当たり前

かんたり

当たり前

コップを逆さにすれば水がこぼれるように、1+1が2であるように、この世界は当たり前で成り立っている。……「当たり前」、嫌な響きだ。俺はこの「当たり前」が───



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金、学歴、才能、人間関係、、この四つは俺がこの日本で成功を収めるために最も必要な要素だと考えている。

……まぁ俺はその全てを持っていなかった訳だが。

母子家庭に生まれ、高校を卒業後すぐに工場に就職、特段優れた能力もなく、こんな環境の中で知り合う人間などたかが知れている。俺が40年以上生きてきて、この日本で成功を収めていないのは当然と言えるだろう。


「あ〜、金が欲しい、働きたくねぇ」


そう自室で呟きながら、俺は宝くじを一円玉で擦っていく。


「チッ、またハズレかよ」


俺はよく宝くじを買う、月で1万以上使ってるんじゃないだろうか、、あまり覚えてはいないが。

そのおかげで、俺の部屋は常に空き缶と紙切れだらけになっている。まさに底辺の部屋といった風貌だ。


「宝くじ買うのやめるかなぁ…」


あまりにも自分が惨めになり、そう呟く。

そうだ、そうしよう。この手元にある最後のくじを確認したら、きっぱりとやめて、もっと他の有意義なものに金を使って──


「あ、5000円当たった」


──これだから辞められないんだ。










部品が流れてくる、手に取る、組み立てる、10年以上も同じ作業を続けているおかげか何も考えずとも体が動く。


「そういえばよ」


珍しく目の前で同じ作業をしている同僚が話しかけきた。


「今日から新人が入ってくるらしいぞ」

「新人が入ることなんて珍しくもないだろ、わざわざ言うことか?」

「いやそれがよ、その新人あの東一大学を卒業してるらしいんだよ」

「…へぇ」


東一大学とは日本で1番頭の良い大学だ。それだから当然、卒業した奴はほとんど大企業だったり、勢いのあるベンチャー企業なんかに就職する……はずなんだが、

まあこんなとこに来るぐらいだ。きっと人間的な欠陥が酷い、もしくは何か大きな能力が欠如してるに違いない。

そんな偏見に塗れた失礼なことを考えていると


「よろしくお願いします!」


少し遠くから元気の良い声が聞こえた。声から察するに20代後半といったところだろうか、声の持ち主について考えていると足音が2つ近づいてくる。


「介梨くん、少し話があるんだが…」


俺の上司ともいえる人物が呼びかけてきた。


「どうしましたか?」


彼の呼び掛けに応え振り返ると、俺の上司とその隣に立っている青年が目に入る。


「岡上といいます。今日からよろしくお願いします」


きっちりセットされた髪型にハキハキとした声。およそこの場所に似つかわしくない青年が俺に挨拶をしてくる。


「今日から君にはこの新人くんの教育係になって貰いたいんだが、頼まれてくれるかな?」


噂をすればとはこのことだ、どうやら先程話していた新人がこの青年のことらしい。


「…はい、分かりました」


ほぼ強制ともいえる上司からの頼み事を了承しつつ、俺はその新人に目を向ける。

 見れば見るほどこの場に相応しくない見た目である。頭も良さそうであるし、人とのコミュニケーションも問題なさそうだ。


自分ながらに性格が悪いとは思うが……俺はここまで落ちてきた彼の転落人生に興味を抱いていた。





それから1ヶ月、彼に仕事を教えた。学生であっても慣れればできる仕事だ。彼はすぐに仕事を覚えた。


「介梨さん、飯食いに行きませんか?」

「おう」


その間、俺は彼との仲を深めていった。積極的に飯に誘い、何かあれば飲み物を奢ってやり、ミスがあっても気にするなと笑いかける。ここまで積極的に人と関わったのは人生で初めてだろう、正直疲れる。しかし、それなりに関わったことで彼のことが少しわかってきた。


まず彼の名前は岡上 翔(おかがみ しょう)27歳、身だしなみはそれなりに整えており、パッと見コミュニケーションも問題は無いのだが、会話していくと目線が迷子であったり、声のボリュームが場にそぐわなかったりと人との会話に慣れてない様子だ(俺も人のことは言えないが)。

彼は特に趣味は無いようなのだが、政治の話を特に好み、多少極端なきらいはあるが聞いてて退屈しない。たまによく分からないカタカナ多めの話をするが、そこはさすが高学歴、といったところだろう。


「そういえばよ」


美味くも不味くもないラーメンを啜りながら、俺は口を開く。


「お前ってなんでこんな工場なんかで働いてんだ?大卒だろ」


ついに聞いてしまった、彼がここまで墜ちてきた理由を、彼との関係が壊れかねない質問を。


「……」


案の定、彼は黙り込んでしまった。当たり前だ、誰が自身の転落人生を人に話したいと思うのか、少なくとも俺は絶対に話したくない。

だがそれでも、俺は好奇心を抑えきれなかったのだ。


「少し長くなるのですが…」


そう言いながら彼は時計に視線を向けた。休憩時間はまだ50分程残っている。


「大丈夫だ、話してくれ」


その言葉に観念したのか、彼は少し息を吐いた後に話を始める。


「実はですね…」






「……まるでドラマだな」


彼の話を聞いて、俺はそう呟いた。


「あまり人には信じて貰えないんですけどね…」


困ったように笑いながら、彼は普段通りに喋る。

そりゃそうだ、こんな話信じる奴はそう居ないだろう。俺だってまだ飲み込みきれていない。


「それで、殆どの企業への就職ができない状況になっているってことか」


「ええ」


  ……なんてことだ、そんなフィクションのようなことが実際に起きたのか、こんなにも優秀で努力してきた人間にも奇跡のような理不尽が降りかかることがあるのか、そんな「当たり前」ではない出来事が……


「そろそろ戻りましょう、少し話しすぎました」


 彼の言葉で時計に目を向けると、休憩時間はもう5分も残っていかった。


「そうだな、嫌な話をさせて悪かった」


「そんなことないですよ、むしろ人に話せてすっきりしました」


 俺の声が暗いことに気づいたのか、彼はそう話しかけてくれる。


 


 ……俺の口元が緩んでいることに気づかないまま。









 いつからだろう、サンタクロースを信じなくなったのは、、いつからだろう、ドラマやアニメがフィクションだと気づいたのは……

 だけど違った。俺が信じたものは間違っていた!


「はははっ、良い気分だ!今ならサンタクロースどころか魔法の存在だって信じれる!」


 誰もがみるからに浮かれている俺は、いつもの工場へと歩いていく。


「こんな退屈な日々だって、、空から降ってきた少女が変えてくれるかもしれないな」


 ニヤニヤしながらそんなことを呟いてみる、周りが不審そうに見てる気がするが知ったことではない。


 そうして、工場の脱衣所まで行くと、そこには何故か俺の上司がひどく面倒くさそうな顔でベンチに座っていた。


「介梨くん、少し話をいいかな」


 俺を目に映すやいなや、そんなことを言ってくる上司に俺は顔をしかめる。


「いきなりなんですか」


「新人の彼……岡上くんの事なんだが、彼が君からパワハラを受けていると言っているそうだ」


「………………は?」


 上司からの意味不明な言葉に、俺はアホ面を晒した。


「あー、いや分かっている」


 うんざりしたかの様子で上司は言葉を続ける。


「既に他の従業員から聞き取りも行っているし、普段の様子から見ても君がパワハラを行っていないことなど分かりきっているんだ」


「だが、そういった報告が来ている以上、こちらもある程度対応せざるを得ないんだよ。分かってくれ介梨くん」


「……分かりました。俺は何をすればいいんですか?」


「ああ、後でメールが届くと思う。そこのURLからパワハラ防止用の動画を見てもらう」


「パワハラ防止用の動画ですか……」


「そうだ、この動画を観れば、君は通常通り働くことができる。くれぐれも忘れないようにしてくれ」


「はい……」


 さっきから苦虫を噛み潰したような顔をしている俺を見かねたのか、上司は俺に言葉をかける。


「まあそんなに重く捉えるな。あくまで噂でしかないが……」



『彼は虚言癖だそうだしな』





 部品が流れてくる、手に取る、組み立てる、いつも通りの何も変わらない作業。


「はぁ……」


 岡上はあの話を聞いた数日後、逃げるように辞めていったらしい。どうやら虚言癖というのは本当のことみたいで、他の職場でも同じようなことを繰り返し、辞めていったそうだ。


……絶望だ、奇跡なんかどうやら無かったみたいだ。世界はあいも変わらず、当たり前でまわっている。


「あー……」




「空から隕石でも落ちねぇかな」

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当たり前 かんたり @kantari2003

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