第16話 闖入者
「バーカ」
委員長…真弓から、聞こえるはずもない声がした。
それもそのはず、その声は『少年の声』だったのだから。
「お前、まさか市原じゃ、な……!?」
思わず動揺した澤田の腕に、真弓はその隙を見逃さず、短剣のようなものを突き刺した。
「えっと、何が起きてんの……?」
思わずぱちくりと目を何度も瞬かせる雪穂の目に映ったのは、真弓…ではなく、つい昨日目を合わせた少年…桐野伊織だった。
「お前…誰だ!?僕の邪魔を、僕の邪魔をおおおおおおおおお!!!!」
「うるせえ」
伊織は喚く澤田を、軽く片手でいなし、短剣で撫で切りにした。
不思議なことに、その傷口から血などは出ていない。
「がああああああああああ!!何をしたあああああああああ!!!!!」
だが、澤田は切られた場所を押さえ、耳が壊れそうな程の大音声で絶叫した。
「その、伊織くん、だよね…?何でここに?というかさっき何で委員長の姿してたわけ?」
「このあたりで悪魔の気配があるっつーから調査。あとさっきのはちょっとしたマジック。…ま。認識阻害みてえなやつ?おいそれと何度も使えるもんじゃねえから何度もやれるわけじゃねえけど」
伊織は涼しい顔をしながら、雪穂からの質問に応対する。それでも雪穂は告げられた事実を何もかも呑み込めず、ただただ頭の整理をするだけで精いっぱいだった。
「ああ、心配はいらねえ。本物の『あいつ』なら今頃保健室にいると思うぜ。たまたまお前の周りで俺に体格が近い奴がいて助かった。元々体格近い奴にしか化けられねえからな。…なんだお前さっきから呆けた顔しやがって」
「いや、さっきから委員長が実は伊織くんだったとか実は悪魔退治に来てましたとか……。意味わかんなすぎて頭が整理できてないっていうか……」
「別に最初から成り代わってたとかそういうオチじゃねえぞ?たまたまお前の姿が外から見えたから、都合よく離脱したそいつに成り代わって…っておい。何だその顔は」
「なんか覗かれてたみたいでちょっとキモ……」
「助けて来てやった奴に向かってなんだその言いぐさは」
軽く青筋を立てる伊織だったが、すぐに体勢を立て直して澤田の方に向き直った。
「さて、と……。普通こういう場は一般人に見られたらやべえんだが……。そうだ、お前そこに倒れてる奴運んどけ。それが出来ないならせめて応急処置でもしててくれ。ほら包帯だ、流石にこのくらいあれば足りるだろ」
伊織はそうして、雪穂に対して白い包帯を投げ渡した。
「………!そうだった……!」
伊織に言われ、雪穂ははっと気づく。そうこうしているうちにも、未だに風子は頭から血を流しているままなのだ。
「……ん、ゆき、ほ……?」
倒れている風子が、少し意識を取り戻したのか、ぴくりと動きながら雪穂の名前を呼んだ。
苦しそうに倒れているその姿は、いつもの元気いっぱいな風子のそれとはまったく違う。
だからこそ、雪穂は風子をこんな状態にした澤田に対しての怒りを、止められなかった。
伊織の方を見れば、華麗さすら感じるほどの動きで、喚き続ける澤田を圧倒している。
あの夜に見た尊も動きの早さは凄まじかったが、伊織のそれはよりスマートで、動きに全く無駄がない。
普段生意気な口を叩くだけのことはある…と、雪穂は伊織に対する認識を、改めることとなった。
「くっそ…しぶといな。丁度予備の儀式具がある。お前も一緒に戦ってくれ。こいつ、思ったより強いかもしれねぇ」
「いや一緒に……っ!?って、え!?」
「ボケっと…突っ立ってんな!!はいこれ!!お前にも!」
伊織は何かを雪穂に対して投げる。床に落ちたそれをよく見ると、それは刃がギザギザになったナイフだった。
「ってナイフ投げてよこすな危ないでしょーが!!」
「この間説明聞いてなかったのかよてめー!!」
「聞いててもビビるわバーカ!!!」
現状、悪魔が宿っている状態の雪穂にとって、それは『人間の身体にとって』無害だとしても、彼女自身にとっては危険なもの…である可能性は高かったのだが、今そんな事を伊織に聞き出す余裕もなく、雪穂はそのまま恐る恐るナイフを構える。
「あの、こんなん貰った所であたしに戦えるわけ……!」
一般的な女子高生である雪穂にとって、武器を振るって何かと戦った経験などない。
「儀式具は単なる武器じゃねえ、使うやつを動かすんだ。だから一回振るってみりゃわかる!」
「はぁ!?」
グダグダと言い合っていても、また澤田が襲ってくることは明白。しかし、流石にクラスメイトである人物に向けてナイフを振り上げるのは、雪穂には抵抗があった……が。
次の瞬間には、雪穂はそのナイフが手足のように上手く扱えるようになっていた。
伊織の説明通りなのか、不自然なくらい手に儀式具が馴染んでいる。しかも、自分が自覚していないようなスピードで、自分の身体が動いているのを感じる。
「すっごい……これが『儀式具』……!」
「訳わかんないこと言ってるんじゃねぇッ!!僕のことを邪魔するならお前も殺すぞこのクソガキ!!」
次の瞬間、雪穂は伊織に向かって飛び掛かろうとする澤田の腕を、ナイフで弾いていた。
これが『武器が使うやつを動かす』というものなのだろうか?それなりに高度な動きを自分でもできるようになっていた気がしたが、しかし、雪穂自身もまた、自分の意思以外の何かで動かされているというような感覚は、なかった。
「何で!何でお前は僕のことを邪魔するんだよぉ!!!!僕は正しい!僕は被害者だ!!お前も杉本の味方をするのかお前もお前もお前もお前もおおおおおお!!!!」
「別にあんなやつの味方したつもりはないけど……」
ナイフをより強く手に握る。
「あたしの親友、傷付けたことだけは許せないから!!!!!」
決意を込めた一撃が、澤田匠の肉体を一閃した。
気づけば、切られた少年は外傷こそないものの、すっかり気を失っていた。
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