第8話 異変はある日より

 俺は梨奈に押し切られ、結局ダンジョンに寄ってから買い物をする事になってしまった。

 まぁ女子とダンジョンに2人っきりで行くことなんてめっったに無いので、かなり俺は緊張していたのだが。


「先輩ーーガッチガチじゃないですか! え〜そんなに私に興奮してるんですかぁ?」


「ハハハ、そんな訳。 少なくとも人の家に勝手に押しかけて……あまつさえ人の秘蔵のエ〇本を読み漁るような女の子に、誰が興奮なんてするものかよ!」


「先輩、そんなモジモジとした感じで、上擦った声で言われても説得力無いですよ。 まぁ良いですよ私はどんな風に見られても 」


「──そこはどうなんだとは思うのだが? お、俺みたいな奴ばっかりじゃ無いからな?世間は。 それこそ欲情して襲いかかるチンパンジーも居るかもしれないしな? 」


 ……実際、冒険者ランク上位陣の何人かは、女子を食い物にしていると聞いたことがある。

 配信で〇〇っていう冒険者を食った!とか堂々と言ってる奴もいたし。

 あーいうバカがどうしてあんな力と富と名誉を得て、俺みたいな純粋無垢で人に優しくしてるイケメン男がモテないんですかね。


「先輩、何考えてるのかよくわからないですけど──ひとつ忠告しときますね。 自分をイケメンとか思ってる奴ほど実際にはそこまでって事結構ありますから。 世間から見た自分の姿ってのは思ってるより普通って話です」


 ……「ご忠告痛み入る。 にしてもなぜわかった?」


「顔に出てます。 あと私の後ろを着いてくるんじゃなくて、前に歩いてくださいね先輩」


 忌憚なく梨奈はそう言って、スカートをくるりと回転させてこっちを向いた。


 *


 道崎 梨奈は美人だ。

 薄紫色の髪の毛は所々で三つ編みだったり、後ろに掛けてあったりで、全体的に纏まっている印象を受ける。

 何より青紫の瞳が、蠱惑的な美しさの根源となっている。

 スタイルも素晴らしい。高校3年生と彼女は言っていたが、スラリとした肉体は健康的な美しさを───、


「先輩、女の子をジロジロ見てると電柱に頭をぶつけますよ? 」


「?ハハハ……何を言っ────」


 ”ガゴン!!”


「ほらね。 全く先輩はバカなんですか? はい、手を取ってくださいね。 コケてると置いてきますよーー」


「……すみませんでした……」


 本当に頭が痛い(二重の意味で)。

 幸い彼女をジロジロ見ていたことに関して、ほぼ無意識だったたとはいえ怒られるだろうと思っていたから、何も無かったのは唯一の救いだった。


 ちなみに彼女は上はぶかぶかな服を着て、萌え袖みたいな感じにしており、下はスカートという上と下の防御力の差を感じて仕方の無い服装だったりする。


「ほらほら、早くですよー。 混むんですから土日のダンジョンは! ホントーに置いてっちゃいますよ!」


「す、すぐ行きますから! 」


 これ以上彼女の容姿に見とれている訳には行かなさそうだ。

 俺は深呼吸を済ませると彼女の前に出るように走り出した。


 *


「騒がしいな……?」

「ですね」

「何かあったのかちょっと聞いてくる。 梨奈はここで待っていてくれ」

「わかりました。 じゃあ花占いでもしながら待ってますね☆」

「花占いは散った花弁が邪魔になるから止めといて……」


 *


「────うおっマジかよ、あいつSランク冒険の《龍王剣》リュウジじゃねぇか!?……あっちもSランク冒険者の《ギガントマジシャン》リノ……マジかSランク冒険者の《幻龍鬼神》リンカ!?どうなってるんだ……クソ、人だかりがすごすぎて入り込めねぇ……」


 なんと目の前になんとSランク冒険者が3人も集まっていたのだ。

 補足だが、Sランク冒険者ってのは日本にわずか19人しかいない。

 世界全体で見ても100人に満たない彼らは一人一人が化け物レベルの強さを持っている。

 そしてそのうちの9割が配信者として活動しているのだ。

 そしてあの3人は確か

 とかいうギルドを組んでいたはずだ。

 ちなみにハーレム……だ。羨ましい。


 にしても、《龍王剣》とか《ギガントマジシャン》とか《幻龍鬼神》とか……はぁ……かっこいい二つ名だなぁマジで。


 二つ名ってのは───ボスを倒した時に得られる称号のようなもののことだ。

 Sランク冒険者になる条件がそもそもユニークボスと呼ばれる化け物ボスをソロで討伐する事が条件となっている都合上、俺には馴染みのない話となってるのだが。

 まぁそんなヤバイ奴が3人も。……どんな風な会話をするんだろうか……やっぱり冷静に淡々とかな?


「────!?バカな、そんな話があるのか!……くそっ、至急ほかのSランクにも確認を取らねば。 2人とも、すぐに調査隊の派遣をする為に連絡を!」

「かしこまった。 んフッフッフ───あのリュウジ……連絡誰にすれば……あ、あと私電話コミュ障だから出たら変わるから」

「───」

「リュウジ殿。 拙者ケイタイの扱い方がよくわからんでござるのであるが。 あ、もしやこの真ん中のボタンに剣を差し込めば───」

「……すまん、やっぱり俺が連絡する。 2人はさっさとギルドハウスに戻っていてくれ。 ここにいると邪魔になりかねないからね」

「ハーッハッハッハ!!任せたまえ! なので鍵をくださいリュウジ……私、鍵を家の中に置いてきたかもなんで……」

「かしこまったでござる。 であるが、拙者クレープなるものを食べたいとかねてから考えておったのである。 早急に食べたい。 金をわたすのでござる」


「───」


 ……全部聞こえた訳じゃないんだが、なんかあのリュウジという冒険者が心底可哀想に思えてきた。

 ハーレムというか、あれは制御不能な化け物を必死に乗りこなそうと足掻いてる図だなぁ。


 その後3人が去った後、俺は近くのギルド職員に何があったのかを尋ねた。


 *


「冒険者がダンジョン内部で見知らぬ場所にワープした、ですか?」


「はい。 だから今その冒険者の位置を特定して、救出しようとしているんですよ。なので今ちょっと冒険者協会は忙しいので……なるべくダンジョンに行くのは避けて欲しいと思っています。これ以上面倒事を増やさないで欲しいって話です」


「……なるほど、じゃあわかりました。失礼しました」


 *


 どうやら梨奈に起きたワープ現象は、ほかのダンジョンでも起きていたらしい。

 そこまで詳しく内容を把握することはできなかったけど……うーん、そこまで慌てる事なのか?


 その時の俺は、そこまで危惧する事じゃないと思っていた。

 だが、俺は知らなかった。


 今回、何人の冒険者が行方不明になってしまっていたのかを。


 5000人。


 CランクからAAAランクまでのうちの、5000人が消息不明となったのだ。


 ……だがそれすらも、あくまで序章に過ぎなかったのだ。

 行方不明の冒険者。そしてそこからまるでピタゴラスイッチのように、次々と起こりだした異変。

 それらは、冒険者──いや、世界そのものを巻き込む大事変へと繋がっていくのである。



「あふあふあふあ…………もきゅ、もきゅ─、」


「……わかったから、食べきってから話そうね?」


 クレープを大口を開けて食べている梨奈を見て、呆れていた俺には、少なくとも知る由はなかった話なのだが。













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