変わった貴族の子息
フローレス家に来て早々、「俺の朝食の残りを捨てるのってもったいなくない?」事件を引き起こしてしまったけど、この事件がきっかけで料理人さん一同からはそれなりに信頼されるようになったみたいで、早速料理人さん達からお昼のリクエストを聞かれたついでに
「俺の料理にあんないい物使うぐらいなら、使用人さん達の料理に使っていいですよ」と提案してみる。
すると何故か「旦那様の心遣いに感謝します」っと泣いて喜ばれ、更に俺の評価が上がってしまった結果。昼の食事は、量こそ丁度よかったものの、美食過ぎて逆に胃に辛かった。
今までロクに着飾った事ない人が、急に着飾った所で服を着こなせていないのが出ちゃうのと一緒で、やっぱり大していい物食ってこなかった胃に、いい物与えたって胃が慣れてないから上手く対応できないようだね。
その事を再び料理人の皆様に相談しつつ、どう料理したらあんなに美味しい料理が作れるのか気になったので、その様子を見るついでに厨房で晩御飯の支度の手伝いをしようと野菜の皮をむき始めたら、料理長のホセさんは驚愕の表情を見せ、その直後ミゲルさんとローラさんがすっ飛んできて全力で俺の皮むきを止めに入った。
そして一緒に皮むきをやっていた見習いのエンリケさんが「旦那様皮剥くの上手いっすね」っと褒めてくれたので、俺の家事スキルはプロの世界でも通用するかも! なんてちょっと思ってしまった。
っというかここ来る前は、野菜の皮むきなんて日常的にやってたから、出来て当たり前なんだけどね。
婿入り生活2日目
昨日の一見もあって料理人以外の使用人さん達は俺の事を「帝国史上最低のチャラ男」から「帝国史上最低の変なチャラ男」ぐらいの認識の変化が生じたみたいで、俺を見る目がほんの少しだけ柔らかくなった気がするね。
その証拠に執事のミゲルさんと侍女長のローラさんは、話す雰囲気がちょっと柔らくなった気がする。
って言っても要注意人物として見られてるのは変わらないので、ちょっと何かやろうとすると、直ぐにミゲルさんからお説教やら小言が飛んでくるんだけどさ。
なんせ現在進行形で、ミゲルさんは俺にお説教中だしねぇ……
「全く!旦那様はもう少しフローレス辺境伯夫君としての自覚をお持ちください」
「そうは言われましてもねぇ……ちょっとカーテンの解れを見つけて補修してるだけで、そんな文句言わなくてもいいじゃないですか?」
昨日に続き再び俺のやる事に小言を言ってくるミゲルさんに文句を言いつつ、俺はチクチクと縫い針と糸を使って、解れていたカーテンの補修を進める。
「大いにあります!
辺境伯夫君ともあろうお方が、針子のような事をやるなど非常識にも程があります」
「そうなんですか?
まぁ、俺はその辺境伯夫君的には非常識な事を、毎日のように以前やってたんで、自分で補修出来る部分見つけちゃうと、つい無意識にやっちゃうんですよね。
習慣ってのはそう簡単に変えられないんで、今回は大目に見てください」
そんなやり取りをしている間に、解れていたカーテンの補修を終えたので、補修した個所を少し離れた場所から、これまた何とも言えない表情で見守っている侍女長のローラさんに見せ、出来栄えを確認してもらう。
「えーとですね……私達の代わりに補修して頂きありがとうございます。
それしても、お世辞抜きで大変お器用ですね。旦那様」
せっかく綺麗に補修したってのに、なんでちょっと引きつった笑顔でお礼を言われなきゃいけないんでしょうか?
「ありがとうございます。針子染みた事をしてた経験があるので、実は裁縫、縫製に関しての腕には、結構自身あるんですよ。
今回みたいに力も使う大物の補修修繕が必要な時は、手伝いますから遠慮なく声を掛けてください」
「「旦那様の手を煩わせる訳にはいきませんから!」」
うん。ミゲルさんとローラさんが、ハッキリかつ綺麗にハモって俺の提案を断わってきた。
せっかく自分に出来る事なら遠慮なくやるって言ってるのに、断固拒否されるとちょっと切ない気分になった俺は、ショボンとしながらその場を後にしようとする。
「……急な来客があった際このような旦那様のお姿を見せる訳には行きませんので、やるならせめて人目の付かない場所でお願いします」
俺があまりもガッカリしている姿を見かねたのか、ミゲルさんが人目に付かない場所でならオッケー! の許可が出たけど、俺だってそれぐらいの分別は弁えてるつもりなんだけどね?
流石に裁縫道具持ったまま来客対応するなんて、相手に失礼だしさ。
婿入り生活3日目
「昨日お話した通り、今日はこのお屋敷の庭園と施設をご案内致します」
「よろしくお願いします」
今日は昨日ミゲルさんと打ち合わせていた通り、ミゲルさんとローラさんがこの屋敷の庭を紹介してくれるそうだ。
本当昨日屋敷結局屋敷内の案内せれてる最中に、色々気になる事聞いてたら一日終わっちゃったから。
流石に辺境伯の住む屋敷の庭ともなると広大で、一周するだけでもいい運動になった。それこそ毎日庭を一周してたら、健康的な肉体を作る手助けになりそうなぐらいの距離がある。
そして辺境伯家の敷地内には本邸以外にも別邸があり、騎士団の訓練所もあり、倉庫だって幾つもあるしで、これは管理が大変そうだろうね。
いやー、こんな広大な敷地をたった20人で管理してるって、分かっちゃいたけどこの屋敷で働く使用人の皆様って、実は相当優秀なのでは?
こうして外を歩くついでにミゲルさんからこの屋敷の外観についての説明が始まり、そこから建築様式やら、先々代から使われてる歴史と格式をもったうんたんからんから……不味いね。どんどん興味ない方向に話が進めば進むほど、外の気持ち良い陽気も相まって眠気が襲ってくる。
せっかく熱心に説明してくれてるミゲルさんには悪いんだけど、こっちは寝落ちしないようにするのに必死なんで、言ってる事がさっきから右から左に華麗にスルーしているんだよね。
ごめん、ミゲルさん。
しっかし数代前が立てた屋敷だってのに、父親が立て直したナルバエス侯爵邸より綺麗かつ見栄えが良いって、コレが本当の大貴族様の財力って奴なんだろね。
そう考えると、ナルバエス侯爵家がいかに名前だけのハリボテなのか良く分かってしまう。
まぁ、弟がやらかした問題の後処理で大層金も飛んだから仕方ないんだろうけど。
恐らく俺が帝命で婿入りした事で、皇帝陛下からいくらか示談金のような物は貰ってるんだろうけどさ。
でもその事を知ったらまたニコラスが調子乗って何かやらかしたりすんじゃないのかな?
ミゲルに激甘な父親と義母の事だから、した反省も促していなければ、罰も与えていないだろうからね。
まっ、侯爵家から出た俺にはもう関係のない話だけどね。
こうして一通り庭園と各施設の案内が終わった後、最後に庭師長を紹介するとの事で、今庭師長が居ると思われる小屋に案内される。
中に入るといかにも職人気質な風貌を醸し出す渋い雰囲気を纏った男が、小屋の中で土を弄っていた。
「旦那様。こちら庭師長のシエロです」
「……どうも」
「はじめまして。一昨日からこの屋敷でお世話になってるリカルドです」
あれ?あんまり歓迎されてない感じかな?それとも仕事中はあんまり話したくない見た目も中身もコッテコテの職人気質さんな人なのか?
そういえばこの人一昨日俺の朝食食べてもらってた時も、こんな感じで黙ってご飯食べたしね。
「シエロ。旦那様に対してそのような態度は失礼ですよ」
「俺に愛想なんて求められたって、そんなもの持ち合わせちゃいねぇよ」
「すいません旦那様。シエロが非礼を! 」
溜息をつきつつシエロさんの態度を改めるように促すミゲルさんと、その態度を非礼だとして頭を下げるローラさん。
シエロさんの態度って、貴族の世界的にはアウトな対応だからって、態々ローラさんが頭下げなくてもいいのにね。
「別に気にしてないので頭を上げてください。シエロさんが形式ばった事が苦手ならその事を咎めるつもりはないので」
「しかしですね……」
「そもそも俺は、そんなデカい顔出来る立場の人間じゃないですから多少雑に扱われたって気にしませんって。
それにシエロさんって仕事はキッチリこなすタイプでしょ?さっき庭園の造り見てたら、凄くしっかり作り込まれた庭園だったんで、仕事からシエロさんのキッチリ仕事は熟してる人柄は伝わりましたし」
「……ありがとうございます。シエロ! こう言ってくれる旦那様に感謝しなさい」
ローラさんがお礼を言った後、シエロさんは頭を下げて「すいません。ありがとうございます」っと一言言うと、シエロさんは土を弄る作業を再開する。
「すいません旦那様。本当は優しくて気が良い奴なんですけど、仕事中はいつもあんな感じで気難しい一面を見せてしまう男でして。
決っっして悪気があってあのような態度を取っている訳ではないんですが」
「まぁ、職人気質の人って、仕事中はそっち優先したいんでしょうから。それにちゃんとお詫びの言葉はもらってる以上、俺はシエロさん咎める理由はないですから」
こうしてシエロさんとの挨拶も終わりこれ以上この場に居てもシエロさんの仕事の邪魔になると思ったので、シエロさんの仕事場から出ようとした所、この場所に置いてあるには珍しい物が机に置かれている事に気が付いたので、ついその物を手に取ってマジマジと見てしまった。
「良い時計ですね」
「そりゃどうも」
「シエロさんの物なんですか」
「ああ」
俺が懐中時計に抱いた感想に対してシエロさんが態々振り向いて反応した所をみると、どうやらこの懐中時計はシエロさんにとって大切な物であるらしい。
「ちょっと拝見させてもらっても良いです?」
「いいですけど……壊れちまってるから、旦那が見たって面白くもなんともないぞ?」
そうは言われても、時計には男のロマンや作った職人さんの仕事っぷりや思いが詰まった物かつ、子供の頃から縁あって触れていたモノなので、つい触りたくなってしまうのだ。
そしてカバーを開くと確かに時計の針は止まっており、リューズを巻いても時計の針はピクリとも動かなかった。
「確かに壊れていますけど、ちょっと弄ったらまた動きそうですね」
「本当か!」
時計を見せてもらうついでに、軽く触診してみたら時計が止まった際に良く感じる触感を感じたので、絶対とは言えないが、経験上簡単なメンテで治りそうな状態だと判断出来た。
そして俺の触診結果を聞いたシエロさんは立ち上がり、俺の方に駆け寄って来た。
正直その時の表情は中々厳つくてちょっと怖かったけど、職人気質のシエロさんが仕事を放り出して駆け寄ってくるぐらいだから、シエロさんにとってこの時計はとても大切な物なんだろうね。
「恐らくですけど。中を開けて錆を落として油をさせば動きそうなレベルの症状なんで。
では屋敷に戻ってメンテ用の道具取ってきますんで、ちょっとお待ちを」
そう言って俺は駆け足で屋敷に戻り、自分がこの屋敷来た時唯一一緒に持ち込んだトランクケースから時計修理用の小道具を引っ張り出すと、再びシエロさんが居る場所に駆け足で戻って時計の分解を始める。
「やっぱり。これなら直ぐに治りますよ」
俺の見立て通り懐中時計の故障は軽度の物だったので、俺は歯車の動きを遮っている錆を落とした後、歯車に注油し、部品を組み立てた後、竜頭を巻いてみると時計は再び時を刻み始める。
その様子を見たシエロさんの表情は先程見せていた厳つい表所から一変。大変うれしそうな表情を浮かべている。
「ありがとうございます、旦那。いや、リカルドの旦那!」
「私からもお礼を言わせてください。旦那様」
ん?シエロさんからお礼を言われるのは分かるんだけど、どうしてローラさんからもお礼を言われるんだろ?
「実はこの時計私が以前夫であるシエロに私が送った物なんですが、それなりに長い期間使っていた所為か、ある日動かなくなってしまっていて。
私としては「壊れた物を持ち続けないで時計なら新しい物を買えばいい」っと何度もシエロに言ったのですが、シエロは「この時計が良い」と言って肌身離さず持ち歩く物ですから、私としてはいくら大切にしてくれていても、壊れた物を肌身は出さず持ち歩くから困っていたのです」
「別にいいだろうがよ! 俺が何をどう使おうたって……」
ん? ちょっと待って? ローラさん今シエロさんの事夫って言ったよね?
何かこの二人距離が近いなと思ってはいたけど、まさか夫婦だったのか!
そしてシエロさんがローラさんに言われた事を気にしてか、照れくさそうにしている。さっきまでのあの強面職人気質のシエロさんは何処行った?
っていうかこの二人、シレっとナチュラルに惚気てなかった? 贈り物を大切に使ってます&使われてますって??
つまりこの二人ラブラブなのか! 何か世間的には理想の夫婦っぽい雰囲気を感じるなー
なんて何故か遠い目でこの夫婦を見てしまってるけど、決して俺とエステラ様が離婚契約の夫婦だからちょっと羨ましいなんてコレっぽっちも思ってないからね?
「でも時計の修理なら、時計屋さんにでも依頼したら簡単にやってもらえたのに、どうして今まで修理しようとしなかったんですか?」
「実はフローレス辺境伯領内や、その付近の街には時計を修理出来る店もなければ職人もいないので、私達が時計を修理しようと思ったら帝都まで出向く必要があるんですが、ここから帝都まで向かうにも片道二日は要します。
だからと言ってそんな理由で長い休みを頂くのは申し訳ないという気持ちもありますし、何よりシエロの性格上、長い間自分の領分を開けるのは難しいみたいでして……
時計自体は時々行商が街に卸していますから、高価な物ではありますけど、手に入れる事自体は難しくないんです」
なるほど。時計は手に入っても修理が簡単に出来ない状況だったって訳だね。
言われてみれば高価な時計を扱う時計店や時計職人のターゲットは、貴族や商人といったお金を持っている人間なんだよね。
そうなれば当然ターゲットが集まる場所の近くに、時計を扱う人間達も住位を構えるのは当然の事であり、いくらフローレス辺境伯領が豊かで住みやすい気候の土地であっても、売り手はお金を出す人間が住まう場所に拠点を必然的に置くもんな。
そして職人気質のシエロさんは仕事を長い期間開ける事を良しとしない性格ってなると、ますます修理する機会に恵まれないって訳だ。
せめてフローレス辺境伯から帝都までたどり着く時間がもっと早かったり、もっと近くに時計を修理出来る人間が住んでいたら話は違ったんだろうけど、フローレス辺境伯から帝都までの移動手段は基本馬車のみだし、もしも最近帝都や一部の大貴族達が使うようになった自動車と呼ばれる高速移動手段なんて一般人はまず利用できない。
それかフローレス辺境伯領と帝都との丁度中間にある街エンクエントロで、俺に時計についての知識と技術を教えてくれたアルフォンソのじっちゃんが、まだ時計屋を続けていたらこんな状況になってなかったかもしれないけど、もうやってない物に対して【たられば】の話をしたって仕方がないしね。
でもアルフォンソじっちゃんがくれた知識と技術とこの道具のお陰で、シエロさんとローラさんの喜ぶ顔が見られたんだから、そこはアルフォンソのじっちゃんに感謝しなくちゃな。
「まさかあの気難しいシエロにこうも早く認められるとは、本当にあなたは変わったお人ですね」
「そうなんですか? 世界は広いんですから似たような奴の一人や二人居るでしょう」
ミゲルさんから褒められた? のかどうか良く分からないけど、俺みたいな人間探せば一人や二人簡単に見つかりそうだけどね?
「お言葉ですが、普通の侯爵子息は自ら料理の手伝いを率先してやろうとしたり、突然屋敷の物を修繕し始めたりしませんよ。
これ以上の事はもう仕出かす事はないだろうと思った矢先、使用人の時計を自分の手で直し始める侯爵子息。いえ、この場合貴族の子息ですね。
そんな子息が居たなんて話、少なくとも私やこの屋敷で働く者達は聞いた事ありませんよ?」
「アハハハハ……」
笑顔でそう答えたミゲルさんの言葉通り、確かに言われてみたらそんな貴族の子息の話なんて俺も聞いた事ないや。
とりあえず笑って誤魔化しとこう。
しかしこれだけ俺がミゲルさん達からしたらどれだけ奇抜で驚くような事をやっても、ミゲルさんは俺に「何者なんですか?」というニュアンスの入った言葉を使わない。
これって使用人として仕える相手として一線引いているというより、俺に対して警戒を緩めていない意味で一線引いてるみたいなんだよね。
まぁ、初めて会った時よりは、少しは警戒を緩めてたくれたんだろうけど。
まだ【完全に信用はしてないんだろうな】ってのは何となく感じる。
もっともそんな警戒されても、俺は自分が出来る最低限の範囲でしか行動しないタイプの人間だから、この屋敷の皆様が警戒しているような事をやらかす度胸のある人間じゃないんだけどね。
だからどれだけ警戒したって何も出てこないんだから、「そんな警戒しなくて大丈夫」って言いたいけど、弟の仕出かした事を考えたら、何を言ってもそう簡単には信じてらえはしないだろうね。
まっ、侯爵家に居た時よりはよっぽどいい扱いしてくもらってるから、この屋敷で働く人たちとは焦らず少しずつ良い関係性を築いてもいいのかな。
なんて俺も思ってはいるんだけどさ。
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