社交界を淫らに荒らし回った侯爵子息は、婿入り先で意外と愛されている

本黒 求

荷馬車に乗せられて向かう先

「ドナドナド~ナド~~ナ♪売られてゆ~く~よ~♪ ってね」

 まさか荷馬車に乗せれられて売られる日が来るなんてね。

 しかもあの有名な歌の歌詞みたいに晴れた昼下がりに荷馬車に乗せられるなんてさ。

 もうここまであの歌の歌詞と同じ状況って笑えてこない? きっと俺を売った俺の実家のナルバエス侯爵家は、この状況狙ってやったんじゃないのか? って本気で疑いたくなるよ。

 もっともあの歌の歌詞と違って、ガーターゴートー♪ っと荷馬車に揺られながら俺が売却される先は、市場じゃなくて【狂剣のエステラ】なんて物騒な通りで呼ばれちゃってる猛者が、当主をやってらっしゃるフローレス辺境伯家なんだけどさ。


 思い返せば、俺がフローレス辺境伯に婿入りする経緯ってホントに怒涛の流れだったよ。

 いつも通りナルバエス侯爵邸にて仕事に励んでいたら、普段顔も合わせない父親であるナルバエス現侯爵が、ズカズカと派手に足音を立てながら俺の元にやってきた。

 そして俺の前で立ち止まると「今すぐこの書類にサインしろ!」って声を荒げながら突き出してきたのが、婚姻届け&皇帝からの帝命の証が記された俺宛の二枚の書類。

 いやいや! アンタらナルバエス家がトコトン嫌って、滅多に社交界にも出さない婚外子の俺に、結婚の話が入る事自体可笑しいだろ?

 おまけに社交界にほぼ認知されていない俺に、帝命なんて物騒な物が突きつけられるなんて、もっとアリエナイないからね!


 そんなアリエナイ物が二つ同時に突き付けられる理由を父親に尋ねても、「いいから黙ってサインしろ!」、と再び言葉に強い圧を掛けた一言だけで終わせようとするので、このまま理由を聞いても埒が明かないと判断した俺は、渋々二つの書類を受け取りサインを書いたよ。

 ついでに自分が結婚するお相手は、これまた俺に不釣り合いなお方で、国境を領地としつつ何度も他国からの進行を食い止めている国境の防衛の要であり、帝国史における重要な戦においても、何度も帝国に勝利を捧げている常勝かつ帝国最強の騎士団である”インパクトナイツ”の騎士団長に、22歳という若さで就任された優れた手腕の持ち主。

 そんな英雄的な一面よりも、容赦なく敵を一方的に蹂躙する強烈な姿と、逆らう者や裏切り者に容赦ないとされる冷徹なる皇帝に対して、容赦なく苦言を呈するその姿から【狂剣】としての二つ名の方が板に付いちゃっているエステラ・フローレス辺境伯様だった。


 そして帝命に関しては

 【リカルド・ナルバエス侯爵子息は、エステラ・フローレス辺境伯との婚姻を結ぶ事を、皇帝の名の元に命じる】

 皇帝からの帝命の印がしっかりと押された書類が意味するのは、俺はこの結婚を拒否する権利もなければ、逃げる事も出来ないという強制力が既に働いている事。

 ついでに言うならこの強制婚姻、絶対に怪しい何かが裏にあると思わざる負えないよね。

 こうして俺は結婚式を挙げる事も無く、書類上ではエステラ様と婚姻を結ばされた後、その理由も禄に聞かされないままナルバエス侯爵邸から追い出されるように荷馬車に乗るように父親から命じられ、エステラ様の住むフローレス辺境伯領に送られた結果……今に至るって訳。

 まぁ、俺が送られた理由に関しては、なんとなく察してはいるんだけどさ。

 

「さーて。ついに辿り着り着いちゃったねー。

 あっ! おじさん。ここまで乗せてくれてありがとう」

 荷馬車がフローレス辺境伯の住む屋敷の近くまで付いたので、俺は乗せてくれた荷馬車の御者のおじさんにお礼を言った後、自分の売却先であり、これから色んな意味でお世話になりそうなフローレス邸まで歩き出した。


 俺の実家ナルバエス侯爵家って、フローレス辺境伯家より格下の爵位だから、いくら最近のナルバエス侯爵家の懐事情が明るくないとはいえ、実は荷馬車で婿入り先に訪れるなんて、本来めちゃくちゃ失礼な事なんだけどね。

 帝命っていうこの帝国において絶対的権限をもった命令まで下されてるってのに、そんな最低限の事さえ気にかけず俺を荷馬車に乗せたナルバエス侯爵家も大概だが、フローレス家も誰も出迎えを寄越さないこの状況。

 コレって双方がこの婚姻に納得のいってないから生まれた状況だ! って言ってるようなモンだよね。


 「はぁ……今度の暮らし先ではどんな扱いを受ける事になるやら? まっ、嘆いた所で結局なるようにしかならないんだろうけど」

 後はもう流れに身を任せる事しか出来ないので、俺は自分のロクでもない人生に諦観しつつ開き直った俺は、意を決してフローレス家の敷居を跨ぐ事にする。


「よく来たな! リカルド・ナルバエス!!」

「初めましてエステラ・フローレス様。

  私リカルド・ナルバエス。本日よりフローレス辺境伯家の元でお世話になる事となりました。

 どうぞ今後ともよろしくお願いします」

 フローレス家に着いて早々。噂の狂け……じゃなくて、常勝騎士団長であるエステラ様の元に呼び出されたのはいいんだけど、初対面の挨拶早々敵意剥き出しの圧の強い口調で挨拶されるって、俺の印象は既に地に落ちきってるどん底スタートみたいだね。


「挨拶ぐらいはまともに出来る相手で良かった。

 そうでなければ、『帝国史上において最低の女たらし』とまで言われる程悪名高いキサマが、我がフローレス家の敷居を跨いでいるというこの現状に対して、既に腸が煮えくり返りそうなぐらい溢れ出て来るこの怒りを、私は抑える事が出来なかっただろう。

 むしろキサマが挨拶一つロクに出来ない人間だったのであれば、容赦なく『八つ裂きにしてやろう』かと思っていたのだけど、流石に最低限の礼儀を弁えている人間を容赦なく八つ裂きにする訳にもいかないのが、少し残念だと思っているわ」

 いやー。まさか会って二言目に『私はあなたに殺意ありますよ!』って宣言されたあげく、命の危機まで本気で感じるなんて人生初の経験。

 まぁー、こんな経験積んでも、ちっとも嬉しくない経験値が溜まるだけなんだけどね。

 それとさっきエステラ様が俺の事【帝国史上において最低の女たらし】って評したけど、それって実は俺じゃなくて弟のニコラスに対する世間の評価なんだけどね。

 そもそも俺は社交界にまともに出た事殆ど無いし、貴族令嬢となんてまともに会話した事殆どないような人間だけど、この状況じゃ何言っても信じてくれそうにないよね?


 しかし弟の悪評が俺に向けられているって事は、この状況が生まれた最大の要因が、が招いた結果だろうな。っと何となく察してはいたんだけど、こんな殺意を全力で向けて来る相手に婿入れさせられる状況って、アイツどれだけ女関係でやらかしてきたんだろね?


 とりあえず今余計な事を言えば、唯でさえ心中穏やかじゃなさそうなエステラ様のお心を、更に乱しかねないと俺は判断したので、とにかく今は黙って話を聞くことに専念しといた方が良さそう。

 というかこの婚姻に対するエステラ様の怒りって、実は俺がニコラスだろうが、ニコラスじゃなかろうが、結局怒りの様子を見せる事には変わりないんじゃないのかな?

 なんせ「私より強い男ぐらいじゃないと、とてもじゃないが結婚する気は当分ない」って宣言した帝国最強の騎士であるエステラ様からすれば、この帝命による強制婚姻自体怒りの対象になってるだろうし。

 そう考えたらエステラ様も、皇帝陛下の突拍子もない政策で迷惑を被っている皇帝陛下被害者の会のお仲間なんだから、もうちょっと仲良くやれないかな?

 なんて考えるのは甘い考えなんだろうな。 だって未だに俺は、エステラ様から目だけ殺してきそうな勢いで睨まれ続けてられてるもんな。

 

 「『いい加減結婚しろ!』と口煩い皇帝陛下より帝命さえ出されなければ、キサマのような男と形式上夫婦になる事などあり得ないのだが、流石の私も帝命には逆らえなくてね。

 そんな望まぬ結婚を強いられた私としては、今すぐにでもキサマと離婚したいのだけど、この帝国では離婚は基本的に禁じられているし、そう簡単に出来る物ではない以上、私としてはキサマが何かをやらかしてくれて、私が正当な理由でキサマに手を下せる理由を早々に作ってくれる事を切に願っているわ」

 そう笑顔で言い切ったエステラ様の目は、全く笑っていない。


 ちなみに世間から絶世の美女とも謳われているエステラ様だが、そんな美女に笑顔を向けられて喜ばない男はいないと思うけど、果たして自分に向けられた笑顔ってのが、目が全く笑っていなくて、なおかつ最大級の嫌悪感と殺意をを向けられてるこの状況にだったら世間の男達はどう思うんだろうな?

 ちなみに実際にその状況に晒されてる俺は、もうホント色々リバースしたいぐらい精神的に追い詰められて辛いんですけどね。

 

 逃げ出せるなら今すぎ逃げたいと思うけど、この状況で逃げようものなら、果たしてその後俺に待ち受けてる運命はロクなもんじゃなさそだしね。

 正直色んな事に目を背けて生きて来た俺の人生だけど、本当に逃げちゃいけない状況ぐらいは弁えてるつもりだから、今まさにその逃げちゃ行けない状況だと俺の直感が訴えてるぐらいだしね。

 

 それか、あえてエステラ様の圧に負けて、口から女性にお見せするような物じゃない物を、思い切って飛び出させ、この場にいる皆様の気力を根こそぎ奪えば、この殺伐とした状況を打破する事に繋がるのかもしれないけど、その前にエステラ様の腰に携えられている立派な剣でスパっと、俺の首が繋がってない状況に繋がりそうだよね。


 ・・・・・・我ながら想像してみて何とも笑えない結末に本当になったら洒落にならないので、俺は必死に「ハハハ……」と乾いた笑いを出しつつ笑顔で

 「そろそろその目が一切笑っていない恐ろしい笑顔を止めて、俺のように目から笑った敵意のない笑顔の方が素敵ですよ?」

 なんて遠回しにエステラ様にアピールしてみるが、このお方には効果がなかったようだ……

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る