テキサスの道と約束

にゃーQ

第1話 旅の始まり

 荒野に吹き付ける乾いた風が、ジョージの顔を打った。彼はテキサスの乾燥した地面をじっと見下ろしながら、亡き友人ビルの息子、ルークを連れて行く決意を固めた。ビルの最後の願いは、息子をカンザスに住む親戚の元へ無事に送り届けることだった。ジョージにとっては、友人との絆を守るための旅が今、始まろうとしていた。


「よし、ルーク。行くぞ。」


 ジョージは帽子を深くかぶり直し、ルークに手を差し伸べた。ルークは父親を亡くしたばかりで、心ここにあらずという様子だったが、静かに頷き、ジョージの後をついていった。牛たちの群れが足元でのんびりと草を食んでいた。彼らはこれから長い旅を共にする仲間だ。


「この牛たちを守るのも、お前の役目だぞ。」ジョージはルークに言い聞かせるように語りかけた。


「わかった、ジョージさん。でも、僕にできるかな…?」


「できるさ。少しずつ覚えていけばいい。焦ることはない。」


 ジョージの言葉は落ち着いていて、ルークに少しだけ安心感を与えた。しかし、それでも不安は残る。ルークはこれまで牛を追ったこともなければ、広大な荒野を旅する経験もなかった。テキサスからカンザスまでの道のりは、少年にとっては途方もない挑戦のように思えた。


 旅は順調に始まったが、道中、彼らはさまざまな困難に直面することになる。まず初めに出くわしたのは、川を渡らなければならない場所だった。水かさが増した川は、いつもよりも流れが速く、牛たちを渡らせるには危険が伴う。


「気をつけろ、ルーク。牛が流されないように、しっかり見ていろ。」


 ジョージは手際よく川を渡り始めた。ルークもそれを見習い、牛たちを誘導しようと奮闘したが、まだ慣れない手つきで、時折、足元を滑らせそうになる。それでもジョージの落ち着いた指示のおかげで、牛たちは無事に川を渡りきることができた。


「よくやった、ルーク。初めてにしては上出来だ。」ジョージは微笑み、ルークの肩を軽く叩いた。


 ルークは少し顔を赤らめながら、ジョージに照れくさそうに微笑み返した。父親が生きていたころ、このように褒められたことがあっただろうかと、ふと考えたが、記憶は曖昧だ。父親を亡くした悲しみはまだ色濃く残っていたが、それでも旅の中で少しずつ前を向こうとする気持ちが芽生え始めていた。


 その日の夜、彼らは野営をすることにした。焚き火がパチパチと音を立て、周囲の静けさを際立たせる。ルークは火を見つめながら、心の中で父親との思い出を辿っていた。ジョージは地図を広げ、カンザスまでのルートを確認していたが、時折ルークに視線を送る。少年が抱えているものの重さに気づきつつも、それをどう支えてやればいいか、ジョージ自身も迷っていた。


「ジョージさん…」ルークが静かに口を開いた。


「なんだ?」


「父さん、僕をカンザスに送るって、本当に喜んでると思う?それとも…僕を手放したかったのかな…?」


 ルークの声は弱々しく、どこか遠いところに向かって問いかけているようだった。ジョージはしばらく答えを考えながら、火の明かりを見つめた。ビルが何を考えてルークをカンザスに送り出そうとしたのか、正確な答えは誰にもわからない。しかし、ビルが息子を愛していたことだけは確信していた。


「お前の父さんは、お前を大事に思っていたさ。それだけは間違いない。」


 ジョージの言葉を聞いたルークは、火の明かりに照らされてその顔にわずかな微笑みを浮かべた。しかし、内心ではまだ葛藤が続いていた。父を失った悲しみと、突然始まったこの長い旅路は、彼にとって負担が大きすぎたのかもしれない。


「でも…僕はカンザスに行った後、どうなるんだろう?」ルークは静かに、しかし真剣な表情でジョージに尋ねた。「父さんもいない、母さんももう…」


 ジョージはその質問に一瞬答えあぐねた。確かに、この旅の終わりがルークにとって何を意味するのかは、はっきりとはわからなかった。親戚の家に行くという約束はあるが、それが彼にとって居場所となるのかどうかは誰にもわからない。だが、ジョージは迷うことなく、少年の目を見つめて言った。


「お前はこれから自分で道を見つけるんだ、ルーク。カンザスに行くのは一つの区切りに過ぎない。だが、そこでお前が何をするかは、これからの旅で見つけていけばいい。」


 ジョージの言葉に、ルークは少しだけ安心したようだった。彼は焚き火を見つめながら、再び静かに口を閉じた。


---


 次の日の朝、二人は再び牛たちを連れて旅を続けることにした。大きな太陽が昇り、空は青く澄み渡っていた。遠くに小さな丘や川が見えるだけで、どこまでも続く荒野が広がっている。そんな中、ジョージとルークの旅は一歩一歩、確実に進んでいった。


 だが、広大な荒野を旅する中で、何かが彼らを待ち受けているような不安が、ジョージの心に一瞬よぎった。

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