進み、不知火の席を確認する。そこには、春宮と寄り添いながら眠っている、不知火の姿があった。
「たく、幸せそうだな」
春宮が俺の席にいるのなら、俺は春宮の席を貸してもらうとしようか。
「幸せなんでしょ」
「だね」
隣に座っている相浦と、その奥から那月が小声で囁く。
寄り添い合う二人は、飛行機が着陸するまで、ずっと手を繋ぎ、互いに身を寄せあっていた。
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