第23話 一番の宝物⑴

 ふと疑問に思った。彼女、春宮佳奈は何故絵を書かないのだろうか。


 確かに、あいつは美術界を退いた身で、もう関わりたくないと思ったからだ、と言われればそれまでだが……。


 しかし、彼女は泣いていた。そんな理由だけで、彼女は泣きはしないのだ。


 そう、これは彼女について、少し踏み込んだ末に見た、彼女の儚さ、そして強さを知る話だ。




 10月5日。


 来るべき修学旅行に備え、俺たちは準備をしていた。


 あぁ、言葉が足りていなかった。春宮の修学旅行の準備をしていた。俺はもう済ませてある。


「んー、パジャマは……これ」


「いいんじゃないか?あとは……、おーい、ポーチってこれか?」


「そー、それに美容品を入れるのー」


「美容品ねぇ……」


 俺は戸棚からポーチを取りだし、春宮の近くに置く。


 初登校時に出会ったこいつからは、美容の美の字も感じられなかったが。


 なんせパーカーに寝癖で登校だぞ?まぁ、恋がこいつを変えたのか。榎原様々だよ。


「ん、それは?」


「あ……」


 何やら、春宮が封筒を見ながら呆然としていた。俺が声をかけると、ぴくりと肩を震わせて振り返る。


「こ、これは……」


 彼女が持っているその封筒は、海外のものらしい。イギリスに住んでいた時に貰ったのだろうか。


「中は、見たのか?」


「ううん、まだ見てない」


「なら、なんで捨ててないんだ?」


 普通、必要のないものなら捨てるはずだ。読む気もない手紙など、その対象でしかない。


 でもこいつは、まるで大切なものを尊むかのように、両手でそっと、その封筒……、いや便箋を机に置いた。


「これは、お父さんとお母さんからの、手紙」


「……?別居してたのか?」


「ううん……、これが届いた時は、二人とも……」


 俺はハッとして口を塞ぐ。以前、こいつから親のことを少し聞いた。


 「両親は鉄砲玉に当たって死んじゃった」と言っていた。つまり、これが届いた頃にはもう2人の命はなかったのだろう。


「これは、おじいちゃんから貰った。遺品の中にあったんだって。それを警察の人がおじいちゃんに渡してくれて、それを受け取ったの」


「なるほどな……。中身は、確認……」


「できてない。する勇気もない……」


「……そうだよな、ごめん」


「でも……シロイヌが一緒なら……」


 春宮が、縋るような目で俺を見つめる。そんな目をされたら、助ける他なくなるじゃないか。


「春宮……、分かった。一緒に読もう」


「……ちょっと違うと思う」


「違うって何が?」


 すると春宮は丁寧に便箋の封をあけ、中身を取り出した。その中にあったのは、一個のSDカードだった。


「なるほど、動画か……?」


「手紙が入ってる感じじゃなかったから……」


 まぁ確かに、何か火急を要する事態ならば、手紙よりも動画の方が伝えられるか。


 春宮はパソコンを引っ張り出して立ち上げ、SDカードを外付けのデバイスに差し込んで中身を確認する。


 でも、そこから春宮は動かない。


「春宮……?」


「ごめん、やっぱり怖い……。今度にしよう」


「……分かった」


 そう言うと、春宮はパソコンを閉じた。辛いよな……、その辛さは、俺には計り知れない。


「ほんと、ごめんね……」


 心底申し訳なさそうに、春宮は何度も「ごめん…」と呟いた。

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