第26話 一番の宝物⑷
『もう、映ってるよ。こほん。佳奈。これを見てるってことは、多分僕たちはもう居ないだろう』
『本当に、ごめんね。寂しい思いをさせてるわね…』
『僕らのことは、恨んでもらっても構わない…、いや、ごめん。嘘をついた。僕はやっぱり佳奈が好きだ。好きだから、恨まれるなんて、やっぱり耐えられないな』
『全く、克彦ったら。でも、私もあなたが大好きよ。大好きだから、もっと大好きを伝えたかった。でもきっと、それはどれだけ伝えたって、伝えきれないものなの。貴方も、きっと私たち以外にも、そんな愛を伝えたい人が出来る。その時は、ちゃんと伝えてあげて。恥ずかしくても、よく分からなくても、きっと貴方がそう思えた人は、素敵な人だから』
『不味いな…、血痕を辿ってきたか』
『佳奈。健康には気をつけて。ちゃんと好き嫌いせずに、ご飯を食べてね。そして、人を愛して、愛されて。あと、美術は辞めてもいい。その代わり、何か夢中になれるものを見つけて。でも、貴方の作品、私もお父さんも大好きよ。ずっと空から見てるから、笑顔で居て。泣いてもいいけど、泣いてしまった時に慰めて貰えるような、素敵な人と出会って。それと、おじいちゃん達や学校の先生の言うことは、ちゃんと聞くこと…』
『…佳奈、僕から言うことは、母さんがもう全部言ってしまったよ。じゃあ、元気で。いつまでも、佳奈は僕らの一番の宝物だよ』
動画が終わり、画面が暗転した…。
「春宮…」
握った手は、微かに震えていた。目尻には、じんわりと涙が浮かんでいた。
「泣いてもいいぞ。ご両親も、言ってたじゃないか。俺は優しくなんてないけど、お前を慰めるくらいはする」
「ひぐ…」
ぶわりと大粒の涙が春宮の瞳を潤ませる。俺は、抱き寄せようと思ったが、自分からは気が引けるので、そっと手を離し、両の腕を広げた。向こうから来てくれれば、事案になることもない。そんな言い訳をする前に、春宮が俺の胸に飛び込んでくる。
「お父さん…、お母さん…!」
「よしよし…」
左手で春宮を抱き寄せ、右手で頭を撫でる。俺の胸の中で泣く彼女は、まるで子供のようだ。今までこんなにも女子に泣きつかれたことがないから、内心戸惑いつつも俺は春宮を撫で続けた。
「もっと一緒にいたかった…、まだ何も返せてない…!」
「春宮…、幸せになればいいよ。言ってたじゃないか。空から見てるって。お前の元気な姿を見せることが、今二人にできる親孝行じゃないか?」
「…でも、本当に届くかな」
「届くさ。だって、そう思った方が、ずっと素敵だろ。そしたら、前も向きやすい」
少し臭かったか。春宮も、すっかり泣き止んでキョトンとしている。そして、「うん、そうだね」と言って笑った。
「でもまずは、ほら。お爺さんと桜田さん。二人には、まだ親孝行できるぞ」
親でもないが、お爺さんは言わずもがな、桜田さんはこいつの親同然の人物だ。
「確かに…、何か渡したい」
「それなら、やっぱりまずはお土産じゃないか?修学旅行あるだろ」
「ふむ。ナイスアイデア」
春宮は、グッと親指を立てる。うん、いつもの春宮だ。俺は安心して、ふと時計を見上げる。あ、もう五時だ。しろはや姉ちゃんが帰ってくる。
「てか、そろそろ帰るな」
「待って」
ギュッと、俺の手を掴む春宮。それが咄嗟に出た行動で恥ずかしかったのか、手を離して袖を摘む。
「何だ?」
「…その、今日は一緒にいて欲しいかも」
「何でだよ。お前冷凍食品だって解凍できるし、おじさんも帰ってくるだろ?」
「今日は帰ってこない」
そうなのか、てっきり、住み込みで働いてるもんだと。帰って来ない日もあるんだな。まぁ、聞いたとこ大学生らしいし、どこかでオールで遊んでたり、他のバイト帰りに漫画喫茶で寝ていたりするんだろうか。てかそんなセリフ、ドラマでしか聞いたこと無かったな。
「なら、俺の家に泊まるか?しろはも喜ぶだろうし、姉ちゃんも嫌がらないぞ」
「シロイヌと二人がいい。それなら、気負わなくていいから。それとも何?私とふたりでいるのは嫌?」
「いや…じゃないけど 」
「だよね」
確信していたように、春宮は不安な顔ひとつもせずに話を進めていく。ったく、随分と見透かされたものだ。このまま俺の心まで全部、見透かしてくれればいいのに。なんてのは、怠慢か。伝えなきゃいけないんだ。でも、それはまだ。
ごめん相浦。なんて謝るのも変だけど、決心を固めるために、俺は心の中で相浦に謝る。修学旅行で、俺はこいつに…。春宮に、告白するのだ。
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