第56話:被害甚大

 魔法を使い相手を凍結させた瞬間、ダンジョンにすらそれは広がった。

 余波……と言うほどには、あまりに異常な被害――完全に魔力を込めすぎた影響だが、これ大丈夫なのだろうか?


 森全体が凍っていて、隠れていた魔物達も感知できる範囲にいるのは命を失っている。ニブルヘイムに堕とすというこの魔法の被害を受けた全ての者が、簡単に言えば全部凍ったのだ。


「……やり過ぎ、レイマ」


 リコリスに言われたとおりに完全にやり過ぎたと思ったし、何よりこれ大和さん巻き込んだ説がある。


 一応言い訳をさせてほしいのだが、あれだけお膳立てされて派手な技を使わないのはというのと……倒しきれなかったらダサいということがあったのだが――これ、俺が悪いかもしれない。


「おい坊! ……お前」


 氷に沈んだ世界で声がかけられる。

 体に霜をつけながらも何かを考えながら彼は俺の元までやってきた。少し重い声音に、びくりと体が跳ねて少し怖くなったが――彼の行動は予想できないもので。


「すっげぇな! 本当にお前サモナーか? というかダンジョン全部凍ってるじゃねぇか!」


 わしゃわしゃと俺の頭を撫で始めて、めちゃくちゃ褒めてくれたのだ。

 年上にそれも自分が認めた相手に褒められるという……久しぶりの経験。

 この日本で誰よりも強く、俺を恐れない彼に褒められるというのは――何というか気恥ずかしくて、言葉に詰まってしまう。


「怖く、ないのか?」


「あ、なんで怖がる必要あるんだよ……ただすげぇだけじゃねぇか」


 顔色を少し疑うが……そこにあるのは、純粋な善意というか驚きのみ。

 その反応は俺を今この世界で恐れず接してくれる式達と同じもので――少しだけだが、信じて良かったと思えた。


「にしても――どうするか」


「やっぱり攻略したのは不味かったよな?」


「いや、そこは調査した結果危険だからでいいんだが……ちょっと空見てみろ」


「……空?」

 

 彼の言葉に従うように少し上を見てみる。

 このダンジョンの入り口は降りる形式になっており、多分構造的には地下に偽りの空がある感じだったのだが……上を見ればそこに穴が空き、ちょっと冷気が。


「あ、まず――えっと、流石に上に被害はない……筈」


「そうであってほしいが――って誰か来るな」


 そう言われたとおりに、あの穴から誰か飛び降りてきて――俺達を見るなり声をかけてきた。その人物はスーツ姿の薄緑の髪をした女性であり、かなり仕事な出来そうな印象を一目で抱けるような、最近知り合った人だった。


「あれ、霊真君に――なんでお爺ちゃんもいるの!?」


「かか、来たのはお前か紗綾! 丁度ダンジョン攻略したぜ?」


「したぜ? じゃないよ!? 急にダンジョンに穴開いて少し冷気が漏れて周囲の木々が凍ってるんだよ! 霊真君からの報告遅かったから来たら――こんなんだし、なにがあったの!?」


 彼女の名前は草薙紗綾さん。政府に所属するAランクの冒険者で、今回の俺の記録を渡す相手……仕事が終わったら会いに行く予定だったけど、異常事態故かダンジョンに入ってくれたらしい……けど。


「すいません」


「あれ、なんで霊真君が謝るのかな?」


「謝る必要ねぇだろ、倒すためにはアレ必要だったんだし」


「すいません、手加減忘れました――はっちゃけちゃって」


 これ、完全に俺がノリ過ぎたのがいけないし……あとで氷を溶かさないとやばいよなぁと。このダンジョンは異界型っぽいし放置でいいが、流石に周囲の環境に被害が出てるのは不味いから。


【――しゅ、朱曜の夜樹国が、こ、攻略され――ました。え、力業過ぎません?】


 なんか意思がないはずの世界の声が自我を出しながらもドン引き――初めての現象に戸惑う紗綾さんと笑う大和さん。俺が悪いのか? とか思いながらも、純粋にやり過ぎたと反省した俺は……とにかく次の声を待つ。


【――とにかく、報酬として朱のゴライアスの魔石を――あれ、渡せない?】


 こっちに魔石を送ろうとしたのだろうが、魔法で完全に凍結しきっているゴライアスから魔石が取れないようで……そんな困惑した声だけがダンジョン内に響いた。


「おーおー珍しいな、世界の声が戸惑ってやがる。こんな光景レアだぞ?」


「そんな事を言ってる場合じゃないってお爺ちゃん! 普通に報告案件だって! あーもう、世界の意思が困惑するって何!?」


「すいません、本当にすいません!」


「すげぇ魔法だったなぁ、マジで」


【えっと……ダンジョンは十分後に消滅しますので、転移門でお帰りください。一応枯れた木の中にあるので暴れないで欲しいです】

 

 そしてカオスしか残さない状況で、最後にそんな声が聞こえたが魔石魔石と鼻歌を歌いながらも朱のゴライアスの魔石のみを大和さんは斬り出して――そのまま俺達と転移門の方まで向かい、普通に一足先に出て行ってしまった。


「……あとで、報告聞きますね」


「はい――報告書、もう使えないでしょうがありますので渡しますね」


「――助かります。あと外の影響なくせるならお願いです」


 そうやって哀愁を漂わせる彼女を見て、俺が悪いとはいえ――本当にいつもこの人苦労してそうだなと心底思った。

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