第70話:ダンジョン祭――開幕

 午前十時に差し掛かり、始まりを告げる祝砲が空に打ち上がった。

 それにより祭り会場である新宿の一区画に人が雪崩の様に溢れ……俺等の屋台にも人が集まってきた。


「……まぁ最初の客足は予想通りだな」


 一応だが、式と綾音……そして冒険者の中では俺は割と有名な方なので、その効果もあって客の数が多い。曲がりなりにもSランク冒険者である綾音がやってる店ということに加え、彼女が前日に配信で宣伝したからだろう。


「…………やばぁ」


 ――だからこそ、多く客が来るのは理解していた。

 味に関してもバアルの作物だから質が高いし、売れるだろうな……という事も分かっていた。だけど……ちょっとこれは予想外。

 

「ねぇ霊真、削るの間に合わないだけど」

 

 目の前に広がるのは、異常なまでの人の列。かき氷を担当する綾音がそれを見てそんな言葉を漏らした。

 ……二列どころか、四列で焼きそばとかき氷の屋台の前に並ぶ人々、バアルの加速があるから焼きそばはまだ回っているが、かき氷が明らかに間に合ってない。


「…………【サモン】メルリ」


「むぅ……なんだいレイマ? 私に会いた――ってなんだいこの人の量?」


 元々多く客が来るとは分かっていたから、かき氷を削る機械は四つは用意してた。

 市販品だが良いのを用意したし、何よりそれで間に合うと思っていたからだ。だけど、これを見る限り足りないし、まだまだ午後があり増えることが分かった以上、圧倒的に足りない。


「メルリ、氷削る機械作れるか?」


「……あぁーいいよ、その代わり今度ご褒美頂戴?」


「分かっただから、頼む」


「まっかせて! ――まず【解析】して、ふぅんこういうのなんだね」


 一個の機械を解析した彼女は、魔法というか……今回に関しては錬金術で六つほどの機械を作った。それに合わせて凝り性な彼女は、雪の妖精の様な使い魔を呼びだして、そいつらに削るのを任せることにしたようだ。


「冷たいお菓子なら、それに合わせて雪ん子仕様さ! 可愛いだろう?」


 絵面的には、雪ん子達がせっせと取っ手を回して、氷を削る絵面なんだが……確かに暴力的に可愛くはある。というか、雪に関するもので可愛いものが好きな綾音の手が止まるぐらいには可愛かった。


「あの動画良いですか! かき氷は苺でお願いします!」


「はいよー。あ、雪ん子達を持ってかないでくれよ?」


 女子高生辺りのお客が、その見た目にやられて動画を撮らせてくれないかと頼んできた。可愛いに魅了されたのか、持って行きそうな勢いだったので一応釘を刺す。


「ありがとうございます!」


「三百円な、よかったら宣伝してくれ」


 焼きそばは式とバアルが焼いているし、氷を削るのは綾音と朝日……そして増えた雪ん子達が作ってて、客引きはルナとベヒーモスがやっている。

 ……だから残った俺は、会計関連を任され約二時間ほど作業を続け――限界状態でやっと休憩時間となった。


「……今更だけど文化祭の規模じゃねーよな」


「俺もびっくりだよ、それに宣伝効果やっぱりやばいわ」


 疲れに疲れ切った正午、焼きそばが完売し俺と式は休憩しながらもそんな事を駄弁っていた。


「とりあえず、俺等は休憩だが……どうだ親友、一緒に屋台でも巡るか?」


「いいかもな、それに雪ん子達もいるし綾音も誘おうぜ」


「おっそれいいな霊真」


 そうして綾音も誘って休憩することになり、召喚獣の皆に店を任せて――いつメンで俺達は文化祭や他の屋台を巡る事になった。

 祭りらしく色々な食べ物の屋台が並び、遊べる屋台も沢山で、色々買いながらも三人で歩いていたんだが……約三十分後のこと。


「うん、なんか予想してたけど……はぐれて迷った」


 案の定というか俺らしいと言うか、広すぎる新宿の会場で……俺は二人とはぐれてしまい……あまりにも多い人の波から外れた場所で、一人項垂れていた。


「まじで、終わった……これ、この規模の祭で電話で合流は無理だし、単純に人の波がやべぇよ」


 とりあえず波に移動を任せてかき氷の屋台まで戻れればいいと判断した俺は、メッセージアプリにその文言を送り、移動しようとしたのだが……。


「うぅー迷っちゃった……」


 視線をずらした先に、俺と同じように誰かとはぐれたのか完全に項垂れる知り合いの姿がそこにあった。いつものスーツ姿ではないが、完全に知人であるその人。

 見るからに困ってそうなので、ひとまず俺は声をかける。


「えっと紗綾さん……大丈夫ですか?」


 そこにいたのは、大和さんの孫であり、俺の冒険者としての担当である草薙紗綾くさなぎさやさんだった。意気消沈していた彼女は、俺を見た瞬間に目を輝かせ……そのまま縋るように。


「えっと霊真君、助けてぇ」


 涙を瞳に浮かべて、そんなことを言ってきたのだ。

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