第三十二話 挨拶

 その一週間の間は、瞬く間に終わった。

「それだけでよいのですか」

 レゼンの部屋にてキャト・リューズが荷物を見て困惑した声を出す。

 レゼンが選んだ持ち物は薄汚れた着替えと大切そうにしているような手紙に、絵本に近い書籍が三冊。

「これだけがいいんです」

 明らかに冷遇されていましたという雰囲気を醸し出すものだ。

「行商人の馬車に乗らないといけないほど、または逃げ帰るような感じがいいんです」

 ナップザックに詰め込むと口を閉め、明日に着ていく小汚い服を机の上に置いた。

「道中で殺される可能性もあるものですから、王宮についたら、また一泡吹かせてやろうと思ってます」

 くすくすと笑うレゼンに、キャト・リューズは、まだ心配顔で、

「本当にいいのですね」

「むしろ二十人も私兵をお借りできるなんて思いもしませんでした」

「当たり前です。お前が何をするか分かりませんが……危険と感じたら、皆と協力して帰ってきなさい」

 その言葉に笑みを浮かべて、

「ありがとうございます、母上。俺はやれることを精一杯やってきます」

 ふっとキャト・リューズは、つられて笑い、レゼンを抱きしめた。

わたくしの息子です。できるにきまってるではありませんか」

 少し離れてからレゼンを上から下まで見て、

「本当に大きくなりましたね」

「本当になあ」

 座って見ていたロンダルギアが口に出した。

「わしから言うことは、皆が言うことに近い。明日の早朝だったな」

「はい、兄上たちに挨拶をしてから行きたいと思います。今はラシャ兄上もいますし、トバック兄上は残念ですが」

 困ったように笑うがキャト・リューズは、

「あの子にも届いているか分かりませんが、お前のことを書きましたから、何かしらあるかもしれません」

 第四王子のトバックは旅に出ている。いつだったか世界を見たいと家出当然のように出て行ってしまったのだ。そこはこの国の兵たち。すぐさま捕まって戻ってきた。

 しかしロンダルギアとキャト・リューズは無闇に出て行ったのは怒ったが、旅をしたいということには怒ることはなく、ちゃんとした知識を得て行きなさいと背を押した。

 そんなものだからトバックとの記憶は、少ししかない。

 手紙の遣り取りはあるので「旅」を続けているのだろう。

「では、兄上たちに挨拶をしてきます」

 その声でロンダルギアも立ち上がり、レゼンの部屋を後にした。

「まずは」と言えど上から順だ。まるで待ってくれていたように過ごしているバウンドにレゼンは会いに行く。

 バウンドは部屋に行く途中の稽古場で素振りをしているのを見て、レゼンは声をかける。

「バウンド兄上!」

「おう」

 近づけば頭をわしずかまれ、ぐりぐりと髪をくしゃくしゃにした。

「あんまよォ、言うことはねぇけど。無事ならいいわ。いっそ、あぶねえてあったらすぐに連絡してくれたら、徹夜してもいってやる」

「はい、そうならないようがんばります」

「よし! オレとの挨拶はこれで終わりだ。長々しいのは嫌いだからな」

「はい」

「あ」

 バウンドが固まり「よし!」ともう一回言う。

「稽古しようぜ」

 渡された木の剣を見て、レゼンは「あああ」と口に出さずに叫んだ。

 ぼろぼろにされた後、気づいたらロプレトがいて「ロプレトさん」と声をかける。

 彼は菓子が入っているだろう籠を渡しつつ、

「どうぞ、ご無事で」と短く言い、背を向けて歩いていった。

 最後まで掴めない人だったなあ、と思いつつ、籠の中身はマドレーヌ。

 主食にしている人のところに向かいつつ、そういえば、この一週間とちょっとは、どこにでも二人で行ったな、と思い出す。

 研究所につくと、いつも通りに扉を開けて貰い、扉を開けて開けて、トントンと、ノックする。

「入りなさい」

 溜めもなく、綺麗な鈴の音が聞こえて扉を開けた。

 中には本と書類に埋もれた床と同じく本などが積まれた机、そしてリーヴがいる。

「そこに」

 言われて椅子に座り、マドレーヌを用意していると紅茶を持ってきたリーヴが優しげに笑う。

「いつも持ってきますが、私はこれがないと戸が開かない人間だと思われているのですかね」

 くすくす笑って、レゼンを見た。

「特別だと、特別に見えるものですね。挨拶は短くていいですよね? それぐらい、長い時を過ごしてきたのですから」

「バウンド兄上には稽古だと剣を持たさ、さっきまで」

「ふっふふふ」

 ちょっと汚れているのは、そのせいですね、と頭を撫でながら埃を払ってくれたのだろう。

「お前たちは私になってはいけませんよ」

「……俺、リーヴ兄上は、また恋をしていいと思います」

「え?」

「それだけです」

 レゼンは笑うと、ぐいと紅茶を飲み、マドレーヌを食べて立ち上がり、礼をして、部屋をあとにする。

「嵐みたいな子ですね、本当に」

 キィと閉まるドアを見ながらリーヴは残りの紅茶とマドレーヌを美味しそうに食べた。

「あとは……」

 レゼンは中庭にいるだろうラシャに会いに行く。

 今日は走るカミルも、まだ立ち上がることができないルヴィクも起きている。

「あー! れぇたん!」

 近づいてきたのが分かったカミルが駆け寄り、手を上に伸ばして抱っこの合図を貰えれば、レゼンは抱き上げてラシャの元に、東屋の椅子に座った。

 ラシャは顔を上げて、

「待て! レゼン! ぼくは遠くでこの地を思っていた! そこがどこだろうと変わらない! とは、言うが」

 派手に手を振り回していたが、急に静かになって、

「ぼくの私兵を国境沿いに配置して、斥候も出すつもりだ。二言はないな」

 レゼンは困った顔をして「はい」と口にする。

「兄弟に甘いと言われてもかまわん! この人生、そんな感じで生きようと思っているからな!」

「てぅからぁ」

 膝の上に座るカミルが語尾を真似して、レゼンに向かって手を伸ばす。

 ルヴィクは、どこで習ったのか、ぱちぱちと手をならして笑っている。

「ありがとうございます」

「挨拶はぼくで最後か?」

「最後の難関がいますね」

「くっくく、がんばれよ」

 では、とレゼンはあとにしたが、王宮のどこを探しても、探し人は見つからなかった。しょうがないので使用人聞いたり、街に降りたりもしたが、かくれんぼだろうか昔、したなあ、と思いつつ「ラズリル」と広い廊下で声にする。

 すると、後ろからするりと手が脇を通ってレゼンを抱きしめた。

「かくれんぼで僕に勝つなんてできないでしょ?」

 身体を向けようとすると、がっちりと抱きしめられて動けない。

「夜までダメ。話すのもダメ。大好きなベッドで待ってて」

「わかった」

 夜になるまでレゼンはラズリルと口をきかなかった。

 別に喧嘩をしている訳じゃないし、むしろラズリルの機嫌はいい。

 しかし、言われたとおりにレゼンは夜まで待った。

 いつも通り、潜り込んでくるのかと思っていたが、なかなか来ないので、本を読みながら、うつらうつらしていると、ギィと足元のベッド部分が軋んだ。



――第三十三話は非公開になります。

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