第6話 罠の香り

東京の夜は、どこか重い霧に包まれていたかのようだった。空には雲が厚く、街の光もそれに反射してぼんやりとした輝きを放っている。厚生労働省のビルは、そんな静かな夜を背にして、巨大な影を落としていた。ビルの最上階では、竹見敬三が自分のオフィスで一人、電話を握りしめていた。


「お前たちの仕事はすぐに終わらせる必要がある。」敬三は、低い声で電話の向こうに命令を下していた。「あのUDIラボの連中が、私たちに対して手を出そうとしている。次に彼らが動き出す前に、先に動け。ミコトを止めろ。」


彼の口調は冷酷そのものであり、何の感情も感じられなかった。電話の向こうで相手が応答すると、敬三は小さく頷いて電話を切った。


「愚かな連中だ。」敬三は、窓の外を見つめながらつぶやいた。「我々の計画を邪魔しようなど、無駄な努力だ。」


その瞬間、ドアがノックされ、厚労省の秘書が顔を覗かせる。「大臣、松本会長がお見えです。」


敬三は一瞬表情を緩め、手招きで秘書に彼を入れるよう合図した。松本与四郎がゆっくりと部屋に入ると、彼の顔には余裕のある微笑が浮かんでいた。


「敬三君、進捗はどうだ?」松本は大きな革張りの椅子に座り、手元のシガーを取り出しながら尋ねた。「問題は起きていないか?」


敬三は軽く笑って首を振った。「問題などない。すべて計画通りに進んでいる。UDIラボの連中が少しばかり騒いでいるが、それもすぐに沈静化するだろう。」


松本はシガーに火をつけ、深く煙を吸い込んだ。「そうか。あのミコトという女、なかなか鋭いが…最後に笑うのは我々だ。彼らが真実にたどり着く前に、全てを消し去ればいいだけだ。」


二人は一瞬、静かな笑いを交わしながら、緊張感の中にも余裕を持っていた。彼らの背後には、日本医療会という強大な組織が控えており、厚労省の力と共に医療界全体を支配するという壮大な野望が動き出していた。


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一方、UDIラボでは緊迫した空気が漂っていた。解剖室から一つの重要なデータが発見され、ミコトと東海林がその分析を急いでいた。ファルコンの試験データに隠されていた不正は、竹見敬三と松本与四郎が関与していることをほぼ確定させる証拠だった。しかし、それを公表する前に、更なる確固たる証拠が必要だった。


中堂は、解剖台の上で横たわる遺体をじっと見つめていた。その眼光は、死者の声を聞こうとするかのように鋭かった。「この男も犠牲になった一人だ。だが、彼の死が我々を真実に導く。」


ミコトはデータを確認しながら、中堂に向けて頷く。「間違いないわ。この患者もファルコンを投与されていた。そしてその副作用が、命を奪った。」


「竹見敬三は絶対にこれを隠そうとするだろう。」中堂は苦々しい顔で煙草をくわえながら言った。「連中が次に動く前に、俺たちが先手を打たなければならない。」


ミコトは何かを決意したかのように、深く息を吸い込んだ。「次のステップは、告発だ。私たちがこれ以上動けなくなる前に、この証拠を公表するしかない。」


東海林はタブレットを手に、すぐに準備を進め始めた。「公表するタイミングを慎重に計らないといけないわ。彼らが反撃してくることは間違いないから。」


その時、坂本が走り込んできた。「ミコト!聞いてくれ、奇妙な動きがあるんだ。厚労省から何者かが私たちの動きを探っている。」


その一言で、部屋の空気は一瞬にして冷え込んだ。厚労省が動き出しているということは、彼らがすでにUDIラボの調査に気づいている証拠だった。


ミコトは冷静に対応しながらも、その緊張を隠せなかった。「彼らが私たちを狙っているということね。でも、私たちは諦めない。全てが暴かれるその時まで、真実を追い求める。」


中堂は静かに笑い、「連中が何を仕掛けてこようと、俺たちの決意は変わらない。さあ、奴らに一撃を食らわせてやろう。」


その夜、UDIラボのメンバーたちは、竹見敬三と松本与四郎が織り成す巨大な陰謀に立ち向かうため、最終的な準備を整えた。彼らは、真実の光を灯すために、命を懸けた闘いへと突き進む覚悟を決めた。

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