第25話 一番の宝物⑶
翌日。春宮は昨日のことを少し桜田さんから聞いていたようで、「ふぬ…」と少し複雑そうな顔をした。
「春宮、ごめんな。お前が辛いなんてこと、知ってたはずなのに…」
「ううん、こっちこそごめん…。それより、行こっか」
「おう」
こうして少し儚げに笑う彼女は、傍から見ればただただ可愛らしく思えるだろう。しかし、今の俺にはこいつはただただ貴賓に振舞おうとして、無理をして笑おうとしているようにしか見えなかった。
「メッセージを見るの、今日も試してもいい?」
「うん、いいよ」
「また、立ちすくんじゃっても…、いい?頑張るけど…」
「いいよ。何度だって支えてやる」
「…ありがと。シロイヌは優しいね」
「そうでも無いさ」
俺だって、誰にでも優しくしてるわけじゃない。こいつは、俺の気持ちに気がついていないんだ。桜田さんも、流石に昨日の告白はこいつに伝えなかったらしい。
「なぁ、春宮…」
「何?」
少し、春宮に聞きたいことがある。こいつにしか、他に誰にも、答えられないことだ。
「春宮…、お前はなんで、俺を選んだんだ?」
「…おじさんから聞いたんだね」
「あぁ。他の誰とも、見ようとはしなかったって」
これはきっと、こいつにとっては本当に答え辛い質問だ。そして、自分の性格の悪さ、そして臆病さを実感させられる。
こいつはきっと、俺の事が好きなのだ。自分で言うのも照れ臭いが…。でもそれはきっとであり、絶対ではない。
だから、俺は春宮から答えが欲しかった。「貴方のことが好きだから」と照れながらでも、怒りながらにでも、そう答えて欲しかった。
「シロイヌは、私の友達だから。ほんとの友達だから。たった一人の。おじいちゃんは、私のことを思ってくれてるのはわかってる。でも、結局はおじさんをあてがって、家とご飯をくれて、それ以外は何もしてくれなかった。おじさんも、おじいちゃんとの約束があるから良くしてくれるだけ。二人が私を想ってることは分かってるけど…、私はもっと愛を実感させて欲しかった…。私は、欲張り…だよね」
「…あぁ、欲張りだよ。でも、それは悪いことじゃないよ。求めなきゃ、何も手に入らないんだから。それに、俺はワガママな女の子が、案外嫌いじゃない」
俺の発言に、春宮の顔が赤くなる。我ながら恥ずかしいことを言ったが、別にそんなことは気にしない。こいつが笑うなら、それでも良かった。自己嫌悪に浸るよりか、俺を笑ってくれる方が、余程。
「シロイヌー!」
「んだよ、殴るな」
「嬉しくなっちゃって」
「何それ怖い!」
まぁ、元気になったなら良かった。俺は先に走っていく春宮を追い駆け、校門を潜る。
「おはようございます、先輩」
「おはよ」
「おはよう、檜山さん」
振り向くと、何やら檜山さんは書類を抱えていた。日直の仕事だろうか。すると何やら、檜山さんは俺たちを交互に見つめた。そして一言…。
「おふたりは付き合ってるんですか?」
『…えっ!?』
「いえ、いつも一緒にいらっしゃるので…。あと、私、不知火先輩のこと少し気になるので」
…は!?この子一体何を…!?いや待てよ、もしかしなくても…。
「…俺、そんなに変?」
「いえ、好意的な意味で気になってます。お兄ちゃんとの関係なども良くしてくれましたし。だから、感謝と同時に、惹かれて行ったと言いますか」
やっぱりそういう感じか…。勘違いであって欲しかった。だって、断らなきゃ行けないから。
「ごめん、檜山さんの気持ちはとても嬉しい。だけど、俺には好きな人がいるんだ」
「そうですか。なら、私はしろはちゃんと一緒に可愛い後輩として応援しますね」
そして檜山さんはニコリと笑った。この子はいい子だな。俺はいい後輩を、しろははいい友達を持ったな。あんな子に好かれてるなら、悪い気はしない。
「好きな人って、誰?」
「…教えねぇよ」
先程まで気配を極限まで薄くしていた春宮が、何やらグイグイと質問してくる。それも、案外悪い気はしない。
「…じゃあ、見るね」
「…おう」
春宮が再びパソコンを開き、SDカードの中身を確認した。その隣に俺は座る。そこに映し出されたのは、他愛のないホームムービーの数々だった…。
「これは…」
「私だ…、私と、お父さんたち…」
パソコンの中のニコニコと笑う少女。どうやらそれは、誕生日の写真だったようで、春宮が再生すると、ぱちぱちと拍手をしながら、元気よく歌を歌う春宮の姿が映された。
『ハッピーバースデートゥーユー、ハッピーバースデートゥーユー、ハッピーバースデーディア佳奈ー、ハッピーバースデートゥーユー!』
「おめでとう!佳奈!」
「おめでとう!何歳になりましたか?」
「んー」
幼い春宮は片手を指折りしながら数え、それを前に突き出した。
「五歳!」
「よく出来ましたー!」
「んふー」
そんな在り来りな会話が展開されるも、春宮はとても愛おしそうに動画に見入る。あぁ、そうだ。この日常が、春宮にとっては何よりも大切で、変わらずにいて欲しかったなのだ。
やがて動画が終わり、画面が停止する。そして春宮は我に帰るように「はっ」と呟いた。
「ごめん…」
「いいよ。優しそうな人達だったな」
「うん。自慢の両親」
そう言いながら、春宮はどんどんと下の方にスクロールしていく。やがて、一番下にたどり着いた。そして最後の動画にカーソルを合わせる。そんな春宮の左手に、俺は右手をそっと添えた。ぴくりと反応し、拒絶されたかと思ったが、春宮は俺の指に指を絡めてくる。俺も指を絡め、恋人繋ぎをした。
そして覚悟を決めたように、「うん」と言うと、春宮は動画をクリックする。そこに映し出されたのは、個室トイレにて写真を撮る春宮の両親だった。
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