第41話 修学旅行後編⑷

 あぁ、終わっちゃったな。私の恋。


 でも、きっとそれで良かったんだ。私なんかじゃ、不知火くんと……。


 そんな卑屈な考えをしている自分すら、嫌になる。誰かに、そんなことないよと否定して欲しいんだ。


 私は、大水槽を眺めた。この子達は、仲間たちと一緒にいられて、泳げて、とても楽しそうだ。


 限りある世界だと言うのに、めいいっぱいに泳いで。


 それに比べて、私はどうだ。どこへも行ける、縛るものなんてほとんどない。それなのに、ずっと停滞し続けている。


「やになっちゃうな……」


「何がだよ……、って聞くのは野暮だよな」


「なら、何故それを聞きに来るのさ……」


 恨めしそうに、少年を睨みつける。辰馬くんだ。私はとことん、運が悪い。喧嘩してた時のシロイヌくん然り、本当に……。


「何故って、ほっとけないから。昔っからそうだろ。お前って、表情に出ないからさ」


「分かった気にならないでよ」


「分かるよ。ずっと見てたし」


「見てるだけじゃ分からない、話してるだけじゃ伝わらないでしょ」


 そんなこと、私が一番知ってるんだ。でも、私はそれ以外の伝え方を知らないのに。それ以上に、何を求めるんだ……。


「それだけじゃないよ。周りから好きなものリサーチして、さりげなくアプローチしてみたりさ。一緒の高校になった時は、めっちゃ嬉しかったなー。合格発表の時なんて、気が気でなかったもん。どうだった?あの時俺、変じゃなかった?」


「う、うぇ!?」


 なんでいきなり入学式のこと!?でも、確かに……、あの時、いつもに増して目が充血してたような……。


「寝不足気味だった印象……」


「実は、その日寝不足でさ。緊張で眠れなくって。だってさ、お前が落ちても、俺が落ちても、両方落ちても、俺らは離れ離れなんだよ?そうなったらって考えると、本当に眠気も来なくってさ。合格発表で自分の番号と相浦の番号見つけた時は、安心してその場で眠っちゃいそうだったよ」


「そっか。まぁ、落ちるとしたら私だろうねー」


「そうでも無いだろ。お前、受験前に図書館毎日行って勉強してたじゃん」


「え、知ってたの!?」


「知ってるさ。お前のこと、ずっと見てたから」


「わぁ、衝撃ファイル並に衝撃の発言……」


 ……なんて、言ってはみたけれど、そんなこと知ってた。


 クラスが違ったって、部活が違ったって、ずっとそばに居てくれたのは、辰馬くんだけだから。


 だからこそ、今の私を放っておいて欲しいんだ。私の嫌いな私を、私のことが好きな人になんて知って欲しくない。


「でもさ、それなら……、なんで今私に構うのさ……。私が今、どんな気持ちか!」


「分かるって。だって、俺はずっと負けてきたんだ。後から出会った奴に、相浦の気持ちがどんどん流れていくのが感じられて、ふざけんなって思ってた。でも、あいつは良い奴だし、まず不知火は俺が相浦に紹介したんだし、自業自得と言えば自業自得なんだからって、自分に言い聞かせた。だからこそやるせない気持ちになったんだ。だからこそお前の心情は、よく分かってるつもりだよ。それと聞くけど相浦、春宮は嫌いか?」


「嫌いなわけない!大好きだよ!」


「だよな。俺も不知火が好きだよ。友達としてな。だからこそ、そのはけ口が必要だろ。悪口とかじゃなくて、愚痴みたいなさ」


 その時、私はハッとした。治してあげるなんて、不知火くんには言った癖に、私が砕けた時に治してくれる人なんて、想像もしてなかったのだ。


 先に砕けたのは、私の方なのに。励ましの言葉なんて送ったくせに、何処かで振られちゃえって思ってた。それで、同じ傷見せあって、「ほらね、痛いでしょ?」って。


 そして、惨めったらしく傷の舐め合いでもしてればいいやって思ってた。恋は盲目って、本当だったんだ。


「だからさ。俺が、そのはけ口になるよ」


「無理だよ。ホントの私は、汚いもん」


「知ってる。なんたって、自分が好きなの確信してる奴の前で、恋愛相談しちゃうくらいだもんな」


「あ、あれは……!」


「ごめんごめん。でも、それなら俺だって汚いぞ。前の、見たろ。好きだって言った友達のことで、めちゃくちゃ嫉妬してた」


「確かにね……」


 そう言うと、少しだけ気が楽になった気がした。あぁ、でも。


「ひとつ言い忘れてた。今はなんか傷に付け込まれたみたいな感じになるから、言おうとしてるのはまだ取っといて?そうだね……、クリスマスイブ辺りまでかな?」


「えー?もう夏からお預けしっぱなしだぞ?」


「ならさ、それは時間が経てば変わっちゃうの?」


 そんな意地悪な質問に、辰馬くんは笑って返す。


「まさか!この気持ちの賞味期限は永遠だよ」


「言ってくれるね」


「にしし!」


 そんな彼は、とても輝いて見える。やっぱり、私だけが子供なんだ。強くなる。強くならなきゃ。


「なんか、難しい顔してるな」


「うん。私もそうやって強くなりたいなってさ」


「強く?そうだな……。とりあえず、笑おうぜ!」


「え?」


 辰馬くんは、そう言うとニコリと笑った。彼の幼稚な答えに、思わずキョトンとする。笑うと、強いのか?


「な、なんで笑うの?」


「なんでってそりゃ、大人になるとか、強いとか弱いとか、よく分からないから。でも、そうやって沈んでると、どうなったってマイナスに考えちゃうだろ?だから、笑うのさ。そしたら、心も晴れてくる」


「そ、そんなもの?」


「そんなもんだよ!それに、相浦の笑顔、俺は好きだから!」


「お預けっていったのに……」


「あ、これは笑顔を見ると元気になるって意味だよ。多分、クラスの奴らも、春宮も、不知火だって、同じ気持ちだよ。そうじゃなかったら、不知火はお前に恋してなかった」


「そ、そっか、ありがとね」


 私は恥ずかしそうにはにかみながら、辰馬くんを見上げる。いつもはとても高い辰馬くんの背が、今日は近く感じられた。


 少し傷が和らぐ。あぁ、こんな近くにいたんだ。治してくれる人。


 いや、もう気がついてた。ありがとう、初恋の人。


 貴方のくれた痛みが、私を強くして、貴方の痛みを乗り越えて、私は大人になる。これは、そのための成長痛だ。

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