第15話 暴走
「何しやがるこのクソ野郎が!!」
「マダ……マダワカッテイナイノカ、オ前!」
胸倉を掴み逆上する杉本に、澤田はそのまま反論を始めた。
「お前ガ!僕の事をイツモバカにしテ!!パシリダノ、何ダノ!僕はもう嫌になったんダ!!!僕は、僕は僕は僕はお前をお前をお前を」
澤田の言葉は、途中から錯乱して意味のわからないものになっていた。
だが、これだけは伝わっていた。
この男子は、今まで杉本への恨みと怒りの感情を、ここまで溜め込んでいたのだと。
これまで逃げていたはずのクラスメイトまで含めた多くの人物が、野次馬のように澤田と杉本の顛末を見守っていた。
「死ねェェェェェェェェェェェェ!!!!」
ガンッ。
澤田が何かを持って、杉本の頭へと振り上げたことだけは見えた。
「きゃああああああああああああ!!」「おいやべえって!」「誰か救急車呼べ!!」
だが、次の瞬間、杉本は頭から血を流し、倒れ込んでいた。
澤田は血の付いた拳大の石を握りながら、クラスメイトたちの方へも視線を向けた。
「ひぃっ!!!」
「やばい、こっち見てるって!!」
「私こいつに何もしてないんだけど!?」
教室の中は、またも阿鼻叫喚。
「とりあえず、私は学校に連絡をしますので。皆さんは落ち着いて、とりあえず落ち着いてください!!」
宮内が何とか制止をしようとするも、それはむしろ逆効果で、ざわめきとどよめきは更に勢いを増した。
「はー、うちの学校。そういう暴力沙汰とか今までなかったのになぁ…」
「そういやそうね。なんか、最近になってそういう話ちょくちょく聞くようになったけど……」
幽谷第一高校は、近所の中でもかなり治安の良い学校として評判だという話を、雪穂は母親から聞いたことがあるという。
まさか市立の高校にそんな治安云々なんて、という話を雪穂はあまり信じていなかったが、実際彼女は大きなトラブルに巻き込まれることもなく、平和に過ごしていた。
勿論杉本のような粗暴な人物もいたが、別に彼女はそういった人物に関わるわけでもないのだ。
「いやぁ。私の中学、すっごい荒れてたから。だから今度こそ平和に過ごせるって思ってたんだけど……」
「あれ?風子の中学市立って言ってなかったっけ?市立でそんな荒れることあるんだ」
「地域性ってやつなのかもねぇ。でもとにかくヤバかったよ。毎日喧嘩ばっかしてた」
そして、毎日そういったトラブルばかりの中学校が近くにあったという話も、彼女は聞いたことがあった。
お気楽そうに見える風子だが、もしや色々と苦労してきたのだろうか。
「中1の時の担任なんて赴任して5日でネクタイボロボロにされてたよ。…はぁ、あんなんにならないといいけど」
「それは…ほんとに大変だったわね、綾崎さん」
「澤田が暴れてるだけならまだ大丈夫だとは思うんだけどなぁ……」
そこでふと、雪穂は上の学年でも、そういった暴力沙汰が起きたという話を聞いたことを思い出す。
もしや悪魔の影響は、自分たち1年生だけのものでもなくなっているのだろうか。信じたくない現実だった。
「とりあえず、私は杉本くん保健室まで送って来るから。誰か男子、手伝える?」
「わかった。委員長がそう言うなら……」
委員長はそう言い残して、立候補した男子と一緒に、倒れた杉本を運ぼうと、肩で支えて教室を出る。
嫌われ者の杉本だが、流石に血を流して気を失っているとなれば他の生徒も同情せざるを得なかった。
「とりあえず、今日の授業は中止です。皆さんは1年3組の教室まで戻るように。私は職員室に連絡します。澤田くんも、落ち着いたら教室に戻ってくださいね」
宮内の案内で、野次馬だった他の生徒も次々と化学室を出る。
澤田はまだ目を血走らせているものの、澤田が起こした騒動は、とりあえず解決の方向に向かい、1年3組にはひとまずの平穏が訪れようとしていた。
雪穂もそれに従って、他のクラスメイトの安全を確認してから、ゆっくりと教室を出ようとする。……が、その瞬間。
風子が、教室の床へと倒れ込んだ。
「風子っ!!!!」
倒れた彼女の方を見ると、頭から血を流して気を失っているのが見えた。そして、近くに落ちている赤く染まった石。何をされたのかは、雪穂の目には明白だった。
「あれ、おかしいな。お前を狙ったはずなんだったんだけどな」
「澤田……ッ!!」
授業を行うはずの場所だった化学室で、二人の生徒のにらみ合いが始まった。
…と思いきや、澤田は突如頭をひっかきながら、振り乱し始める。
「皆、皆皆皆僕を馬鹿にしやがってェェェェェェェェ!!!!!!」
黒板を爪で引っ掻いたような、甲高い嫌な叫び声。聞いているだけで、頭が痛くなりそうなそれに、雪穂は思わず顔をしかめる。
「そこの女はなァ!!!僕が杉本に絡まれても、ヘラヘラしながら無視してやがったんだァ!!!!その時点で敵だ!!そして…お前も敵だ!!!!!」
目を血走らせながら、雪穂の方を指さす。
彼女の中に沸いた感情は、ただ一つだけだった。
たったそんなことで、風子にそんな傷を負わせたのか、と。
そして、冷静になってみて、新たな事実に気づく。
まだ、自分は悪魔と戦う方法を教えられていない、つまり。この場で澤田をどうにかすることは出来ない、ということに。
「(マジ?どうする?というか教室にまで悪魔出てくるとか想定してないって!?風子連れて逃げる?いやでもあんなやつに睨まれたら足動けないし…っていうかこの場にあたししかいないんだからやっぱり誰か呼んだ方が……!)」
「八坂。お前聞いたことないのか?イジメは無視したやつも同罪だって。つまり、お前たち全員ガ敵ナンダヨォ!!!!」
滅茶苦茶な理屈だ。自分たちはただ普通に過ごしていただけなのに、こうして命を狙われることになるのだ。
確かに、杉本に絡まれている時の澤田は、不憫だとも思ったし、絡んでいる杉本の方も、不愉快だと思った。
だが、余計なトラブルを避けるためには、こういった手合いには関わらない方がいい。
本当に、自分が悪いのか…?見て見ぬふりをしたから?
澤田の理屈を否定できない自分に、雪穂は嫌気が差し始める。
「………」
「僕はお前を殺して教室に戻ったやつらも全員殺ス。これは僕の復讐だ!あの世で杉本を恨むんだなぁ!!!」
澤田はそう叫びながら、雪穂へと飛び掛かっていった。あの時と同じ、人智を超越したような『悪魔』そのものの動き。それに対し、雪穂はただただ逃げるしかない。
それに、化学室は障害物も多い。逃げている最中、椅子や机に何度もぶつかり、そのたびに身体に小さな痛みが走る。
「(一体あたしが何したっていうのよ……!))」
半泣きになりながら、時に不規則な動きをしてくる男を対処する。澤田が石をどこかにぶつけようとするたびに、机や椅子が破壊される音が聞こえる。
しかも、風子は未だに血を流して倒れている。早いところ保健室に運ばないと、彼女だってどうなるかわからないのだ。
すっかりべそをかきそうになっている雪穂の耳に、教室のドアが開く音が入った。
「八坂さん!?戻ってこないけど大丈夫、かなって思って…!」
「やめて委員長!!危ないから戻って!!!」
明らかに危険だ。澤田は全員殺すとまで言っていた。あの血走った眼と甲高い叫び声が、それが冗談や脅しではないということを、雪穂は理解していた。
「市原ァ!お前も邪魔するなら殺してやる!!!!」
「委員長危ない!!」
案の定というべきか、澤田が石を持った手を振り上げ、そのまま委員長の方へと振り下ろそうとする。嫌な光景を想像してしまい、つい雪穂は目を瞑る。
だが、次に目を開けた時には、委員長は澤田の腕を掴み、ニヤリと笑っていた。
「バーカ」
委員長から、聞こえるはずもないような声がした。
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