第16話 旅立ち


 夜明け近くに、私たちは宿を発った。女将さんと最後の別れの握手を交わし、ついに外へ出る。


 薄っすらと東の空が白む黎明の中、周囲の家々を見渡した。この時間の空気は冷たく、肌寒い。明かりのついている家屋は殆どなく、みんな暖かい寝床で夢の中だろう。


 レスティアが生活魔法の洗浄ベイズを何度も使い、ようやく臭いの取れたトロルの安全靴は意外にも保温性が高く、快適だった。冷えるのは足元からなので今も有難く履かせてもらっている。

 ただ、サイズはブカブカなので足首のベルトを強めに締める必要があるが。


「じゃ、行こう」


「オッケー!」


 馬車の轍と旅人の足跡が踏み固めた街道を進んでいく。

 ――ベリグ・ド・マルサン街道。王国に網目のように張り巡らされた通商路。この道を歩いていくだけで王国内の街や村ならどこにでも行ける。


 その構造はローマ街道にも似ていた。この世界のレベルは総じて高水準にあると思う。念願の風呂も大きな街に行けばある、とレスティアに教えられた。少なくとも私がなけなしの現代知識で、どうこうするような文明ではなさそうだ。


「このまま順調に行けば、昼頃にはエ・マルヌ平原を越えて古森の入り口までは行けるかな」


 前を歩くレスティアがこちらを振り返りながら言う。

 古森はオルディネールを陸の孤島にした、大きな森林地帯だ。生息する魔物はスライムやゴブリンより手強く、内部は乱立する木々が作り出した天然の迷路。私もそこまでは行ったことが無い。


「あの森は複雑だけど、ちゃんと対策すれば抜けられるよ。僕に任せておいて」


「頼りにしてる」


 村の外縁部を囲う簡素な木組みの壁まで辿り着く。組織された自警団がいつも睨みを利かせている場所だ。

 詰め所から明かりが漏れていたので、私は顔を覗かせた。


「お、話は聞いてるぜ。エルフの森を目指すんだってな」


 顔見知りの見張りが椅子から立ち上がり、鍵の束を持って出てくる。

 防壁に備えられた両開きのドアのカギ穴に差し込み、ガチャリと鍵を開けてくれた。


「汝らの旅路に幸多からん事を」


 軋む音と共に開かれたドアの先に、道が続いている。遥かなる旅路への、小さな一歩だ。


「……せーの」


 私はその一歩を踏み出す。


 *


 街道がなだらかなカーブに差し掛かる。背後に見えていたオルディネールの壁は木立に遮られ、見えなくなった。

 日はやや高くなり、気温が上がってくる。現在地はエ・マルヌ平原のど真ん中。ここはまだスライムやゴブリンしか出ないから安心だ。


「折角だ、新しいアイテムを試してみようか」


 行く手を阻むゴブリンとスライムの一団目掛け、私はカバンからピンポン玉大の球体を出して投げる。


「ギ?」


 投げつけられたそれを不思議そうに眺めるゴブリン。

 しかし次の瞬間、眩い閃光と共にそれが爆発し、真っ赤な炎が迸った。


「ギャァアアア!?」


 瞬く間に阿鼻叫喚の地獄絵図となるゴブリン軍団。

 激しい炎はスライムも巻き込み、あっと言う間に目の前の魔物の群れは焼き尽くされていった。


「……凄い火力」


「なんか可哀想になって来たわ」


 私は手に持ったピンポン玉を見つめる。


――――――――――――――――――――――――――


【破裂玉】 レア度;普 分類:道具

投げると炎が飛び散る。

田畑を荒らすゴブリン除けとして使われる。


――――――――――――――――――――――――――


 ゴブリン除けというか、駆除してるじゃないか。ここまでの火力とは思わなかったので、使う時は気を付けよう。


「素材は燃え残ったみたいだ」


 燃えカスの中から無傷の素材を拾い、回収する。良く残ったもんだと思うが多分、モンスターが消えてから出てくるので影響を受けないんだろう。


「ねえ、アルマ。これ」


 レスティアが何かを差し出す。


「え、これ……」


 宝箱。一気に緊張感が跳ね上がる。

 誰が落としたんだろう。


 ゴブリンか、スライムかで期待度が変わる。ゴブリンならデクスグローブ、スライムなら悲願の――。


 私はごくりと唾を呑み込み、蓋を開けた。

 入っていたのは――青く輝く剣。


 夢にまで見た、二本目のスライムソード――!


「やっ、た!!」


 思わずガッツポーズを取る。

 ほぼ諦めていたのに、最後の最後で出てくれるなんて!


 悲願のレアカードを手に入れた時と同じくらいの嬉しさだ!


「お前に会いたかったぞ! ヘヘ、ヘヘヘヘ……」


 たまらずに頬ずりをする。


「………」


 視線を感じ、振り返るとレスティアが何とも言えない面持ちで見ていた。


「……ゴホン」


 私はスライムソードから顔を離して咳払い。 

 ……イカンな。日本にいたころは誰もいない場所で喜びを発散させていたが、今はレスティアとの二人旅だ。癖を見せると引かれてしまう。


「……涎」


「え?」


 自分の口元をトントンと指差す。私は使い捨てのふき取り紙で拭い取った。

 幸いスライムソードには付着していないが、後で丁寧に拭いておこう。


「その癖、あまり人前でやらない方が良いよ? 女の子らしからぬ顔してるし。せっかくの美貌が台無しだよ」


「ア、アハハ……気を付けまス」


 女の子でそれなら、オッサンだった頃はさぞやキモかったのだろう。

 良かった、独り身で。





*おまけ

――――――――――――――――――――――――――


【ふき取り紙】 レア度:普 分類:道具

除菌の魔法がかけられた湿った用紙。気になる汚れもサッと吹くだけで。

製造コストが高いのが難点。


――――――――――――――――――――――――――

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