朝食は残さず食べましょう
俺の呼びかけによってフローレス辺境伯家で働く使用人さん一同が食堂に集まった。その数なんと20人! まさかこの屋敷で働く使用人さん全員が集まってくれるなんて思ってもいなかった。
さっきミゲルさん伝えたけど、仕事の関係で手が離せない人は無理をして集まってもらう必要は無かったんだけどさ、どうもこの家の使用人さんのほとんどの人と、まだ今顔合わせは済んでいないので、そこを気にして使用人さん達は集まってくれたのかもしれない。
これはフローレンス家で働く使用人の皆様の雇い主と仕事に対する真摯な姿勢なのだと思うと、申し訳ない気持ちも出て来る。
なんせ今から俺が今からやろうとしている事は、自分が納得いかない状況の解決するためだけに、何の関係ない使用人さん達を巻き込もうとしてる訳だけど、この話はフローレス家にも使用人さん達にも悪い話じゃないハズだ。
「こほん。え~使用人の皆さん。お忙しい中俺の呼びかけに応じて、この場に集まって頂きありがとうございます。
昨日からこのフローレス家でお世話になってるリカルドと申しますが、皆様が大変快適な寝室を準備してくれたお陰で、今日は人生で一番快適に目が覚めるという素敵な体験をさせて頂き、本当にありがとうございました。
それと朝食もとても美味しくて、朝から幸せいっぱいの気持ちにさせて頂いた料理人の皆さんにも感謝の気持ちで一杯です」
とりあえず俺は朝っぱらから食事まで、素敵な体験をさせてくれたこの屋敷で働く使用人の皆さんに感謝の気持ちを表明する。
すると使用人の皆さんは唖然としたり、意外そうな表情を浮かべたりと、何かお礼の言葉を言ったのに誰も「どうしたしまして」的な反応を見せてくれない。
いい加減感づいてきたが、どうやら俺(正確には弟のニコラスのだけど)の悪評はこの屋敷で働く使用人さん全員にも知れ渡っているねみたいだね。コレは。
そしてそうだと頭で分かっていても、人が素直に感謝の意を示したって微妙な顔したり無表情って、何かこっちも何とも言えない複雑な心境になるので、出来れば止めてほしいです……
ちょっとこの微妙な使用人さん達の反応を見ると、これから自分が提案する事に対しても、どんな反応されるか分かんないので、内心俺の考えた事言うのやめた方が良いのかと思ったりしたが、ここまでやって引き下がる訳にも行かないので、ちょっと折れそうになった気持ちに鞭を打って、話を再開する。
「今回使用人の皆さんに集まって頂いたのは、実は使用の任皆さんに提案があって集まって貰たのですが、まずは私の後ろのテーブルに並んでるこの料理の数々を見てください。
実はこのテーブルに並ぶ数々の食事は、私の朝食として準備された物なんですが、私一人ではとても食べきれる量ではなく、ほとんど手を付けないまま残してしまっているのですが、私が食べきれなかった分は、全て破棄されてしまうとの事です。
ですが私としては、この対応はせっかく料理人さんが心を込めて作ってくれた物を、簡単に捨てるのはいかがな物かと思ったので、どうせ捨てるならこの屋敷に来てから素敵な体験をさせて頂いた使用人の皆さん達のお礼の意味も込めて、まだ朝食が済んでいない皆様さえ良ければ、この余った数々の料理を食べてもらえないかと思い、この場に集まって頂きました。
もう既に朝食がお隅の使用人さんもいらっしゃると思いますので、朝食がお済の方はデザートだけでも食べていってください」
この帝国おける貴族の世界において、主人が食事を取る前に使用人が食事を取るという行為は、失礼に値するという風潮が強いんだよね。
最も仕事の都合上全員がその流れで生活する訳にはいかないので、主人より先に食事を取っている使用人もいるけど、精々使用人全体の一割にも満たないのは、実家である侯爵家で使用人同然に働かされているから知っている。
だったら余った料理をどうやったら有効活用できるかなんて簡単な話だよ。
まだ食事を取っていない人に食べてもらえばいいだけの話なのさ。
もっとも俺が提供しようとしているのは、あくまで主人の食べ残しになるで、「そんな物食べれるか」 って反感抱く人も居るかもしれないが、間違いなく普段食べてる賄い料理よりは美味しいから、食べてくれそうな気はするんだけどね。
まっ、別に2年後にフローレス家を去るって考えたら、コレがきっかけでフローレス家で働く人達全員に本格的に嫌われた所で、また以前のように生活しにくい環境に戻るだけだしね。
我ながら考えが捻くれてるなーなんて思っていると、使用人さん一人が手を上げ、発言の許可を求めていたので、俺は笑顔で「遠慮なくどうぞ」と答えてる。
「発言の許可を頂きありがとうございます。リカルド様。いえ、旦那様。
申し遅れましたが、私は侍女長のローラと申します。
旦那様のお気持ちは使用人一同嬉しく思うのですが、我々使用人一同、この料理を頂くわけにはいきません」
「どうしてですか?」
「この部屋に用意された食事は、あくまでフローレス家の方々の為に用意された食事です。
なのでこの部屋で食事を取る事が出来るのは、フローレス家の方だけなのです」
「なるほど。この部屋はあくまでフローレス家の人間だけが食事出来る場所って訳ですね」
「はい。我々使用人一同がこの部屋で食事を取る行為が、雇用主にとってどれだけ失礼に値するかご理解頂きましたでしょうか?」
「なるほど、なるほど。使用人さん達の意見は良~く分かりました。じゃあこうしましょうか」
俺は笑顔でそう答えた後、直ぐに料理が並ぶテーブルの前に移動し、料理が盛られた皿を持ち上げる。
俺の行動を見ていた使用人さん一同が、「何をする気だ?」っと言わんばかりの眼差しを俺に向けてきた。
「皆さんそんな心配そうな顔しなくても大丈夫。大丈夫。
どこぞの国の文化みたいに、『せっかく料理が待ってるから、料理を顔面に投げつけるパーティでも皆でやろうぜー!』 なんて言ったりしませんよ。
只、ちょっとこの料理を使用人さん達の食堂まで運ぼうと考えているだけですから、使用人さん達が使ってる食堂まで案内してくださいよ」
「……旦那様。何をお考えで?
それと顔面にぶつける料理は、パイが相場と決まっております」
あれ? ぶつけるのってパイだったっけ? 自分で言っておきながらその話に興味を持ってしまったので、あれこれ聞きたい気持ちになるが、そんなことしてると話が脱線してしまうので、俺は自分の知識欲を抑え込む。
「この部屋で使用人さん達がご飯食べちゃいけないんってなら、使用人さん達が使ってる食堂にこの料理持っていけば、使用人さん達はこの料理食べても問題ないって事ですねよ! ローラさん?」
俺は笑顔でローラさんにそう尋ねると、ローラさんはため息を付き頭を抱えた後
「……せめて皿の移動は、私達にお任せいただけますか」
俺の意図を理解してしまったローラさんは、渋々料理をこの部屋から使用人食堂に運ぶようにと、他の使用人さん達にテキパキと指示を出し始める。
「全く……良くあんな屁理屈思いつきましたね」
「え?俺何か間違った事言いました?
要は『雇われている以上、雇われている側は決まった場所でしか食事をとれないし、主人の領域を犯す訳にはいきません!』
って言うなら、雇われてる側が食べれる場所に料理を移せばいいだけの話じゃないですか」
そう言った後、俺はミゲルさんに向けてニヤリと悪い笑みを浮かべてやっると、ミゲルさんは「やれやれ」と言わんばかりの表情を浮かべた後、他の使用人さん達と一緒に料理を運び始める。
そして俺も手伝おうと思い、パイの入った皿を持ち上げ、使用人さん達の使う食堂に運ぼうとしたら、「これは旦那様のやる事ではございません」とローラさんに言われ、スッとパイが乗っているお皿を取り上げられてしまった。
もしかして、パイを顔面に投げようと目論んでるんじゃないか? って疑われたから、俺の手からパイの乗った皿を奪った?
こうして俺の余った豪華な朝食達は使用人さんの食堂に運ばれたのだが、使用人さん達は誰一人料理を口にしようとしない。
名目上は主人の夫の為に作られた料理となると、中々手が付けにくいみたいで、誰も料理を手に取ろうとしないから、使用人さん一同この状況に困惑している様子が見受けられるね。
せっかく料理を食べてもられる場所に運んだってのにこの状況は良くない。こうゆう時はどうするかって?
そんなの簡単さ。この使用人さんズの中で偉い人に、食べてもらえばいいのだ。
っという事で。丁度隣にいたミゲルさんに、俺は小声で話しかける。
「ミゲルさん。朝食食べました」
「いえ。まだですが?」
「じゃあコレ朝食替わりに食べてください」
「そう言われましても……」
「だって誰かが食べ始めてくれないと、誰も食べようとしない空気じゃないですか?」
「……これはフローレス辺境伯夫君としての命令でしょうか?」
「命令じゃなくてお願いです。お願い聞いてくれないと『フローレス家は食べ物を粗末に扱ってるぞー』って町に出て言いふらしますよ?」
「はぁ……分かりましたよ。主人の旦那様からの願いとあらば、我々は聞かざるおえませんね」
そう言った後ミゲルさんは食堂に並んだ料理の前に立つと。
「皆さん。せっかく旦那様からのご厚意です。
旦那様の言う通り、このままこの食事を残すのは、心を込めて作ってくれた料理人一同の気持ちを無下にするの同じです。
我々で美味しく頂くとしましょう」
ミゲルさんの一言がきっかけで使用人さん一同は料理に手を付け始めてくれた。最初は恐る恐る料理を口に運んでいたけれど、やはりこの料理の美味しさには勝てなかったようで、食べ始めれば「美味しい」の一声から、どんどん使用人さん達の会話も弾んでいった。
そんな微笑ましい使用人さん達の食事風景を遠目から見ていると、険しい表情をした人達が俺の元に寄って来る。
恰好からしてこの家のシェフさん達なんだろうけど、シェフさんにはシェフさん達の意見があるだろうから、俺の取った行動に不服があるかもしれないので、この状況に対して何か文句言われるのかもしれないのは分かっていた事だ。
もしシェフの皆さんに文句を言われるのであれば、その時は仕方がない。そう思って覚悟を決めた俺は、シェフの皆さんが俺の前の来るのを黙って待っていると、シェフの皆様が俺の前に並び立つ。
「旦那様。ありがとうございました!」
突如シェフ一同様に頭を深く下げられたので俺は驚いた。
「我々シェフ一同。旦那様に料理を褒めて頂いただけではなく、我々の作った料理を無駄にするのは良くないと言って頂いた事に感激しています」
「い、いえ。俺は自分が思った事を、唯馬鹿正直に言っただけで」
「それでもあんなに我々に寄り添った意見を言ってくれた貴族様は、旦那様が初めてです。
これからも我らシェフ一同誠心誠意を込め、旦那様に美味しいと言って頂ける料理を作れるように務めさせて頂きます」
厳つい表情をしたシェフの皆様から感謝の気持ちを頂けたのは嬉しいんだけど、正直顔の迫力が強すぎるので、俺は終始その迫力に圧倒されながらも、シェフ達にこれからもよろしくという意味を込めて握手を交わした。
こうしてとりあえずシェフの皆様と仲良くなれたんだけど、この調子で家の人達とも仲良くなっていけたら良いんだけど。
まっ、色んな人がいるだろうから、簡単にはいかないんだろうけどね。
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