チャプター①-7

 吸血鬼と人間のわかりやすい違いは身体能力の高さと優れた五感。

 吸血状態じゃなくても並のアスリートを凌駕する。

 確かに気を抜いていて油断していたが――。

「力強!」

 簡単に組み敷かれてマウントポジションを取られているのも驚きだが抵抗しているのに形勢が変わらない。

 四肢に力を入れても無力化されている感じだ。

「聖銀術か……!」

 オルレアンと接触している部分が淡く銀色に光っている。

 吸血鬼をこうも簡単に無力化できるとはな。

 吸血鬼を殺せる術であることを改めて実感するが危機感知が働いていないので今は生命の危険はない。

「はぁ……はぁ…………」 

 オルレアンは何かに取り憑かれたように虚ろな瞳をしているのに息遣いが荒いせいで妙な色気がある。

 紅茶の香りの中に潜むほんのり甘い匂い。

 誰もが賞賛するであろう魅力的な美少女。

 食欲と性欲が刺激されて鏡に映る自分の瞳が赤く染まっていく。 


 ――奪ってしまえばいい。


 誘うような悪魔の囁きと抗いづらい喉の渇き。

 母国では経験がなかった吸血鬼としての本能が目を覚ます。

「氷室……君」 

 急に優しい手つきで両頬を包まれる。

 接近してくる美貌。

 惹きつけられる青い綺麗な瞳が閉じていく。

 意思のない行為は……必ず後悔を生む。

「しっかりしろ!」 

 無理矢理四肢に力を入れてオルレアンの両肩を掴むが時間を稼ぐだけで完全に止まることはない。

「それだと止まらない」

 間一髪のところで開けた窓からカンナが入室して俺の指に聖銀の指輪を嵌めるとアリシアが飛び退いた。

「……っ! ごめんさない!」

 オルレアンさんは顔を赤らめながら脱兎のごとく部屋を飛び出す。

 理由はわからないが年の近い異性に自ら迫ったのだ。

 立場が逆なら俺でもそうする。

「で、お前は何をメモしているんだ?」

 オルレアンの方はどうにもできないので助けてくれたカンナの方を見ると手のひらサイズのメモ帳に何かを書き込んでからポケットに仕舞う。

「記録」

「何の?」

「鏡夜の」

「ちなみに何て書いたんだ?」

「鏡夜の魅了は強力。アリシアですら防げなかった」

 あっさり内容を教えてくれたがその内容に首を傾げる。

「魅了? アレが?」

「吸血鬼が魅了するのは吸血するため」

「それは知っている。けど、どちらかといえば押し倒されて吸われそうになっていたのは俺の方だろ?」

 アリシアの様子を思い出す。

 理性は完全に機能しておらず、本能で相手を求めて唇を許そうとしていたように見えた。

「吸血鬼の魅了は依存性が高い。それは眷属化していない相手でもある程度条件を満たせば効果が発揮される時がある」

 聖銀装着の有無……それなら母国でも経験しているはず……となるとこの島に来て初めて経験したことといえば――。

「飲酒か」

「正解。特に鏡夜は危険人物レベル。魅力も普通じゃない」

「道理で学園内や寮内での飲酒が禁止されるわけだ」

 思春期真っ盛りの集団でこんなことが横行していれば退学者が続出する。

「聖銀術を使える人たちは耐性があるからそこまで問題にはならない。それに私たちは飲まないといけない理由がある」

「理由?」

「吸血欲の抑制と眷属化のリスクを無くすため」

「眷属化のリスクはわからないが吸血欲はCBドリンクで事足りるんだろ?」

「完全じゃない」

 カンナが指を差したのは窓の外。

 その空には満天の星と半月ぐらいに欠けた月。

 月を見るだけで少し吸血欲が高まる。

「夜は危険。月の満ち欠けによっては抑えられない」


 ――ああ。それと君のいた国に比べてクルス島の日没は早い。気をつけて帰るといい。


 セシルさんが言っていたのはそういう意味か。

「カンナは抑えられなかったらどうしているんだ?」

「マリアに血を少し吸わせてもらってる。アリシアとリーナは吸血された経験がない」

「魅了に対する耐性絡みか?」

「マリアは善意で吸わせてくれる。ここにいる三人は耐性が高すぎて魅了に酔ったことがないと言ってた」

 それなのに俺を襲うほどに酔ってしまった。

 人生で初めての経験に戸惑ったのも大きいだろう。

「なあ……俺がここに住むのは不味くないか?」

「けど、ここ以外鏡夜を受け入れる場所はない。それにアリシアは真面目。一度自分で決めたことを曲げない。だから鏡夜がここを出ることを許さない」

 加えて言うならその原因が自分だと思い込むだろうな。

「わかった。聖銀は肌見放さずに身に着けとくよ」

「それが賢明」

 カンナは机に置いていた俺のデヴァイスを操作して画面を見せつけてくる。

「私の連絡先。どうしても飲みたくなったら連絡して」

「……」

「どうかした?」

「いや? 親切に見せかけて飲みたいだけなんだろうなーと」

 それに俺とカンナが夜な夜な抜け出せば優等生のオルレアンさんやマリアさんが気づかないはずがない。

 怒りの矛先を分散させるのが目的だろう。

「この欲求は人間には理解できない」

「そりゃそうだが……だからといって夜遊びへの誘いは程々にしてくれよ?」

 一方的な要求ならカンナの方のデヴァイスに俺の連絡先を登録する必要はない。

「考えとく」

 どうやらまだまだ吸血鬼ビギナーの称号は外れそうにないらしい。

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