私は君のそういう顔が見たくって!

竹小路クレハ

私は君のそういう顔が見たくって!

「ヒロちゃん……、あ゛ぅ……」


 目の前には、一生懸命に股を股に擦り付けている女の子。

 薄暗い部屋。汗の匂い。車の走る音。


「ん……、ふ……」


 摩擦に合わせて漏れ始める、私の吐息に甘ったるい声。

 知らない天井。招かれた部屋。仕事で居ない両親。


「ヒロ……、ちゃッ……!」

「え……」


 突然、女の子は痙攣する。したと思えば、ぱたり、私に重なる。

 ああ、もう終わりか。やっと気持ちよくなってきたところだったのに。

 女の子は最中よりも呼吸を粗くして、どうやら余韻に浸っているようだ。


「ヒロちゃん……、ふ……、はあ」


 うるさいな。馴れ馴れしいな。耳元で、気持ち悪い。

 まあでも、そんな周りも見えてないような子だし、もう少し雑に使ってさよならすればいいか。


「あのさ」

「なあに……、ヒロちゃん」


 ずい、と至近距離まで顔を近づけてくる。鬱陶しい。


「私、まだ……」

「……、あ。ふふ、どぉしたの?」

「い、言わせないでぇ」


 茶番だ。

 すると、女の子は大袈裟に顔を両手で覆って、一瞬の柔らかいため息を付いた。

 そして、私の股の位置までズリズリと下がる。


「はぁ、ヒロちゃん……、きれいだよ」


 そういうのいいから。

 女の子は、はく、と私の股に口を近づけた。


「ん……」


 大袈裟に反応してみる。

 ベロの動きがもっといやらしくなる。

 でも。こないだの子のが上手かったな。


「き……、もちい」

「かあひい、ひおひゃん」


 喋らないでよ。君は私を気持ちよくすればいいの。

 いっかいイッたら君は終わりだから、もう。替えはいくらでもいるの。

 かっこいい、かっこいいって。女子校だからって、勘違いして、私を王子様に仕立て上げる君たちみたいな人間、ホントのところ嫌い、大嫌い。めんどくさいし、うるさいし、鬱陶しい。

 いいことなんて、チョロいから欲求不満を解消してくれることと、ほんの少し人生が楽なことくらい。

 あ、イケそう。


「は……、は、う゛」

「ひおひゃん♡」


 だから喋んな。集中しろよ。

 ああ、会いたいな。

 会いたい、スズ。

 私、君のために今日も、気持ち悪い信者で我慢したんだよ。

 スズ。スズ――。


「い゛っ――」


プシッ――。




私は君のそういう顔が見たくって!




「くぁ……」


 ぼやぼや、登校中の油断。と言う名のサービス。

 少し離れたところで黄色い声。ギャップがいいとか。レアなの見れたとか。かわいいとか。勝手に価値を見出して、たかが欠伸にお金が飛んできそうな勢いだ。

 そしたら、適当なコに目を合わせて、お、は、よ、と口を動かす。するとそのコはヘナヘナと声を上げて、胸の前で両手を握っていた。

 面倒だけど、大事なこと。

 さっきのやり取りを見て、隣の子が文句を言う。あっという間に口論になる。

 ここで私が仲裁すれば……、でもそこまではしない。

 だって面白いもん。情けないね。可愛そうだね。


「ん」


 どーでもいいか、と目線を校門の方に向けた瞬間、私の寝ぼけた脳みそが活性化する。

 私の胸くらいの身長。重めの前髪。膝下のスカート。ぶかっとしたセーター。芋っぽい眼鏡。

 私を、探す、視線。キョロキョロ。


「ス――」

 

 言いかけて、ハッとする。こんなのあの子達と同じじゃないかと。イメージが崩れるじゃないかと。

 ああ、ああ。スズ、今日もかわいい。スズ。


「……!」


 あ、こっちに気付いた。控えめに腰元で手ぇ振ってるかわいい恥ずかしがり屋さんだもんねかわいいな真面目だから周りの目線も気になっちゃうんだよねああでも私への気持ちを伝えるために振り絞った勇気がその表現なんだよねわかるよかわいいいつもかわいいけど今日は――。

 ん……。


「……」


 ま、た、ね。口を動かすスズ。そのとなりで門を通り抜ける私。

 早くFINEでメッセ送りたい。もういいや歩きながら送っちゃお。

 おはよう。と。


ファイン!!!

「ひゃ!」


 音、大き!ひゃって漏れてた、可愛すぎ。

 ああ、昨日の疲れが吹き飛ぶなあ。

 あとで。が、とっても楽しみだ。

 殆どの生徒が部活の朝練に励む時間。ホームルームまでの60分、秘密の校舎裏。私達だけの時間。

 スマホの画面を消して後ろを盗み見る。ちゃんと着いてきてる。かわいい。

 校舎に直行せず、周りを見てから道を反れる。並木の6つ目、隙間を縫って校舎の壁に寄る。校舎の角、人気が無い、近くに窓もない、視界も遮られている。

 もう一度周りを見てから、


「スズ、おはよう」


 振り返って、きゅ、と抱き寄せる。


「おはよう」


 にへ、と笑うスズ。かわいすぎて。両手で頬をむにむに。

 真面目なスズ。誰も来ないのに、心臓がばっくばくなのわかるよ。平気なふりして、そわそわ。伝わってるよ。

 60分、たくさんお話しようね。

 でもなんか、なんかさ、髪の毛が1本少ないみたいなレベルの違和感、伝わってるよ。

 ねえ、なんか、不安になる。


「わ、わ、くるしいよ?」


 離さないからね。おかしいもん。スズが私に隠し事なんてしないもんね?しちゃだめだもんね?


「スズ。何か、あった?」

「へ?……、ううん」


ギュム。


「ぐぇ」

「心配だよ。調子悪い?誰かになにかひどいことされた?両親とうまくいってない?学校のこと?」

「……、ぅ……」


 あ、顔背けちゃった。勘違いじゃなかったね。やっぱり何かあるんだ。

 ひどい。おかしい。なんで。隠し事。変だよ。スズ。スズ。


「……」


 黙っちゃうんだ。どうして。こんなのスズじゃない。後ろめたい事があるんだ。

 こんなに好きなのに。こんなに愛しているのに。

 不安。何。泥棒猫。気持ち悪い。誰。誰が――。


「ひどいこと」

「え?」

「された……、かも」


 ぞわわ、全身が気持ち悪い。

 誰。誰に。嫌がらせ。いじめ。誰。許せない。殺――。


「ヒロ……、ちゃんに」

「……、は?」


 力が。抜ける。

 キィィィン。頭がうるさい。

 わなわな。後退り。


「な……、え……」

「……、ヒロちゃん」


 泣きそうなの?なんで?私?スズ?


「昨日、ヤマサキさんの家でなにしてたの」

「や……、ま……」


 ヤマサキ。だれ。知らない。待って。あいつか。あいつかよ。なんであいつ。あの糞女。なんだよ。邪魔すんなよ。


「なに、も……」

「スイちゃんは?」


 ぐらり。めまいがする。

 なんで。あいつだ。あのブス女。女の股舐めるしか脳がないあいつだ。なんで。いや。待って。


「スイちゃん、私の友達だよ?どうして……」

「ちが……」


 そうだったの。なんで。あいつ喋りやがった。キモい。今までこんなことなかった。あいつなんて。たまたま我慢できなくて適当に――。

 待ってよ、イワ……、ヤマサキは。あんな頭の弱い女スズと仲良しなわけない。一番仲いいのは私だから。あいつはなんで。疑われた。ツケられた。なんで。そんなのスズじゃない。私は。私は。


「誰でもいいんだ。変態さんなんだ」

「ちがう、ちが」

「わたしじゃだめなんだ。私にはヒロちゃんしか居ないのに」


 違うって言ってるのに。分かってくれない。頭いいのに。優しいのに。聞いてよ。なんで。


「ちがうよ」

「っ……」


 手ぇ痛い。壁ドンしちゃった。びっくりしてる。怯えてる。やめてよ。怖がらないで。


「スズのためなの」

「は?」


 なんで涙ぐむの。初めてだよね。でも知ってるよ、スズ優しくて怒り慣れてないから怒ろうとしたら泣いちゃうんだよね。でもなんで。スズのためなんだよ。好き。大好きだよ。


「スズを愛してるから」

「私の気持ちなんてどうでもいいんだね。好きな人が色んな人とエ、エッチして――」

「なんでわからないの!!」

「ひっ……」


 あ。嫌だ。嘘。怒ってない。いまのは違うの。

 手、上げたけど、ほんとにぶつわけ、ないよね。


「……、わたしじゃ。だめなの?」

「え……?」


 そんな目で見ないで。


「もう嫌いになっちゃったの?わ、別れたいなら……、言っ……うぅ」


ギュ――。


「好き。愛してる。」

「嘘、ヒロちゃんもう……、私、私がこんなだから嫌いになっちゃったんでしょ」

「ちがうよ。好きだよ。好き」

「ちびだし。のろまだし。地味だし。バカ真面目だし。つまらないコでごめんね……」

「かわいい。スズは一番かわいいから……、から……」


 あ、スズの匂い。いい匂い。

 ずっと。ずっと我慢してきたのに。

 こんなの初めてだよ。ねえ。スズ。


「から、どうしたの?……、聞いてる?」

「……」


 いつからこんなひどいコになっちゃったの。私はスズのためにこんなにも我慢してきたのに。

 欲求不満な私も、我慢して、我慢してきたのに。


「信じ……、てよ」

「……。」

「ずっと……、我慢してたよ」

「……。なら……、我慢しなくていいよ」


プツ――。


 え?

 我慢。しなくて。いいの。


「だから私と……、チ……、チュ――」


パシン――!


 ああ、ああ。しちゃった。我慢、いらないんだもんねえ。

 スズへの、エッチな気持ち、我慢しなくていいんだよね。

 ほかとは違う、スズだけの。私だけの、特別な愛――。


「?……、い、いたい……、??」

「好きだよ。愛してるよスズ」


 震えてる。かわいい。目から光が消えていくよう。絶望に飲まれるような、私にまだ救いを求めている心の奥。


ドッ――!


「かッ……、ひゅ……、?」

「スズ……、スズ!」


 壁に叩きつけられてびっくりしたんだ。その目、だんだんと。真っ暗。涙が溢れ出て。

 きらきら、きれいだね、スズ。私しか知らない顔。もっと知りたい。その、その、きれいになった顔、もっと見せて。


「い……、えぅ、やぁ……」

「座るの?疲れちゃった?」


 ははぁ、ははぁ。息遣いもとってもエッチになってきたね。かわいいよ。

 震えもすごいね。ブルブル。木の枝持って――。


「こな……、で」

「いたっ」


 もう。ほっぺ、切れちゃった。

 そんなに欲しいんだ。スズも変態さんなんだね。


パシン、パシン――!


「がっ……、うぁ、うあぁ……、ヒック」


 もっと、もっと見せてよ。足りないそんなにブサイクに歪ませた程度じゃ足りない。 

 スズも意地悪だなあ。私はこんなに我慢してきたのに。


「いやあ!……、ぶっ、ぶたないでぇ……、ごめんらはい!ごめ――」


ドカッ――。


「いだいっ!……、あああっ!」

「もっとかわいいスズを見せて」


 何が足りないんだろう。もうこんなに、私しか知らない顔を見れたはずなのに。

 こんなに可愛くて、ドロドロで、もう私を見れないのに見るしかないくらい。

 ね。スズには私しかいないんだから。こんなに可愛くできるのは私だけだよ。

 痛いよね、苦しいよね。エッチだよ、スズ。かわいい。いっぱい愛してる。


「だからもっと」

「やあああ――」


ドッ――。


「逃げないで?愛してるから」

「ヒュ――」


 スズ。暴れるから首抑えちゃったよ。もうスズの声聞けないじゃん。

 でも、あは。なんだか凄く、これ、気持ちいいね!スズ!


「……、!ぎ……、!」

「ねえスズ!死んじゃうね!」


 ああこれ、すっごい。

 首。首に力を入れればいれるだけ、嘘みたいにジタバタ。こんな機敏なスズ初めて!

 メキ。コリ。ギュ。気持ちいいね。楽しいね。


「顔見せて。もっと見せて!」

「……、!……」


 足元あったかい。きれいな、きれいなスズのおしっこ。

 こんなスズの顔、絶対、私しか知らないよね。

 これって。すっごい特別!

 きれいだよスズ。かわいいよスズ。

 くらやみの目。あわあわなお口。しわしわな唇。


「ああ、ああっ……、ふひ!」

「…………」


 これが。ああ。これが。

 

「………………」


 動かなくなっちゃった。ぷらん、ぷらん。

 でも、みて、スズ。君はこんなにも、こんなにも可愛くなれた。

 これが一番きれいなスズなんだ!

 ああ、ああ!ずっと、ずっと!


「私は君のそういう顔が見たくって!」

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私は君のそういう顔が見たくって! 竹小路クレハ @takenokozirou

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