第17話 古森


 エ・マルヌ平原を抜けると、行く手に鬱蒼と茂る森が見えてきた。太陽はもう少しで昼を回る頃だろうか。今のところ、旅は順調に進んでいる。


「あれが古森だね。太古の時代から生い茂る原生林」


 外観のイメージは青木ヶ原樹海に似ている。ただ、木の葉の茂り方が凄まじく、空は晴天なのに森の中は暗い影が落ちていた。


「森の中は暗いから、足元には気を付けて。あの森ではあまり転ばない方が良いよ」


「どうして?」


 墓場で転ぶと不吉、的なジンクスだろうか。あれは角ばった石が沢山あるからケガをする、と言う教訓の意味で作られたものだが。


「僕はエルフだから森の木々とはよく話をするんだけど、あそこは意地悪い連中が多いんだ。悪意を持って傷つけようとする。転んだりしたら、足首掴まれてどこかに引きずられていくかもね」


 いや、怖すぎでしょ。流石、剣と魔法の異世界。こういう逸話も当たり前のように霊的、怪物的だ。


「でも大丈夫! 古い木々は炎や明かりを嫌うから。アルマが作ったアイテムがあれば問題なく通れるよ」


 段々と森に近づいていく。どの樹木も柳の木みたいに枝葉が垂れていて、幽霊みたいだ。暗がりと相俟って、森全体の陰鬱な雰囲気を強めている。じっと見てると木立の間に何かが見えそうだ。


「人だかりがいるけど、どうしたんだろう?」


 レスティアに言われ、森から視線を外す。入り口付近に数人の人だかりと馬車が止まっていた。


「やあ。君たちもオルディネールから来たんだな」


 一人の冒険者風の男が気さくに話しかけてくる。私も頭を軽く下げ、この状況を尋ねてみる。


「この人だかり、何かあったんですか?」


「ああ。最悪だよ。森を抜けられないんだ」


「抜けられない? どういう事? 明かりがあれば古森なんて、真っすぐ歩いてれば抜けられるでしょ」


「俺たちも当然、そうしたさ。だけど、何故かこの森の入り口に戻ってしまうんだよ」


 真っすぐ歩いてるのに抜けたと思ったら、森の入り口に立っているという。確かに奇妙な話だ。


「他にも闇が深すぎて引き返す羽目になった連中もいるよ。こんな事、初めてさ。困ったよ。せっかくオークを討伐したのに、これじゃ報酬を受け取れない! こんな事なら空を飛べる魔法使いを仲間にしておくんだったよ」


 男は肩を竦めると、仲間の元へ戻っていった。


「どういう事だ?」


 レスティアの話なら、明かりさえあれば木々に邪魔されずに抜けられるはずだけど。


「分からない。森の中で何か異変が起きてるのかも」


 ジッと森を見つめるレスティア。


「はぁ、話しかけても安定の無視だね。全く、老獪極まる連中だ。だからエルフにもソッポ向かれるんだよ、この森は」


 憮然として頭を振る。しかしだからと言って、ここで足止めされる訳にも行かない。まだ旅は始まったばかりだぞ。


「行くんでしょ?」


「もちろん」


「じゃ、僕から絶対に離れないでね」


「……分かった」


 そうして私たちは止めた方が良い、と忠告してくる人たちにお礼を言いつつも古森へ突入した。


 *


 外から見ての通り、森の中は薄暗い。足元には深く積もった落ち葉と、それに隠れた根っこが天然の罠になり躓かないように歩くだけでも一苦労だ。それでもアイテム生成で用意したカンテラのお陰でだいぶ助かっている。


「このまま行けば出口、だけど」


 前を行くレスティアは一度、立ち止まってカンテラを高く掲げる。強力な明かりが闇の中に生え揃う大木たちを照らし出した。


「……静かすぎる」


「え?」


「ここ、前通った時は魔物の気配がいくつもあったんだ。でも今は、何もない」


「でもそれならラッキーじゃない?」


 出会わずに済むなら、それだけ早くこの陰気な森を抜けられるのだから。素材やアイテムがお預けになるのは、ちょっと痛いけど。


「そんな単純な問題なら……良いんだけどね」


 レスティアはカンテラを下ろした。


「出口が見えない」


「……迷った?」


「……こんな森で迷うなんて認めたくないけど、そうなる」


「でも真っすぐ歩いてきたよな? 少なくとも入ってから、一度も向きは変えてない」


 私は周りを見る。まるで真夜中のように暗い。

 いや……待て。? 薄っすらとだが周囲の光景は見えていたはずだ。それが今や、塗りつぶしたようにカンテラの明かりの先は真っ暗だ。


「森の闇がこんなに深くなるなんて……さっきの人が言ってたけど、ここまで明確な悪意を示してくるのは一度もなかった」


 レスティアも異変に気付き、弓を構えているが森そのものが敵では手の打ちようがない。


「……アルマ、もっと強い光を作れる? この森は光が嫌いだ。強烈な明かりを生めば何とかなるかも!」


「そういう事なら」


 私は自分とレスティアのカンテラを握る。後、カバンからヘパイトスの火種と言う熱くない人魂のような炎を用意した。


「アイテム生成――!」


 両手の中で三つの素材が混ざり合い、新しいアイテムを生み出していく。


――――――――――――――――――――――――――


【デイキャンドル】 レア度;普 分類:道具

魔力で炎の明るさが変わるキャンドル。

暗闇でも昼間のように輝き、嵐の中でも消えない。


―――――――――――――――――――――――――― 


「これで――!」


 カンテラを消した事で、闇が圧倒的な質量で迫ってくる。私はそれ目掛け、デイキャンドルを高々と振りかざした。


「―――!!」


 その途端、聞いた事もない悲鳴のような甲高い声が上がり、黒い闇が灼かれていった。キャンドルはまるで小さな太陽のような輝きを放ち、全てを白く染め上げる。


「……――」


 恐る恐る目を開けると、そこにはもう普通の森しかなかった。薄暗さはあるが、木洩れ日の光があちこちで瞬いている。


「上手くいった……のか?」


「みたいだね」


 私はホッと息を吐いた。


「森は何であんな攻撃的になったり、入り口に戻したりしたんだろう」


「分からない。何か、良くない力が働いているのかも」


「良くない力?」


「そう。闇に連なる力。暗い意志の呼びかけ……魔王」


 不吉な響きのある言葉だ。そう言えば、オルディネールでも魔王がどうのと言ってたような……。


「先を急ごう。とにかくこの森からは早く抜けた方が良い」


 歩を速めるレスティアに、私は慌てて追いかけた。

 


 

 

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