第3話:幼馴染

 子供を庇う俺に迫るグリフォンの凶爪、それはあと数秒で俺を引き裂くだろう。

 この攻撃を受けても俺は死なない、それどころかこの間合いなら反撃すら出来るだろう――でも、だけど……異世界の経験が、その記憶が俺の体を鈍らせる。


 だからこそ、飛び出すのは愚策で見捨てれば俺は安全だった。

 力を使う必要もなく……ただ逃げて傍観者でいれば――。 

 与えられる選択肢は二つ、倒すか受けるかのみ。考えてる暇はない、ただ選ばないといけなくて――。

 

「――ッ霊真!」


 母さんの声が聞こえる。

 今にも泣きそうなその声と顔が目に入り余計に俺の思考が固まった。

 

(馬鹿野郎、また心配させたら意味ないだろ!)


 そこからの判断は一瞬、魔法が使えるならと俺は――一つの呪文を口に出す。


「――【サモン】!」


 対象を指定してる暇などない、契約した誰かさえくればと俺はその魔法を発動し――手元の魔法陣から何かの影が飛び出した。

 覚えのある気配と極寒の冷気、一瞬で周囲の環境を変えるほどのそれが溢れた次の瞬間。


「【死氷】」

 

 別の魔法の気配をどこかから感じて、グリフォン凍り付いた。

 第三者による攻撃、それは誰かが来たことを語っており不味いと思った俺は、すぐに喚んだ存在に指示を下す。


(悪い、説明出来ないけど今は隠れてくれ)


 それを伝えて前を見ればそこには一瞬で氷像と化した魔物。

 まるで最初からそんな存在だったかのように変貌し、数秒足らずでそれは砕ける。


「――今の技って」


「氷姫だ――氷姫が来てくれたぞ!」


 そして周りにいた人達は、誰かが来たことを喜び氷姫と来た存在の事を称え、


「あの――大丈夫、ですか?」


 そしてそれを聞き唖然しながらも子供を庇う俺に声をかけてくるのは白髪の少女だった。


 真っ白な雪のような髪をした赤目の……どこか、ウサギのような印象を抱かせるそんな少女。どうしてか見覚えのあるその子の姿が妙に記憶に引っかかる。

 何だろうかと思っていると、次の瞬間に少女の赤い目が見開かれて……。


「――なんで、霊真がここにいるの?」


 そして彼女は、心底驚いたような表情で俺の名前を口に出した。

 

――――――

――――

――


「ありがとう綾音あやねちゃん、霊真を助けてくれて!」


「……助けるのは当然。そっちも無事で良かった宗夜そうやさん」


 ダンジョンからの魔物の逃走事件、それが収拾した後の事件現場から離れた場所で父さんは白い少女にそう言った。その少女は困ったような顔を浮かべ俺の方をチラチラと見ながらその言葉を素直に受け取ったようだ。


(――ますた、いつでればいい?)


(悪い……もう暫く姿消しててくれ、それと後でこの――箱が移動するから着いてきてくれ)


(了解だよ、ますた)


 ずっと隠れてくれている召喚獣の子から念話が飛んできたのでそれに応答しながらも、俺は改めて彼女を見た。

 記憶にずっと引っかかってる彼女、綾音という名前を探れば……思い出すのは異世界に行く前に最後にあった幼馴染みである雪崎綾音ゆきさきあやね

 

「宗夜さん――本当に霊真は目が覚めたんだ」


「あぁ、家に着いたら会わせるつもりだったんだけどな」


「我慢できなくて……でも、来て良かった」


 ほっとしたようにそう笑う彼女の笑顔は記憶より成長しているも彼女のもの。

 魔法を使える以外は変わらない幼馴染みの姿に……ここにくるまでにあった違和感が加速する。


「ねえ霊真……久しぶり」


「………………悪い」


 ずっとあったその予感に苛まれながらも、俺は一言謝罪した。


「なんで謝るの?」


「ごめん、綾音ちゃん……伝えてないことがあるんだ。霊真は今――」


「父さん俺が話すよ――えっと、俺今記憶喪失なんだ。だからあんたが誰か分からない」

 

 本来ならこんな事を彼女に言いたくない。

 でも……この違和感がなくなるまでは、そして一度嘘をついたのならば吐き通さないと父さん達に悪いから。


「――冗談……じゃない? ほんとなの?」


 さっきまでとは一変して震えた声で話す彼女。

 ……父さんがそれに頷けば、綾音は目を伏せて、


「そっか……ごめんね馴れ馴れしくて――えっと、私は綾音。雪崎綾音っていう君の幼馴染みだよ」


 そして辛そうな表情でそんな風に自己紹介をしてくれた。

 ……増える罪悪感、彼女にそんな事を言わせたくないが……どうしても今は記憶喪失設定を貫かないといけない。


「とりあえず……宗夜さん達は帰るんだよね? 私も一緒に車に乗っていい?」


「構わないが……大丈夫かい?」


「うん、霊真が生きてただけで嬉しいから」


 それから気まずい空気が流れながらも車で帰ることとなり、会話もないままその日は家に着いた。


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