第23話 邪と無垢


「え、マスター分かるの!?」


「こう見えても、そこらのエルフ族よりは長く生きてるからのぅ」


 目の前の老人は相変わらず好々爺のような雰囲気を帯びている。

 目薬も偽装の指輪もまるで意味を成さなかったのは、驚いた。


 優れた魔法使いには気を付けろ、か。


「……この眼の事、分かるんですか?」


「漠然、とじゃがな」


 老人はふぅ、とパイプを吹かした。


「ワシはネレ・アレニエの冒険者ギルドマスター、ガンツだ。まさか、この人騒がせなエルフがお主のような存在を連れて来るとは思わなかったよ」


「アルマ・アウレオウスです」


 差し出された手を握り返し、握手を交わす。老人なのにその手は分厚く、力強さを感じた。


「さて、アルマ……その眼からはとてつもなく邪悪な波動を感じる。恐ろしいほどじゃ。これほどの魔眼を見るのはこの長い生涯でも二度目になる」


「邪悪……ですか?」


 予想外の言葉に戸惑う。そりゃ魔の眼と書いて魔眼だ。地球でも民間伝承に登場し、『邪視』と呼ばれている。邪悪なものと言われるのも納得だろう。


 だがこの眼は見るだけで相手に害を与えるものではない。出来るのはアイテムを生み出す事だけだ。


「マスター、アルマの眼はアイテムを一瞬で作る能力なんだよ。邪悪な視線の類じゃない」


 レスティアも補足に入るが、ガンツさんは首を横に振った。


「ワシにも分からぬ。だが、今にも襲い掛かって来そうな張り詰めた空気を帯びておる」


 その険しい表情から決して冗談や嘘を言っているようには見えない。この眼がそんなに恐ろしいモノなのか? 今まで何度も頼ってきたが、誰かに危害を加えた事なんて一度もない。兆候すらなかった。


「しかしのう、何とも奇妙なんじゃがな。お主からは全くと言っていいほど、悪意は感じぬ。普通、それほどの呪詛を持つ眼を所有すれば何かしらの影響が出る。だのに、お主は穢れが無い。無垢そのものじゃ」


「は、はぁ……」


 私は相槌を打つので精一杯だ。

 邪悪と言われたと思ったら、今度は無垢? 私が?


 うーむ……確かに女やギャンブルには縁が無かったし、出世にも興味が無かった。カードを集め、それを見ながら晩酌する。それが私の全てであり、私の幸せだ。

 それを無垢というには微妙な気もするが。


「アルマが無垢ねぇ……何か、分かるかも」


「え?」


「だって、それだけの眼を持ってるのにやってる事はアイテムや素材を集めるだけだし」


「好き放題したら大変な事になるだろ」


 全世界を敵に回してまで、誰かに迷惑かけてまで手に入れたコレクションに価値などない。そんな事をしたら……あいつに顔向けできなくなってしまう。


「うん、そういう所だよ。欲望を持たないし、持とうとも思わない。そして、僕の事を助けるためにトロルに立ち向かう……アルマは口だけじゃない、本物のお人好しだよ」


「……誉め言葉として受け取って良いのか? それ」


 それに欲はあるぞ。アイテムのためなら火の中水の中だ。


「なるほど、レスティアにここまで言わせるとはな。その眼に抗える理由も分かったわ。お主は真、清き心を持っておる!」


 私たちの会話を聞いていたガンツさんが声を上げ、豪快に笑う。

 なんだかよく分からないが、ガンツさんからも称賛された。


「レスティアよ。ワシの忠告すら無視し、無鉄砲に魔眼所有者狩りをしていたお前さんを救ってくれたこの正直者、決して裏切るでないぞ」


「もちろん、分かってるよ。肝に銘じている」


「うむ……さて、そう言えば他にも用事はあるのだろう?」


「はい。冒険者免許を取得したくて」


「冒険者免許か。良かろう。決まりに則って簡単な鑑定を受けてもらうが、構わんかの?」


「大丈夫です」


「では、ここで済ましてしまうか」


 あまり意味は無いが、今回は指輪も外しておく。入り口で受けた時と同じように一瞬で終わるも、ガンツさんは眉根を顰めて用紙を凝視している。


「うん? 魔力がやけに濃いようじゃな?」


「はい。どうもイメージが強すぎて、洗浄ベイズが暴走するらしくて……」


「魔力総量は落第じゃが、興味深いのう。職業柄、調べてみたいわい」


「だから僕たち、エドラムの森を目指してるんだよね。魔眼研究や魔法なら右に出るエルフの森はないし」


「ほう、だから冒険者免許が欲しいのか。良かろう、ほれ、これが冒険者免許じゃ」


 そういって渡されたのは車の免許証サイズのカードだ。驚いた事にカメラもないのに、私の顔写真が張り付けられている。目の前の光景を正確に描き出す写し絵と言う技術らしい。


「それさえあれば、街の入場料は免除されるぞ。ただ、分かってると思うが階位の低い冒険者は定期的に依頼を受けて貢献してもらわねばならぬ」


「はい。分かってます」


「そうだ、折角だから一つワシから受けてみぬか?」


  


 

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(元)オッサンコレクター、異世界でも自慢のコレクションを作る。 四宮銅次郎 @nep_dou

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