人形少女と歪んだ恋 弐

@raito378

第1話 秋風

 9月5日。今日から二学期がスタートだ。季節はゆっくり夏から秋へ変わっていき、気温もだんだん落ち着いてきている。しかし、落ち着くどころか盛り上がりまくっている少女が1人…。

「お兄ちゃん!勉強教えて!」

「お兄ちゃん!見てこれ!小テストで満点だった!」

「お兄ちゃん!体操服!似合う?」

「お兄ちゃん!ご飯食べよう!」

「お兄ちゃん!」

「お兄ちゃん!」

「お兄ちゃーん!」

「まだホームルーム終わってないから!廊下で待ってろ!な!」

 何を隠そう、我が妹、不知火しろはである。休み時間の度にハイテンションで教室に突撃して来て、俺、不知火士郎に何かと絡む。挙句の果てには過度なボディタッチ。

「なんだよ、不知火!あんな可愛い妹居るなんて知らなかったぞ!」

「それに俺らの前でべったりべったり…!」

「ひや、ほれはっへへいはうひてるんはよ…!」

『聞こえねぇよー!』

 橘遙真と正樹悠人が俺の頬を引っ張ってくる。確かに可愛いとは思うが、それは妹としてだ。恋人や、友達ならともかく、妹が外でこんなにもベタベタとしてくるのはただただ迷惑でしかない。このように、俺がシスコンだとかの誤解すら招く。

「えー?兄妹仲睦まじくて良いじゃーん」

『…は?』

「ん?また間違えた?俺、妹いるけど、絶賛反抗期でさー、ああやって仲良いのって、羨ましいんだよなー」

「檜山、お前って良い奴だな…」

 ぱっと、二人の手が頬から離される。まさか、このクラス一のバカ、檜山裕二に救われる日が来るとは。

「お前の妹も、反抗期が終わったら、きっとお前と仲良くなってくれるぞ」

「そーかなー、ならいいけど。じゃ、俺は部活行ってくるわー」

 そう言うと、檜山は教室から出て行った。俺は、檜山とかなり距離が近づいた気がした。それを見計らってか、同じ部活で、家が近所の元極道の跡取りの少女、春宮佳奈が話しかけてきた。

「士郎くん、部活行くよー」

「おう、今行くー。って、あいつ…」

 まるで散歩に行きたがる子犬のように、しろはがドアからこちらに顔を覗かせる。ずっと待ってたのは褒めるけど、まさかあそこまで悪化しているとは…。

「両手に花か…」

「ここまで来ると羨ましい通り越して妬ましいな…」

「そんなんじゃないよ。ただ部活が同じだから」

「タダノブカツってなんか歴史人物みたいだな」

「たしかに…、って、そろそろ俺ら、行かなきゃ」

 しろはは今にも飛びかかってきそうな勢いで、こちらを見つめている。

「おう、行ってこいよ、お兄ちゃん」

「妹にいいとこ見せろよ、お兄ちゃん」

「やめろよ」

 どうやら妬みからからかいにシフトチェンジしてくれたらしい。その方が幾分かマシだ。

「では、不知火妹を覗いた三人の最終選考の結果だが…」

「ごくり…」

 俺と春宮は、緊張が走っていた。現に、何度か手直しを要求されたからだ。まぁ、現役作家の東山蓮こと西川蓮の言うことだ、間違いは無いのだろう。

「悪くない。これなら、大衆の面前に晒しても苦笑い程度で済むだろう」

「それはいいのか悪いのか!」

「要は、このくらいのレベルなら俺の作品でバランスが取れるってことだ」

「おー、私も頑張ります!」

 しろはがメラメラと燃え上がる中、西川がパソコンに座り、作業を仕出した。

「そういえば、お前、演劇部の台本は書いたのか?」

「あれは演劇部から不足分の部員を貰っていたから、請け負っていたものだ。それが反故になった今、書く必要も無いだろう」

「なるほどな…。じゃあ、こっちに専念できるわけだ」

「まぁ、手持ち無沙汰というか、少し暇だけどな。締切も少し先だし、かと言ってこれ以上に長編にすると収集がつかなくなる」

 書くものがなくて落ち着かないとは、これはもう職業病の域ではないか。そんな西川を見て、もう1人の部員、読モの少女、那月陽菜が何やら悪どい笑みを浮かべた。西川は気がついていない。気が付かない方がいいのかもしれない。


「さてみんな、文化祭実行委員を決めるわよー」

 9月7日。LHR。担任の渡辺先生が取り仕切り、文化祭に向けての話し合いが始まった。そして、挙手したのは、まぁ予想通りの人物だった。クラスのムードメーカーにして俺の想い人、相浦紗霧だ。

「はいはーい!」

「相浦さん、やりたいの?」

「はい!頑張ります!」

「そっか、なら女子は決定でいい?」

 抗議の声も上がらない。それは、彼女の文化祭実行委員の就任を意味していた。しかし、そうなると次に問題になるのは男子だ。ここは…!

「次は男子…」

 俺は、勢いよく手を上げる。しかし、俺以外にももう一人、手を挙げた男子がいた。俺の友人にして、春宮の想い人、榎原だ。

「あー、ここは…、多数決で決めましょうか!」

「え…」

 不味い、このままでは…。しかし、ここで口答えして悪印象を与える訳にも行かない。もしも、それで就任したところで、俺の指示を聞いて貰えず、相浦に迷惑をかけてしまうかもしれない。その結果…。

「では、榎原くんに決定ね!」

「は、はい、頑張ります!ごめんな、不知火…」

「謝らないでくれ…」

 榎原は過半数の票を獲得し、文化祭実行委員に就任した。相浦と一緒に活動、したかったんだけどな…。俺が肩を落として席に戻ると、春宮が「お疲れ様」と呟いた。

「まぁ、知ってたけどさ」

「榎原くんに、勝てるわけないもんね」

「うっせ」

 春宮は、意地の悪い笑顔を俺に向ける。そんな俺たちを他所に、進行は相浦と榎原に移り、話し合いが再開した。

「さて!みんな、次は出し物についての相談だよ!」

「えーっと、去年と同じく、自分たちの教室を使った出し物をひとつ、考えなくちゃならない。で、今年はクラス対抗の投票による、競争をすることになったらしい。優勝賞品は…、学食割引券!ボールペン!後夜祭での最前列の参加!」

 なるほど、学食の割引券は魅力的だ。弁当と学食では、さすがに弁当の方が安上がりで済むが、割引ともなれば、話が違う。そのほかのクラスメイトはと言うと、まばらに声が上がるものの、決して盛りあがっているとは言えなかった。体育祭に比べ、景品が豪華では無いからか。現金な奴らだ。割引券、欲しくないのか。俺は欲しい。

「で、何をやろっか!やりたいことがある人、挙手!」

「はい!お化け屋敷!」

「メイド喫茶!」

「バンド!」

 クラス全員が思い思いの意見を出していき、それを榎原が書き連ねていく。すると、那月が手を挙げた。今をきらめく読モの意見に、注目が集まる。

「やっぱ、演劇じゃない?主演はもちろん、私ね?あと、やるからには優勝したいんだけど、みんなはどう?」

 しばしの沈黙。だが、橘が静寂を破った。

「当たり前だよなぁ!お前ら、思いっきり盛り上げるぞー!」

『うぉー!』

 橘が叫び、男子を筆頭に声を上げる。こういう時、盛り上げるのはいつも那月だ。流石読モ。

「で、脚本についてだけど…」

 那月は立ち上がり、移動する。あぁ、昨日の笑みの正体が少しわかった気がする。そして、ぼーっと前を見ている西川の肩に手を置いた。ビクリと、西川は肩を震わせる。やはりか。

「ねぇ、あなた物語書くの得意でしょ?我らが文芸部部長さん」

「なっ!」

 10秒ほどの硬直の後、諦めたように、西川がため息を着く。

「…こんなにも期待の目を向けられては仕方がない、引き受けるか」

 この言葉のそのままの意味半分、本人が物語を描きたかったからということ半分か。まぁ、普段から押しにはなんだかんだ弱かったからな。いずれにせよ、脚本東山蓮こと西川蓮、主演那月陽菜という、かなり豪華なメンバーを掲げて、俺たちの文化祭の準備は始まった。


 昨日は西川が脚本作りに専念するため部活がなく、朝やってきた彼は、酷くやつれていた。

「お疲れさん、昨日は徹夜か?」

「あぁ、だが、そのくらいなんてことは無い。それよりも、これが重かった…」

 西川は、大きな紙袋をドンと机に置く。結構重たそうだ。非力なこいつにしては、かなり頑張ったんじゃないか。その中には、恐らくクラス全員分の脚本が入れられていた。俺は一冊取りだし、タイトルを読み上げる。

「真実の愛、か」

「詳しい内容については、各自目を通してくれ。質疑応答は受け付ける」

「お、もう台本できてんのー?早いじゃん!じゃー、一冊もーらい!」

「俺ももーらい!」

「へー、恋愛ものかー、いいな、面白そうじゃん!」

 檜山たちの声を聞き付け、その場にいた全員が西川の周りに集まり、脚本を取っていく。

「大まかな人員も考えておいた。あくまで数だけだが、オーディションのようなものも行う予定だ」

「えらく本格的だな」

「やるからには勝ちたいからな。妥協は許さんぞ」

 珍しく燃えている。要は、これは一切妥協してない今のこいつの最高傑作ということになる。出版業界が聞きつけたら、喉から手が出るほど欲しがりそうな台本。フリマアプリとかで売ったら高く売れそう。

 中身を要約するとこうだ。あるところに貴族の使用人の少女と恵まれない酪農家の少女がいた。彼女らは、王子に恋をして、舞踏会に参加したいのだが、参加するためのドレスも、行く手段もない。

 そんなふたりを見かねた心優しい魔法使いが、ふたりのためにドレスと馬車を用意する。そして、ふたりは舞踏会に参加することが出来た…。のだが、酪農家の少女は恥ずかしがり屋で、王子と踊ることはおろか、話すことさえもできない。結局、酪農家の少女は一度も王子と話すことはなく、城を後にする。

 家に帰ると、少女は泣き続けた。そんな彼女を心配し、飼い犬がやってきて、少女の傍に寄り添う。すると、犬の姿がみるみるうちに美しい王子の姿に変わった。なんと、飼い犬は目つきの悪いその見た目のせいで心無い人間だと魔女に誤解され、「真実の愛を知るまで醜い犬になる呪い」をかけられていた王子だったのだ。そしてふたりは結婚し、王子は酪農家の少女とともに仕事をして、貧しいながらもいつまでも幸せに暮らしましたとさ。

「へー、ロマンチックじゃん」

「そうだろう、貧しい生活だとしても、そこに大切な人がいれば、世界は華やいで見える。俺が言いたいのはそういうことだ」

 西川が得意気にキザなことを言い、那月や島崎、女子陣も、西川の脚本を見る。そして那月が一言。

「臭いわね」

『それはそう』

「は!?」

 俺も言わなかったのに、バッサリ言うな…!ほら、西川も顔が真っ赤になってるじゃないか。

「お、俺はいいと思うぞ?」

「私も!」

「お、お前ら…」

 ふんすと春宮が鼻息を荒らげる。恐らく、西川の新作小説に心躍らせているのだろう。

「ま、今更どうこう言ったとこでどうにもならないでしょうけど」

「なら初めから言うな…!」

「おー!私魔法使いやりたい!アバタ〇ダブラ!」

 違うそれは死の呪文だ。アズ〇バンに収監されるぞ。

「オーディションに関しては、今日の6限のLHRで行う。審査員はもちろん俺だ。オーディションの際に使用するセリフに関しては、予め脚本に記してある。各自、目を通してくれ」

 西川に言われ、脚本に再度目を通してみる。お、確かに。セリフの下の空白に、「オーディション」と書かれている。ここを覚えればいいのか。俺は適当に貴族のB辺りにでも…。しかし、俺にはひとつ引っかかることが。

「ところで西川、ひとついいか?」

「なんだ」

「この犬にされた王子、なーんかシンパシー感じるんだけど」

「そう思うなら、オーディション、受けてみてはどうだ?これも何かの縁だろう」

「お前がそう言うなら…」

 縁も何も、この王子のモデルって…。もしかしたらとんでもない出来レースになるかもしれないが、こいつに至ってそんなことは無いと信じたい。でも待てよ、犬にされた王子が俺なら、この酪農家の少女は…。考えてみろ、好きだけど臆病で、その思いを伝えられない女子…。

「あっ」

「ん?」

 こいつかー!となれば王子は榎原か?

「あ、俺は脇役がいい。文化祭実行委員の仕事もあるからな」

「そうか、残念だ。お前に適任の役があったのだが…」

 うん。これは間違いなく榎原だった。で、ヒロインは那月と。読む限り、似ても似つかない性格だが…。

「それと…、お前、なんで居んの」

「はぇ?」

 何故か他クラスどころか他学年のしろはが脚本を手に取り、読みふけっていた。いや、はぇじゃないが。すると、ドアが開け放たれ、一年生の少女が現れた。ちなみに、学年はネクタイ、もしくはリボンの色で見分けられる。俺たち二年生は青、しろはたち一年生は赤。ちなみに夏目先輩たち三年生は緑だ。で、その一年生は恐らくしろはを迎えに来たのだろう。綺麗な子だ。長い黒髪を束ねたポニーテールが、ゆらりと揺れる。

「不知火さん、もう帰るよ」

「お、檜山さん!じゃ、お兄ちゃんまたねー」

 やっぱりだ。少女に手を引かれしろはは手を振り、教室を出て行く。ん?待てよ。あいつ今、檜山って…。

「え、あいつ!?お前の妹!?」

「そう。妹の裕香。学校じゃ話しかけんなって言われてるから、なんも言わなかったけど」

「お前も持つものか!」

「持たざる者の怒り、味わえ!」

「いたたたた!」

 橘と正樹は檜山を羽交い締めにし、そのまま腕を後ろに向ける。かなり痛そうだ。にしても、あの子檜山に「話しかけないで」と言うくらいに嫌われてるのか。そんな酷いことを言う子には見えなかったが。まぁ、兄妹色々あるんだろうな。


「さて、配役は決まったな」

 案の定というか、なんというか。やるからには全力でやったのだが、その結果、俺は見事犬になった王子役を勝ち取ってしまった。しかし、ひとつ気になることが…。榎原が王子役なのだ。正確に言うと、相浦が「やっぱ榎原くんがいいんじゃない?」なんて事を言い出し、オーディションだけでも受けるということになったのだ。

「王子役でいいのか?あまり時間取れないかもしれないぞ?」

「いいんだ。見てみろ、セリフ自体は多くない。ダンスパートも、最低限の社交ダンスでいい。雰囲気が必要なんだ、言わば、ビジュアル重視だってことだよ」

「確かに。このくらいならすぐ覚えられるな」

「きっと衣装も似合うよー!」

 そう言いながら何故か胸を張る相浦は、見事魔女役を勝ち取った。熾烈を極めたオーディションを、見事勝ち抜いたのだ。なんたって、女子の過半数が魔女希望だったからな。

 で、貴族の使用人の少女は那月、酪農家の少女は春宮。そして、貴族たちは島崎、名瀬、橘、正樹。牧場の牛役に沢渡、檜山。その他はエクストラとして裏方に周り、サポートに回ってもらうこととなった。

「それでは早速、演劇組、工作組に別れるぞ」

「わ、私、工作組取りまとめていいかな!」

 そう言ったのは、相浦だ。彼女は美術に関してはこのクラスで一二を争う腕である。しかし…。

「お前、魔女役はどうするんだ?」

「もう全部セリフ覚えたの。通しの稽古だけ、呼んでもらえればいいから」

 相浦は、置いてあった鉛筆を手に取り、『そこの迷える少女たち。あなた達のことはよく知っております。いつも仕事を頑張っておりますね。そんなあなた達を、舞踏会に連れて行ってあげましょう!ビビデバビデブー!』と空で唱えた。これはオーディションの範囲ではなかったセリフだ。魔法使いのセリフは、これとオーディションのセリフのみ。つまり、彼女は本当に全て覚えてしまったということだ。

「わかった。お前を信じよう。お前の腕なら、工作組も取りまとめ、高クオリティな小道具を作れるだろうしな。では、演劇組は俺、工作組は相浦を中心に活動していくぞ」

「みんな、最高の劇にしようね!」

『おー!』

 クラス全員が声を上げ、一丸となって稽古、作業を始める。そして何やら、西川の様子がおかしい。ピリピリしているのだ。西川が初めに激を飛ばしたのは…。

「もー…」

「だー!沢渡!理性を捨て去れ!牛になれ!牛と同等の脳になれ!牛に恥じらいなんてない!檜山を見ろ!脳が牛そのものだ!」

「それ褒めてんの!?」

「褒めてないだろ…」

「牛と犬が喋るなァ!」

 えぇ…。まるでこいつまで役に入った様だ。いや、こいつが一番役に入っているまである。そんな俺たちを見て、春宮がクスリと笑った。

「笑うなよ…」

「ごめん…!」

「犬ゥ!喋るなァ!」

「ワオン!」

「よし。これ以上何かやらかすなら、手段を選ばんぞ…」

 そう言いながら、西川は何やら本を取りだした。そこには、「よく分かる催眠術」と書かれていた。えーっと、それはギャグ?檜山と沢渡、俺は顔を見合せ、苦笑いを浮べる。その態度が気に食わなかったのか、西川が沢渡の顎を掴み、顔を固定してその前で五円玉を揺らした。そんな古典的なボケ地味た催眠術か、かかるわけ…。

「ぶもー」

『は?』

「もー」

 先程まで恥じらいを捨てきれていなかった沢渡が、牛を完全に演じている。牛そのものだ。え、これはもしかして、マジか?ひとしきり鳴かせた後、西川はパンと手を叩く。すると、沢渡が「あ、あれ?」と正気を取り戻したように喋り出す。今までの事を、覚えていないようだ。これってまさか…。

「こうなりたくなければ、分かっているな?」

『はい…』

 沢渡は本当に牛の時の記憶が無いようで、首を傾げていた。何があったのか、言わないでおこう。知らぬが仏だ。もしかしたら、こいつ自身も時分に催眠をかけているんじゃないか…。


「どっと疲れた…」

「お疲れ様」

 とぼとぼと、秋赤音の飛び交う夕暮れの街を、春宮と二人で歩く。しろははというと、何やら先に帰ってしまったらしい。部活にも来ず、クラスの出し物の手伝いだけして。珍しいこともあるもんだ。

「犬役、合ってたよ」

「ほっといてくれよ…」

「頑張りわんこなシロイヌには、ご褒美があってしかるべき」

 そう言うと、春宮は括っていた髪を解いた。俺は目を疑った。春宮の髪は、絹のように纏まっていた。まるで太陽の光のような栗毛がふんわりと舞った。そう、彼女の髪はストレートヘアーになっていたのだ。

 4月の頃とは、まるで違う。見違えた。劇的ビフォーアフターだ。

「どう?触る?」

「…!」

 思わず髪に触れそうになるも、ぺしっと手を叩き落とされてしまう。

「いって!」

「変態」

「お前が触るか聞いたんだろ!」

「まさか触りに来るとは思わなかった。気に障るから触らないで」

「そうかよ」

 まぁ確かに、俺もその場の空気というか、感激に身を任せて触ってしまいそうになったが、普通に女子の髪に触れるなんてあっちゃならないよな。若干後悔しながら、俺はドアを開ける。すると、何やらメイドが家に立っていた。

「お帰りなさいませ、ご主人様、お嬢さ…」

『すみません、間違えました』

 勢いよくドアを閉め、表札を確認する。『不知火』と書いてある。やはり、ここは俺の家…。ならなんでメイドが!?

「どゆこと…?」

「さぁ…?」

「あたしだよ、お兄ちゃん!」

 勢いよく飛び出してきたのは、しろはだ。そう、メイドの正体は、しろはだったのだ。

「お前、何その格好」

「ん?あたし、クラスのクレープ屋の売り子をやることになって、その衣装を被服部の人に作って貰ったの」

「なるほど。で、なんでそれをここで着てるんだ?」

「いち早くお兄ちゃんに見せたいから!」

「そうか」

 おい即答かよ。しかし暫くすると、なにやらしろはが頬を膨らませ始めた。

「士郎くん、そこは汲んであげて」

「水を?」

「真意を!って、しろはちゃん涙ぐんでる!?」

「お兄ちゃんのバカ!アホ!一生モテ期も来ずに禿げちゃえ!」

「これ以上隔世遺伝させないでくれ…」

 そう、何を隠そう、母方の祖父は禿げているのだ。後光が差していると言っても過言ではないように、ピッカリと。そんな頭になるだなんて、俺は嫌だ。

 考えろ、しろはは何故こんなに不機嫌なんだ。こいつは、俺にメイド服を見せて何をしたかった?あ、そうか、こいつはただ、褒めて欲しかったんだ。

「…にしても、よく似合ってるな」

「ひにゃ!」

「何可愛く驚いてんだよ。たく、お前に服が似合うなんて、当たり前すぎて言いそびれてた」

「…!お兄ちゃん、好き!愛してる!抱いて!」

「抱くか」

 にひひ、としろはが笑う。気を取り直してくれたなら良かったが。すると、春宮はしろはのカバンを指さした。

「あれ、もう一着あるの?」

「あー、うん。実はね。『もう一人メイド服が似合いそうな人が居る』って言ったら、貸してくれたんだー」

「それって俺!?」

「いや、春宮さんの事だけど、何言ってんの?さすがにないわ」

 あぁ、なんだ。しろはの事だから、そのくらい言い出すかと思ったが、流石のしろはもそこまで狂ってはいなかったらしい。春宮も、じとーっとした目をこちらに向ける。やめて!俺だって恥ずかしいんだよ!待てよ、それってつまり、春宮が…。

「ほら、てなわけで春宮さんも着替えて着替えて!」

「わ、私!?い、いや、いい!私は着なくて!」

 しろはに手を引かれ、脱衣場まで連れていかれる春宮。予想は的中した。しろはやメイド服を作ってくれた被服部の子の手前抵抗ができなかったのか、口ではああ言ってもあまり春宮も抵抗していない。もしかしたらあんなことは言いながらも案外乗り気なのかもしれないし。

 暫くして、しろはと春宮が脱衣場から出てくる。春宮の栗毛の髪色も相まってか、何処か海外のメイドを彷彿とさせる本格的なメイドのコスプレとなっていた。そして、今度こそ一番に伝えよう。

「似合ってる、可愛いな」

「ありがと…」

「でっしょー!やっぱりあたしの目に狂いはなかった!」

「あぁ、そうだな」

 なんでお前が胸を張るんだ、と言いたいところだが、春宮にメイド服が似合うと被服部の子に進言したから春宮が着ているのだし、二人並んだ姿は感服と言わざるを得なかった。

「じゃ、これで写真撮って!」

 そう言いながらしろはが取り出したるは、なんとも高そうな一眼レフ。え、こいつこんなの買う小遣いあったっけ。それとも誕プレ?色々考えた結果、俺が出した答えは…。

「しろは、自首しよう」

「万引きじゃないですー!被服部の子に、春宮さんの分作ってもらうために部誌用の写真を撮ってきて欲しいって頼まれたの」

 なんだ、勘違いだったか。確かに、二人なら被写体にピッタリだな。

「なるほど。疑ってごめん」

「いい感じの写真撮ってくれたら許してあげる!」

「わっ!」

 しろはは春宮に抱きつき、二人がカメラのフレームに入るようにした。しかし、無表情の春宮が気になったのか、しろはは春宮のことを擽り出した。

「ちょ、何する…にょ…ぷふ…」

「ほーら、お兄ちゃんシャッターチャンスだよ!」

「お、おう…」

 しろはは右手で擽りを続け、左手で俺に向かってピースをした。春宮は、涙を浮かべるほど笑い、そんなふたりを撮影した。


 9月7日水曜日。俺が教室へ向かうと、その前で何やらしろはが待ち構えていた。まるで忠犬のように。そして俺を見つけると、精一杯の笑顔を向けた。

「お兄ちゃん!やっと来たの!遅いよー」

「一年と二年じゃ登校時間違うんだよ。で、何?」

 鏡原高等学校は生徒数が多い。なので、一年、二年、三年と登校時間が決まっている。時差登校ってやつだ。

「あ、そうそう。話があるのはあたしじゃなくて…」

 そう言いながら、しろはは半歩窓際に動く。その後ろから現れたのは、昨日見た少女、檜山の妹の檜山佑香だった。

「あの、こんにちは。兄がいつもお世話になっております、檜山佑香と申します」

 丁寧にぺこりと頭を下げる、檜山さん。一体彼女が、俺にどんな話があるのだろうか。

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