Clockwork Town

篠宮空穂

第一話 お祭り騒ぎの街

街の一日は鐘の音から始まる。

街の中心に聳え立つ時計塔が高らかに朝の鐘を鳴り響かせると、それを合図に街が目を覚まし動き始める。街には蒸気エンジンの駆動音が鳴り響き、排気弁からは熱い蒸気が勢いよく立ち上り、そして爆発するように人々の活気が一気に溢れかえる。この街は機械で動いている。熱い蒸気と人々の熱気は、まるで毎日がお祭り騒ぎのように感じられた。

ハルは忙しく朝の仕事に取り掛かる人の波を縫うように仕事場へと急いでいた。お祭り騒ぎのような街の中、彼の足取りも踊るように軽い。


 * * *


職人街の中ほど、ひっそりと目立たない場所に立つ一軒の工房が彼の職場。ハルはこの工房で機械技師の師匠に付いて機械技術を学んでいる。師であるゴードンは性格に少々難があるものの腕のいい機械技師で、この街の時計塔のメンテナンスを任されているほどだった。

時計塔は一日に三度鳴る。朝に一度、昼に一度、そして夕に一度。街は時計塔の鐘で動き、街中の機械の動力源もこの時計塔から賄われている。まさしく「時計仕掛けの街」と言えた。

「師匠ぉー、おっはようござーいまーす」

ごんごんと工房の扉をたたき、気の抜けた挨拶をしながら職場へと入る、が。

「あれ。師匠ぉー??」

いつもなら工房でとっくに仕事に取り掛かっているはずのゴードンの姿が見えない。

「師匠ぉー」

「おう、こっちだ」

もう一度声をかけると頭上から呼ぶ声が聞こえる。二階だ。

「はいはーい」

軽い調子で返しつつ二階へ上がる。二階はゴードンの生活スペースになっているが、その印象は「巣」と呼ぶ方が相応しいように思う。至る所に積み上げられた技術書や散乱している図面、そしていくつもの箱に無造作に放り込まれた機械部品の数々。それらが雪崩でも起こしたかのように崩れていた。ゴードンの姿は見えない。

「ここだ、ここ」

声を頼りに機械部品の山を掘ると中から師の顔が見えた。

「何やってんすか師匠」

「いやあ、うっかり埋まっちまって」

「何したらこんな惨状になるんすか。……まあ大体想像はつきますけど」

ハルは呆れつつ山からゴードンを掘り出し始める。大方、また何か突拍子もない考えに夢中になっていてうっかり部品の山を崩したのだろう。

しばらく部品の山と格闘し、ゴードンを掘り起こすことに成功する。

「師匠、無事です?」

「……いや、腰やっちまったな」

「は?」

「つまり、俺ぁ今日動けねえってこった」

「マジ何やってんすか……」

ハルの呆れる声を意に介さず、ゴードンは

「今日は一階の方任す」

とあっさり工房の仕事をハルに任せてしまった。正直、工房を任されるのは初めてのことではなかった。何せ思いついたことには夢中になってしまうこの師匠は、工房の作業を後回しにしてしまうことも少なくないため、その度ハルが工房の作業をこなすということが何度もあった。

初めの方は信頼されているのだと思っていたが、最近では面倒ごとを押し付けられているだけではないかと疑っている。それはさておき。

幸い、今日は特に大きな作業は残っていないことは把握している。

「へーい」

軽く返すと、ハルは一階の工房へと戻っていった。

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