鏡面の君へ

@stenn

プロローグ ある生と死1

  昨日から降り続いた雪は世界を白銀に染め上げていた。見上げる月は怜悧で、淡く白い世界を浮き立たせている。


 小さな街の狭い路地。その子供たちは身を寄せ合って凍える様な寒さに耐えていた。似たような顔立ちの二人は姉弟なのだろう。いつからそこに居たのか二人の肩や背中。頭には雪が降り積もっている。二人のうち少女が纏う薄い衣服から出ている手足はもはや凍えて赤みなどない。もはや白く――青く変化している。もはや血など通っていないかのようであった。


 それでも少女は内に抱く弟を離すことは無かった。弟は力なく、声など発することなく微かに『おねいちゃん』と口を弱々しく開く。その緑の眼には光が消えかけていたが少女ももはや限界が来ていた。


 少女は軽く口元を結んで見せる。


 深夜――いや、雪の日に路地などだれかがおとずれるはずもない。だからこのまま死ぬことぐらい幼い少女にだって簡単に分かることであった。そしてそれはこの国では珍しく無いことだ。


 特にここ――国境の街では。隣国に入ろうとして野垂れ死んでしまう人は沢山いる。そして自分もその一人になるのだろうとどこか少女は月を見上げながらぼんやりと思った。まるで他人事のように。


 (ただ、この子にしあわせになって欲しかっただけなのに)


 いままでひたすら意識を保っていたけれどそろそろ限界であることを少女は悟る。倦怠感が酷い身体はもはや指を動かすことも億劫であったし、既に手足の感覚は無かった。


 凍えたまま仰ぐ月はとても綺麗に見える。とても怜悧で神秘的だ。


 涙も枯れ果てた緑の目が揺れる。このまま死にゆく自分。恐らく弟も死ぬだろう。後悔と願いと悲しみで喉が詰まる様な想いだった。


 (神さま――)


 一度口元を結んでから無理やりにでも笑顔を作る。


「つ……頑張って。おねいちゃんが絶対に助けてあげる、から。朝になったら助けを呼びに……」


 ふと、さくりと音が聞こえた気がした。新雪を踏みしめる音。それは小動物の軽さではないことは確かで重量感がある――それは一定のリズムを刻んでこちらに近づいてくる。少女ら二人はぐっと身を強張らせていた。


 助けだと思うには――彼らは擦れすぎていたのだ。このままここで死んでも良いかも知れない。そう思うくらいには。


 逃げようにも逃げられる筈もなく。少女はぐっと残った力で少年を護るように抱きしめていた。


「子供?」


 銀色――だと少女は思った。魔を打ち払うかのような高潔な。その銀の双眸を持った少年――少女より幾ばくか年上だ――は慌てた様子で少女ら二人を抱き留める。夜に溶ける様な黒い髪が白い肌を際立たせている。


 整った顔立ちはまるで――。


「神さま?」


 糸が切れた様に薄れていく意識。その中で辛うじて少女は言葉を紡いでいた。


「――どうか。弟を助けてください」

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