放っておけないで、構ってしまったのは……
(どうしてこうもあの男に構い揶揄いたくなるのかしら? リカルド・ナルバエス……本当に面白い男だわ)
先程リカルドを散々イジリ倒して楽しんだ後、ぐっっったりしなががらリカルドが私の部屋から出ていく様子を見ていた際に、ふとそう感じた。
私が未だに憧れている存在の息子だとあの男が名乗っても、私はあの男に疑いの眼差しを向ける所か、あの男の言葉を疑う気すら起きなかったし、あの男が卑屈な態度を示しめし、私に八つ当たりのような怨嗟の籠った視線を向けてこようが腹も立たない。
それ所か親身になって話を聞いてしまい、私なりのアドバイスまで送ってしまった。
普段の私なら、『自分が不幸だ』と喚き、『己は一切悪くない』などと甘ったれた事を平然と主張してくるような自分の事しか考えていない輩など、二度と関わろうとも思わないし関係すら持ちたいと思わないので、切り捨ててしまうというのに、どうしてあの男に対しては、普段の私からすると【甘い】とも言える対応を取ってしまったのか?
何度もその理由を考えてみるが、結局どの方向から考えても、行きつく答えは一つだけだった。
(あの男に、
私が14歳の頃。あの町で開催されたデビュダント前の子息と令嬢が集まる社交が開催された時、私は周囲が私に向ける奇異の眼差しと、周囲とはズレた事をやっている人間を排除する言葉に負けた事で完全に心が折れてしまい、一人パーティ会場から飛び出し、町中に逃げ出してしまった事があった。
そして当てもなく町中を彷徨っていた時に出会ったあの子は、完全に心が折れてしまっていた見ず知らずの私を、一生懸命励ましてくれたし、世間とズレた事を続けている私の事を「カッコいいし可愛い」とも言ってくれた。
そして私がデビュダントの時にまだ自分に自信が持てない時は、「君が自信を持って社交界にデビューできるように、僕が君ために最高のドレスを送るから」なんて大口を叩いてくれたあの子。
今の私は、あの時あの子が励ましてくれたのお陰で「私は私のままで在り続けられている」っと言っても過言ではない。
あの子と話した時間は、ほんの一時間にも満たない時間だったけど、私にとっては今後一生大事にしていく大切な思い出。
だからもしまたあの子に会えて、あの子が困っていたら、今度は私があの子を絶対に助けようと心に誓い、あの時あの子と交わしたあの約束もいつか果たしたいと今でも思っている。
だけどあの子が居たあの町のあの店は、次に私が訪れた時にはもう影も形もなくなり、いくらあの町で必死に情報を集めても、あの子が何処に消えたのか行方は掴めていない。
【あの子に会えることはもう二度とない】
そう結論付け、自分の中で踏ん切りをつけたつもりだったけど、あの男とあの子の存在が、言葉では言い表せない何か不思議と重なってしまう感覚を感じてしまうものだから、私はあの男の卑屈な姿を見せた時、何故かあの子が苦しんでいるように感じてしまった。
だから普段の私なら絶対に手を差し伸べないタイプの人間に手を差し伸ばし、再起を促してしまったのだろう。
結局私があの男に親身になって対応してしまったのは、たったそれだけの話。
それにいくらあの男が、あの子と重なる何かを私が感取ったとしても、あの子とあの男では、瞳の輝きが全く持って違う。
あの時をあの子が、私を一生懸命励ましてくれた時に見せてくれた熱い情熱の籠ったあの瞳は、今でも私の記憶に鮮明刻まれている。だから私が、あの子を見間違うハズなんて無い。
そもそもあの男の瞳には、情熱など一切宿っていないから何も感じない。そう、まるで死んだ人間のように。
いくらあの子とあの男に、重なる部分があったとしても、決定に的に違う部分があるから、あの男はあの子ではないと断言するわ。
でもリカルドって死んだ魚のような目をしていたくせに、私が少し発破をかけてやったら、ほんの少しだけど、その瞳の奥にほんの少しだけど明かりを灯していたのよね。
だから”自分が悲劇のヒーローだと喚いて、現実を直視しようとしないタイプの人間”にしては見所がある! と感じたのも、私がリカルドという男に興味を持ってしまった所なのかしら?
何にせよ、いつまでも過去の思い出に囚われたり、引きずり続ける訳にはいかない。
だから久しぶりに表に出て来たあの子との思い出は、私の内に大切に仕舞い込こむわ。
そしてこの思い出は、また私が辛いと感じて倒れそうになった時に、立ち上がる為の糧として、有効に使わせてもらうわ。
それが私を励まして再起させる切っ掛けを作ってくれたあの子に対して、私が出来るあの子が私に向けてくれた想いに対する答えよ。
コンコン!
「エステラ様。少々よろしいでしょうか?」
過去の思い出に軽く浸っていた私を現実に引き戻したのは、ノック音の後に続いて響いたミゲルの声だった。
「ええ、もうあの男との話は終わったから、入って構わないわ」
私が入室の許可を出すと、入ってきたのはリカルドだけではなく、ローラ。っとそれにシエロもなんて珍しいわね。
「あなた達三人が揃って入ってくるなんて、珍しいわね。
特にシエロ! 最近滅多に顔も合わせていないから、ホント久しぶりに会った気がするわ」
「それはお嬢が庭の手入れにいつまで経っても興味を示さないからだろうが」
「別に私が庭園の事に口を出さなくたって、シエロに任せておけば綺麗にしてくれるから大丈夫かな? って思って!
それにもう私はもう『お嬢』ではないわよ!」
「はぁ…もう『お嬢様』じゃなくて、『ご当主』だって言い張るんならよ、当主らしくちった屋敷に関する事も意見を出してくれよ。
こっちとしては、ちったお嬢の意見ってのも取り入れて庭園を造っていかないと、「フローレス家当主として面子」ってのが保てねぇんだ。
『庭は心の表現の場』って言葉があるのを知ってるか?
その言葉通り主の意見が入ってない庭ってのは、どんどん寂しくなって廃れていくって事にいい加減気が付いてくれ!」
くっっっ! まさか自ら藪蛇を突いてしまうなんて。
シエロには小さい頃から武術の指南を担当していた、私の師匠の一人なのもあって、未だに頭が当たらない事の方が多いのよね……
シエロの言う通り私はフローレス家の当主であるが、この屋敷に関する事に関しては、シエロに釘を刺されたように、私からの具体的な指示が足りてない箇所がいくつもあるのは重々承知なんだけど、正直に言って
『興味がない事ってホントに興味が湧かないから、どう指示していいのか分かんないのよ!』 なんて言った所で、シエロから帰ってくるのは、再び小言かお説教だけなのよね。
そう考えただけでため息が漏れそうだわ。
「……ごめんなさい。
シエロの言う通り私も、もう少し庭園にも興味を持つように善処するわ」
「いい加減そうしてくれ。
でないと、こっちの仕事が何時まで経っても前進しないんだからいい加減頼むぜ!
もっともその問題も今は解決進んでるんだが……って、今日はお嬢に小言を言いに来た訳じゃねぇ。
ホラ。お望みの情報集めといたぜ」
シエロが数枚の報告書を私に手渡してきたので、シエロから報告書を受け取った私は、早速その内容を確かめる。
「へぇ。あの男、やはり嘘は言っていないようね」
私はシエロから渡されたあの男リカルドに関する報告書の内容と、あの男から先程聞いた話の内容には齟齬はみられない。
実はシエロはこの屋敷庭師長兼、フローレス家の諜報部隊長でもあり、小言は五月蠅くて、説教は長いだけの人間ではないのだ。
今回の仕事も、静かで人知れずなおかつ迅速に終わらせて来た事を考えると、本当に仕事が早い優秀人間なのよね。
説教と小言は多いけど!
「それで?
この報告書をわざわざ
「それはもちろんリカルド様という人間が、どのような人間なのか、エステラ様が直接話し、探った上で、この報告書を見ていただいた方が良いと思いまして」
「そうゆう事ね」
どうやらこの三人、私に報告書を見せる前に、リカルドという男がどのような人間なのか私に見極めさせるべく、この報告書をあえて今私に渡したみたいね。
百聞は一見に如かず。って事かしら?
「どうでしたか?
エステラ様から見たリカルド様の印象は?」
「今の所は面白い男、というイメージしかないわね」
「それで? これからリカルドの旦那の事はどうするつもりなんだ?」
「とりあえず今は、現状維持ね。 契約の件もあるし、円満に離婚を成立するためにも、二年はこの屋敷で大人しくしてもらう。という大筋に変更を加えるつもりはないわ」
「噂の『帝国史上最低の女たらし』とは別人と発覚してもですか?」
「元々お互い望んでいない結婚なんだから、このまま離婚まで持って行った方がお互いの為じゃない」
「だからと言ってあの才能を二年も使わないで遊ばせとくのはもったいないと思うぜ?」
「明日庭園を見て頂ければ分かると思いますが、庭園の改装された部分も先程改装された内装に劣らない仕上がりとなっていますので、リカルド様の仕事はエステラ様どれもお気に召すと私も思います」
「それこそエステラ様の苦手な分野を上手くフォローしてくれる存在が目の前に居るなら、ソレは使うに越した事はないと思いますが?」
やっぱり不思議な男ね。自他共に仕事に対して厳しい評価を下すこの三人が、たった三週間の付き合いしかない人間の今後の処遇に対して意見するなんて。
「あなた達三人の意見は分かったわ。
それで、あなた達はあの男をどうしたいと考えてる訳?」
「「「そこに関しては、提案が御座いまして」」」
…………
……
…
「そう。悪くないし、面白そうな案ね。じゃあその案で明日あの男に提案してみましょうか」
*
「ふわぁ~………今日も良く寝たねぇ」
昨日はエステラ様に色々と今の自分に付いて考えさせられる事を言われたので、寝室でゆっくり考えようと思ってベッドに寝転がった瞬間。
その事を忘れて寝てしまうとは……恐るべしはフローレス家の使用人のお仕事かな?
まぁ、昨日エステラ様と口論でコテンパンにされた後、ちょっとした諭しまで受けるなんて中々貴重な体験をした上で、今の自分と向き合う切っ掛けまで得たんだから、地位的な物を抜きにして俺は一生エステラ様に頭が上がんない気がしてきた。
って言っても二年経ったらエステラ様ともこのお屋敷ともオサラバなのだから、そこまで深く気にしなくてもいいのかな?
そんな事を考えていると、ドアからノック音が響き「開けてもよろしいでしょか?」っとミゲルさんの声が聞こえてきたので、「どうぞ」と声を掛ける。
「おはようございます旦那様。朝食の準備が出来ていますがどうしますか」
「準備が終わったらすぐに食べに行くんで、ミゲルさんは先に行ってて」
「畏まりました」
はぁ、今日も一人飯の時間だ。
これに関しては何度言ってもミゲルさんもローラさんも首を縦に振ってくれなかったんだよな。
でも今日に関しては丁度良かった。昨日エステラ様に言われた事で色々考えたい時間が欲しいから、今日だけは一人でゆっくり朝食を取れるのはありがたいね。
そんな事を考えていると、俺がいつも一人で利用している食卓のある部屋のドアに手をかけドアを開けると
「おはよう。いつ来るのかと待ちわびていたわよ」
そこには笑顔でニッコリと答えるエステラ様が!
いや、ちょっと待って? 何でエステラ様がここに居るのさ?
人間ってあまりに予想外過ぎる事態に直面すると、固まってしまうって言うじゃん? あれってホントなんだよね。
だってこの状況を整理出来ない俺は、ドアを開けた状態でフリーズしちゃったからさ……
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